第13話 檻の中、再び

 俺の人生は、つくづく檻や牢というものに縁が深いらしい。呻きながら意識を取り戻すと、俺は手狭な石造りの牢の中にいた。一瞬深月洞の中に連れ戻されたのかと思ったが、周囲は完全に石材の壁でできているようで少しだけ安堵する。

 まあ、こんなもので安心してどうするんだと言う気もするが……。

 自嘲気味なセルフツッコミもほどほどに身体を起こす。幸いどこか大きな負傷があるわけではないようだ。

 とはいえ、それが分かったところでここが牢獄であることには違いない。起き上がろうと手を動かすが、両腕は背中で固定されて芋虫のように這いずるしかない。鼻頭がまだジンジンするがさすることもできなかった。


 「起きたか懸命、死んだかと思ったぞ」

 「勝手に殺してくれるなよ……」

 処刑を逃れるために死んでいては笑えたものではない。

 ケイの軽口が健在なあたり、この状況はそこまで逼迫しているようではないらしい。だが、彼女もまた同様に腕を背中で拘束されているのであまり芳しいとも言えなそうにはなかった。

 グルっと牢の中を見回す。残念ながら脱出できそうな窓は見当たらない。出ようと思えば正面から出る以外にはないようだ。灯りは壁に作られた燭台の上の蝋燭くらいしかなく、周囲を見渡すにはやや光源不足。

 さて、これからどうしようかと落胆していると、二人分の足音が近づいてきた。暗闇の中から現れたのは俺とケイをコテンパンにしてくれた女性と、もう一人は見慣れない顔の男。どこか無表情な術師の女性と比べて、こちらは随分と険しい目つきをしている。隙が無く、どこか張り詰めているように思えた。

 しかし、俺の関心を留めたのはむしろ腰に帯びている武器の方だった。

 刀、それもただの刀ではない。呪い刀を握るために魂の改竄まで行った身だからなのか、ただの刀と呪われた刀の区別は一瞬でつく。常人であればまず、あの刀の傍にいることさえ難しいはず。二人の力量は、それだけでも推し量ることができた。

 格子を挟み、二人は俺たちを値踏みするように見下ろしていた。その視線には、混じりけのない警戒心が滾っている。口火を切ったのは術師の女だった。相も変わらず表情に起伏がないせいか異様に視線が冷たい。

 「牢の居心地はどうかな、これでも割と良心的な方だと思うのだけれど」

 「随分と快適じゃよ、この手枷がなければもっといいがのう」

 「そいつは失礼した。だが、貴殿らがどんな理由があってあのアパートへと押し入ったのか分からない以上拘束はこれでも甘いものだと思ってほしい。困ったことに、うちも今は結構な人で不足というやつでね。あまり――手を煩わせないでほしい」

 「そうか、なら自分で出るとしよう……《座標確認》――切断」

 鼓膜が破れそうなほどに甲高い音と共にケイの手枷が断ち切られた。断面は滑らかで、とてもではないが力づくで引きちぎられたようには見えない。ケイの魔術に、二人は目を丸くしていた。

 「おいコラ、何勝手な真似してやがる。切られたとしても、文句は言わせんぞ。祈さん、こいつらやっぱり危険だ!」

 「ちょ、ま、待て! そう簡単に刀を抜くな、呪いが溢れるだろ!」

 「彼の言う通りだ、象形。そう簡単に呪い刀を抜くな、お前自身のためにも」

 「ぐっ、だが……!」

 「すまんすまん、窮屈だったものでついな。反抗する意志はない、なんだったらこやつの首を賭けてもいい」

 「ああ……って、俺の首かよ!」

 サラッと人柱にされていた。こいつ、油断も隙もない。ことあるごとに俺を生贄にしようとしてないか……。

 「それで、貴殿らは字見渚に何用だったのだ。見たところ、二人とも生身の人間のようだが」

 「何、大した用ではないよ。ちょっと、字見灰治の足取りを教えてもらおうと思っただけじゃ。ま、結果としてはあの有様だったわけだから大した収穫もなかったがな」

 「字見、灰治……?」

 その言葉に、祈は眉を顰める。

 「驚いたな、その名前を今になってまた聞くとは思わなかった。確かに、論理的に考えれば彼の足取りを追おうと思えばそう考えるのも当然だろうな。だが」

 と、祈が言葉を続けるよりも早く、けたたましい足音と共に一人の少女が牢の前へと駆けこんできた。

 「はあ、はあ……ちょっと、待ってって言ったじゃない……」

 「おい拝、今大事なところなんだから静かにして……」

 「象形は少し黙って! ていうか、そっち二人!」

 ビシッと、快活そうな少女は俺とケイを指さす。祈と象形と違い、拝と呼ばれた少女はあまり術師らしい格好はしていなかった。俺は馴染みがあまりないが、後から彼女が身を包んでいるのは学生が着るセーラー服だとケイに教えてもらった。祈に比べるとまるで真逆の性格のように見える、こちらは随分と表情が顔に出るタイプらしい。

 「それで、あたしたちの土地に踏みこんでくるってことは何、宣戦布告か何かなの!? いいわ、受けて立つわよ!」

 象形が額に手を当て天を仰いでいた。俺も正直言葉を失っていた、まさかこんなヤツが出てくるとは思いもしないだろう。ケイはと言えば……楽しそうな顔をしていた。いい趣味をしている、まったく。

 「クク、元気がいいな娘……ワシは嫌いではないよ。なあ、そなたからも言ってはくれないか。ワシらが冤罪であるということをな。まあ確かに、あそこがそなたらの土地で結界が張ってあるとはワシも思わなかったのじゃ。別に、そなたらに害をなすつもりもない」

 「本当かなぁ……怪しい。ねえお姉ちゃん」

 祈は手を上げ、祈を制した。拝もまた、祈の雰囲気が変わったことを察したのか何か言いかけた言葉を呑み込む。

 「某が知りたいことは、ただ一つだ。持って回った言い方をしてしまったが、単刀直入に聞こう。貴殿らは呪い刀を狙い我らの土地に踏み入ったわけではないな?」

 「呪い刀……いや、違う。そういえば、何か最近呪い刀について聞いた気が……そうだ、鳳蝶に聞いたんだ!」

 「鳳蝶? お前、鳳蝶さんのこと知ってるのか!?」

 これは流石に驚いた。険しい顔をしていた象形が、年相応の顔を見せる。鳳蝶という名前に反応したということは、まさか。

 

 「なるほどな、お前が話に聞いてた字見懸命か。通りで字見灰治の行方を知りたがってるわけだよ。祈さん、こいつだよ鳳蝶さんが言ってた処刑されるってヤツ」

 「え、あんた処刑されるの!?」

 「待て待て、まだ処刑されるって決まったわけじゃない」

 一番驚いていたのは拝だった。本当に感情の起伏が激しい。

 「でも囚人ってことは、相当な悪人なんじゃ……」

 「そりゃあ誤解だよ、俺は普通の人間だ」

 「ハッ、魂の改竄なんてしてるヤツが普通の人間なわけないだろ」

 「俺がやりたくてしたわけじゃない!」

 ここあたりの事情は大分複雑だ、一言で語るには時間が足りない。とにかく俺は無害であることを信じてもらう他ない。とはいえ、結界を無理やり踏み越えたっていうのはやっぱり印象がよくないよなぁ……。

 「まあいい、どの道貴殿らもここにいるうちは好き勝手はできまい。張間と払﨑が揃っている前で、迂闊な真似をすればどうなるか――分かっているだろう?」

 「えっと……」

 祈の厳しい視線、普通の術師であればひるむところなのだろうが、生憎術師社会の常識は俺にはないに等しい。当然のことながらヨーロッパ出身の魔女であるケイにもそのすごみは通じないだろう。大体、ケイもその気になれば今の状況は平気でひっくりかえせそうな気がする。魔女狩りを生き延びた魔女が、こんなところでくたばるところは想像もつかなかった。

 俺はとりあえず大人しくしているという態度を見せ、ケイもまたそれに倣ってくれた。内心ケイの行動が読めなくて冷や冷やしたが、目的を優先してくれたようでホッとする。ケイはこれで結構好戦的なところがあるようで、面白い方に転がるなら平気で挑発したりしかねないので恐ろしい。

 「ククク、牢獄生活に逆戻りにならなくてよかったのう」

 「まったくだよ……」

 祈に枷を外してもらい、自由になった両腕を確認する。折れたり傷がはないようでこれまた一安心だ。なるべく余計な負傷しておきたくはない。字見灰治を追うなら、どこかで戦闘になることは考えられるので余計なダメージは願い下げだ。大体、今だって一触触発だったのだから際どいところである。

 俺とケイが出ていこうとすると、祈の声が俺を引き留める。

 「ああ、待て待て。見逃してやるが、一つ条件がある」

 「条件?」

 「ああ、さっきも言ったが今は人手が足りていないのでな。少しの間でいい、うちの仕事を手伝っていけ。それが見逃してやる条件だ」

 



 

 

 

 

 

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