「彼」についての対話 1、那婆コカ場さんの証言

 あの人のことは、まあ、最初はちゃんと仕事するんじゃないかなって、思ってましたよ。正職員の人は何人も見てきたけど、みんな50代半ばとか、後半とか、言ってみればくたびれたおじいちゃん、みたいな人ばかりで、って私ももう割といい年なんで、いや、さすがにおばあちゃんってことはないですよ?でも、要するに「彼」さんは40代くらいで、ああ自分と同年代くらいなんだなあ、って。この職場に来る人としては、若い方だなってのが、最初の印象です。

 一年目は、私とはあまり関係なかったんですよ。係が違ったんで、って言ってもこの職場は規模が小さいんで、私が名目は担当、って言っても正職員の補助みたいなもんですけど、まあ受け持ちの係の仕事以外にも、もう一つの担当の仕事も頼まれてはちょくちょく片づけてることも多いんですよ。で、「彼」さんはそのもう一つの方で最初は配属されたんで、私はそんなに関わりはなかった。席も斜め向かいくらいでそんなに話すこともなかったし。

 だから最初、「彼」さんの勤務態度とか、特に気にしてなかったです。むしろ私が補助する正職員の人、つまり私の担当分野のまあパートナーですね、その人の方が問題児で。まじめな人なんだけど頑固で要領もあまりよくないタイプで、ちょっとしたことですぐ頭を抱えちゃうようなところがあったんで、その人の、まあ言っちゃうと面倒を見る方が大変でしたよね。

 でも、「彼」さんの様子を見たり、他の人が「彼」さんのこと話したりしてるの聞くと、最初に持ってた印象とはだいぶ違うところのある人だなってのは、だんだんわかってきました。

 沖身第オキミダイさんとは全然しゃべらなかったですよね。前年に「彼」さんが担当していた仕事の担当だったんだから、いろいろ聞けばいいのに、全く口を利いてる場面がなかった。沖身第オキミダイさんの方は、普通に向こうが聞いてくるもんだと思ってたんじゃないですか?前の担当が他の部署に異動しちゃったら、電話で何かと聞かないといけないのに、その手間が省けてるだけでもラクじゃんって、私は思ってましたけど。

 だから、自分の担当のこととかは、毛羅足相ケラタルアイ君に聞いてたみたいですね。毛羅足相ケラタルアイ君が、「彼」さんの仕事を補助する立場でしたから。あ、でも、「あの」あとは知らないですよ。

「あの」ときは私も驚きましたよね。いきなり本庁舎からスーツの人二人来て事務所に入ってきて。

 私、いつものクセでついLINEなんかしてたから、ヤバイッてスマホ隠したんですけど、そしたら毛羅足相ケラタルアイ君が、彼は二人が来るってことを知ってた訳ですけど、別室に案内して。人事課の人だってことは、後で聞きました。私みたいに、こんな孤島みたいな部署にいると、本庁舎の職員とか本当にわからないんで。何があったかもちろん気にはなったけど、周りの人もその時は全然知らなくて、毛羅足相ケラタルアイ君もポーカーフェイスだし、あまり私とは話さないから。二人がいない日に事務所で他の職員が話題にしてるのをうっすら聞いたけど、今でも本当は二人の間に何があったかは、私はよく知らないんですよ。私、以前毛羅足相ケラタルアイ君を結構怒らせちゃったことがあって、その時に毛羅足相ケラタルアイ君が発した負のエネルギーっていうか、それがすごくて。そういうの、結構敏感に反応しちゃうんですけど、それがまともに自分に向かってきて体調崩しかけたことがあるんで、普段から最低限以外は関わらないようにしてるんですけど。

 まあ、ちょっとした行き違い、みたいな感じだったんでしょうね。そういうの、働いているうちには山ほどあって、トゲをうっかり刺しちゃったような感じで。後になってまで痛みが続くものがあったり、すぐ忘れちゃうようなこともあったり。いつまでもトゲが残り続けてると、何かしら相手に対して行動に踏み切っちゃう、みたいな。そういうことなんじゃないかなと思います。

 それで二年目になって、「彼」さんは私の担当の方に移ってきた訳ですけど、もうひどかったんですよ。担当って言っても「彼」さんともう一人年配の人がいて、あ、名前言っちゃっていいんですよね。シャト柴彦しばひこさんですけど。みんな押しつけちゃうんですよ。仕事という仕事を。それで自分はいつも事務所からいなくなっちゃって。何してるか知らないけど。でも、誰も本人に向かっては何も言わない。結局日本人ってそういうところあるじゃないですか。雰囲気悪くしちゃいけないみたいな。でもそれに味を占めてのうのうと何もしない人の温床になっちゃうんじゃ、何だかなあって思いますよね。

 ずっとそんな感じでしたから。何もしないのも、上司が何も言わないのも。だから「彼」さんがいなくなった後も、別に仕事の上では変化ないんですよ。だってもういてもいなくても同じ状態だったから。3人で山に登って、1人だけ帰ってこなかったんですってね。なんで「彼」さんがいなくなっちゃったのか、正直どうでもいんですけど、あの人は少なくとも職場の中では、もうずいぶん前から失踪してたも同然だったってことですよね。

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