第29話
パンケーキ屋に着いた頃には、佐藤はいつもの佐藤に戻っていた。
「先輩は何頼むんですか?」
「そうだな~、苺が沢山乗ってるやつにしようかな」
僕と佐藤はそれぞれメニューを見ながら、何を食べるか考えている。佐藤はいつも通りだというのに、僕がぎこちない。
「ドリンクバーつけま――」
「うん。つける!」
僕は食い気味に、返事をしてメニューに視線を戻す。
「……先輩、さっきから変ですよ」
「ええと、ごめん。ちょっとまだ落ち着かなくて」
「私、先輩とバックハグまではしたことあったんだけどな~」
「バッ、バックハグ⁉」
「ええ、忘れたんですか?」
宮崎の時の話だ。大丈夫。僕は忘れてない。ちゃんと覚えている。でもあの時は恋愛的なやつじゃなかったはずだ。
僕は一度大きく呼吸をしてから答える。
「覚えてるよ。あの時、僕は救われたんだ」
「先輩、やっと落ち着きましたね。もうちょっと遊びたかった気持ちもありますけど」
「僕で遊ぶな」
僕がからかうように言うと、佐藤は苦笑いを浮かべて、メニューを閉じた。
「あはは、じゃあ店員呼びますね」
「ねえ、聞いた? バックハグだってよ」
「聞いた聞いた。意外とカッキーやることやってるね」
僕の後ろの席からそんな話声が聞こえる。佐藤は気が付いていないが、僕の後ろのボックス席に座っているのは、浅野と竹内だ。
彼女達も僕に聞こえる様に話して、反応を楽しんでいる。
「僕で遊ぶな」
僕も隣の席に聞こえるように言う。
「なんで二回言ったんですか? 怒ってますか?」
佐藤が不安そうな顔をして、僕を見つめる。
「ああ、ごめん。その、違くて」
僕のその様子を見て、浅野と竹内はまたケラケラと笑っていた。
ーーーーー※※※ーーーーー
パンケーキがテーブルに届くと、僕たちは写真を撮ってから食べ始めた。
「いただきます」
「いただきます」
僕たちは二人とも、手を合わせて、挨拶をしてからナイフとフォークを持つ。
「先輩、そっち一口もらっていいですか?」
「うん、良いよ。そっちのも一口頂戴」
僕は苺が沢山乗ったパンケーキを皿ごと差し出す。すると、佐藤は苺を落とさないように、丁寧に一口サイズに切り、口に運ぶ。
「これ美味しいですね」
「僕も一口もらっていい?」
佐藤が注文したのは、チョコレートソースとバニラアイスが乗ったものだった。
「いいですよ」
佐藤はそう言いながら、バニラが乗ってて、チョコレートソースも掛かった場所を切り始める。
「ええと、佐藤さん?」
「じゃあ、はい、あーん」
佐藤が使ったフォークで、パンケーキを、僕の口の方に近づけてくる。僕は唇にパンケーキが触れても、口を開けられなかった。
「先輩、ほんと、意気地なしですね」
佐藤は顔を赤くしたように、諦めて、自分の口に運んだ。
そして、パンケーキが乗った皿を僕の方へ差し出した。僕は自分のナイフとフォークを使って、形が崩れないように慎重に切る。
「これも美味しいね」
「私のフォークでたべたらもっと美味しいのに。もったいないですね」
「……さっき佐藤が食べたパンケーキ、僕の唇に触ってたけど」
「……え?」
佐藤の顔はみるみる赤くなっていく。
「ほんとですか?」
僕はゆっくりと頷いた。
「間接キスだって。聞いた?」
「聞いた聞いた。熱いね~」
僕の後ろの席からそんな声が聞こえた気がした。
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