第24話 姉妹の願いとクリスマス 4
「手紙を書くの? アレックスおじちゃんに?」
「あぁ、そうだ」
「でも、いつも二人と一緒にいるのよ? アレックスは」
ジュリの言葉にアンバーやメイジーはもちろん、マリーまで戸惑う。
それも当然、手紙というものは遠く離れた家族や友人に送るものだという認識を持っているのだ。
共に暮らす叔父のアレックスに手紙を書くというのは、姉妹にはピンと来ない。
「それでも日頃伝えられないことはあるだろう?」
「うーん、こないだお皿を割っちゃったこととか」
「違う。感謝の気持ちだ」
姉妹は目を瞬かせて、互いの顔を見る。
アンバーの方がおずおずとジュリに尋ねる。
「ありがとうとか? でも、お誕生日の贈り物がそれでいいのかな?」
「いいんだ。ジョーさんもそう言っていたし、私もそういうものを贈っていたぞ」
不安そうなアンバーとメイジーだが、エレナも頷いて微笑むため、こくりと頷く。マリーもそんな二人を安心させるかのように声をかけた。
「そうね。贈り物は喜んでほしい気持ちが大事だもの。二人とも頑張ってね」
「なにを言うんだ。あなたもだぞ? マリー」
「え、私? 書かないわよ、手紙なんて!」
「違う、違う。マリーさんには他に頼みたいことがあるの」
驚くマリーにエレナが笑って説明する。
手紙を書くのは姉妹だけだ。ジュリもエレナもマリーにはマリーに出来ることをやってもらうつもりだ。
「この間、言っただろう? 美貌と歌以外は褒められないと」
「えぇ、そうね」
堂々と言うのもどうなのかと思うジュリだが、今大事なのはそこではない。
「では、自慢の歌を披露してもらおう」
「え! 歌を? ……それでいいのかしら」
「さっき自分で言っただろう? 贈り物は気持ちは大事だと」
「…………言ったわね」
つい数十秒前に言ってしまった言葉を少々後悔するマリーだが、アンバーとメイジーは目を輝かせる。
マリーが歌うのは夜の酒場、その歌声を聞く機会は姉妹にはなかなかないのだ。
「でも私の歌なんてアレックスは聞き飽きてるはずよ」
「アレックスさんのために歌ったことはないでしょ? マリーさん」
「……わかったわ! わかったわよー! 仕事に出来るくらい歌は得意だもの。任せなさいよ!」
エレナの言葉にマリーも観念したようだ。
アンバーとメイジーも嬉しそうにマリーを見つめる。
そのとき、ロルマリタのドアが急に開く。
アレックスが来たのかと緊張が走るが、現れたのは皆が知る人物だ。
「なんだよ、皆ため息ついて! 俺じゃダメなのかよ」
急に皆の視線が集まったかと思えば、深いため息をつかれたのだ。テッドが戸惑うのも当然である。
「いや、安堵のため息だ。気にするな」
「むしろテッドで安心だよ」
「いや、気にするだろ……」
戸惑うテッドだが、ジュリ達はそんな彼も作戦会議に加えるつもりらしい。
「いや、安堵のため息だ。エレナとマリーはまずは買い出し、テッドと私で飾り付けを、アンバーとメイジーは手紙の準備だ」
アレックスの誕生日は冬ということだけがわかっている。
しかし、きちんとした記録として残っているわけではないのだ。
多くの庶民は大雑把に生まれた季節、よくて生まれ月しか把握していないのだ。
そのため、今日行っても何の問題はない。
「心の準備がー……」
「お手紙って書いたことないよ? ど、どうしよう」
「じゃあ、あたしは買い出しに行ってくるね! はい、マリーさんも」
「わかったわ。もう、おちびちゃんたら引っ張る力が強いのよー」
こうしてバタバタしつつも、アレックスの誕生日を祝う準備を皆で始めるのだった。
*****
「本当に重くないの? おちびちゃん」
「うん。全然、あたし力持ちだもの」
そうは言われても自分より小さな少女に重い荷物を持たせるのは、マリーとしては落ち着かない気持ちになるのだが。
ひょいっと荷物を運んでいるエレナは、どこか嬉しそうでもある。
「もしかして、歌うの嫌だった?」
「あぁ、違うのよ。なんだか気恥ずかしいなって……ほら、アレックスもアンバーもメイジーも私にとって身近な人だから」
子どもの頃は家族に褒められるのが嬉しくて歌っていた。
しかし、歌はマリーにとって生きていく術となっている。
そうなった今、一人のために歌うというのは照れくささもあるのだ。
「――アレックスには世話になっているわ。街一番の酒場ロルマリタで歌えるのも光栄だし、居心地もいいの。アンバーとメイジーも可愛いし、二人をアレックスも本当に可愛がってる……家族ってああいうものなんだって思うわ」
叔父と姪という関係だが、アレックスは二人を可愛がり、そんな彼をアンバーもメイジーも慕っている。
実の親子ではない三人だが、家族以外の何者でもないとマリーの目には映る。
「まぁ、私はそういうのに縁遠かったからよくわかっていないけど……でも、お互いを大事にしてるのはたしかよね」
「……うん、そうだね」
その彼らが大事にしている存在に、マリーも含まれているのでは。そんな思いを抱くエレナだが、軽々しく口にすることは憚られた。
「縁遠かった」そう言ったマリーの横顔は今まで見たことがない表情だったのだ。
「でも、おちびちゃんも変わったわ」
「え? そうかな」
「えぇ、ジュリちゃんと暮らして表情が明るくなったもの」
マリーの言葉にエレナは照れくさそうに笑う。
ジュリを褒められたような誇らしさを感じたのだ。
喜びをかみしめるような表情を浮かべるエレナに、隣を歩くマリーも微笑むのだった。
*****
「おじちゃんは私が眠れないときは、いつもお話をしてくれます。この家に来たばかりの頃、夜は泣いてばかりいました」
「ずびびびびっ!」
「おじちゃんのおかげで私とメイジーは一緒に居られます。だから、もう寂しくありません」
「ずびびびびびっ!!」
「あとね、メイジーはおじちゃんの作るごはん好き」
アンバーが真剣に読んでいる途中で、メイジーが自分の思いも語り出す。
予定外のことに、アンバーはおかんむりだ。
「もう! 私が今読んでるの! それに私だって好きだもん!」
「ずびびびびびびっ!!!」
「せーの、おじちゃんいつもありがとう!」
「ありがとー」
「うわぁー! ありがとう! ありがとう! 二人ともありがとう! 俺は今。幸せだ! 幸せとはこういうことを言うんだな!!」
涙と鼻水を溢しながら言うアレックスに、アンバーとメイジーはふふっと笑う。
その光景にジュリ達も微笑むが、マリーは手渡したハンカチのびちょびちょ具合に眉間に少々皺が寄ってしまう。
それでもマリーは微笑んで、姉妹の手紙に拍手をしていた。
「皆がね、協力してくれたの!」
「そうか、そうなんだな」
大きな手でアンバーとメイジーの頭をアレックスは優しく撫でる。
姉妹の手紙も嬉しい。だが、何かあったとき、自分以外に相談できる者が姉妹にいる。それもアレックスには喜ばしいことだ。
「じゃあ、私達はそろそろ行くぞ」
「え、料理を準備してくれたんだろう? 一緒に食べていかないのか」
「あ! お礼してない! 相談所でお悩みを解決してもらったら、お礼しなきゃ!」
慌てるアレックス達だが、ジュリもエレナも帰る準備を始める。
そこに声をかけたのがマリーだ。
「帰るのはいいわ。でも、そのまえに私の歌を聴いていきなさい」
「マリー! いや、料理だって食べていけばいいし、なにかお礼を……」
「あら、私の歌が聴けるのよ。最高のお礼じゃない」
困惑するアレックスの耳に、くすくすと笑い声が聞こえた。ジュリである。
「わかった。ではその自慢の歌声を依頼料にしよう」
「美貌も自慢だけどね」
ウィンクをこちらに投げかけるマリーは酒場の中央に立つ。採光のおかげでそこに光が集まるのだ。
歌い出したマリー、その歌声に誰もが聴き惚れる。
アンバーやメイジーはうっとりと、アレックスは優しい眼差しで彼女を見つめる。
初めて聴く魔女以外の歌声に、ジュリは目を瞠った。
しかし、同時に魔女の少し調子の外れた歌を懐かしくも思う。
外の世界を知らなければ、魔女の思い出はかつてのままであっただろう。
だが、外の世界を知るとき、新たな出来事に出会うとき、ジュリは魔女のことを思いだし、彼女の違う一面や思いを知る。
気付かなかった魔女の思いや優しさに触れ、心がほんのりと温かくなる。
そんなとき、再び魔女と出会うかのようにジュリには思えるのだった。
*****
「誕生日って素敵なものなんだね」
「――そうだな」
魔女が当然のように祝ってくれた時間は特別なものだった。
リディルの街では一般的ではないそれを祝ってくれていた魔女に、ジュリは感謝の気持ちを抱く。
そんなジュリの腕をくいとエレナが引く。
「なんだ? やっぱり、食事を食べていきたかったのか?」
「ち、違わないけど、違うもん!」
「どういう意味だ?」
ジュリが作った料理を食べていきたかったのは事実だが、今話したいのはそういうことではない。
怪訝な顔をするジュリにエレナは少々照れくさそうに話し出す。
「あのさ、誕生日とかクリスマスしてみない?」
「――は?」
「いや、その、ごはんとかはジュリに頼むと思うんだけど! 飾り付けとか買い出しとかはあたしがするし! ……ダメかな?」
「エ……エレナ……!!」
がしっとエレナの両肩を掴んだジュリは紫色の瞳をきらきらと輝かせる。
頬はバラ色に染まり、喜びはその表情を見るだけで一目瞭然だ。
「しよう! クリスマスも誕生日も! これからは一緒に祝おう!」
「うん! 一緒に祝おう!」
「楽しみだ……楽しみだなぁ……!」
「うん! 楽しみだね」
ジュリもエレナもお互いの事情があり、知らないことはまだ多い。
長く生きるジュリだが、その多くの時間を一人で過ごしてきたのだ。
しかしそのぶん、多くのことを知り、共に分かち合っていける。
まだ始まったばかりの相談所、しかしジュリとエレナの絆を深める場にもなっていた。
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