第4話
「暫く休みを取りたい?どういう理由で?」
「はい、岩瀬さんの前職調査をしようと思いまして。横内人事課長は原口部長の許可が降りれば良いと言っていました。」
「理由は?」
原口部長は突然の岩瀬の前職調査しようとしている俺を訝しんでいる。無理も無い。入社して数ヶ月も経過している社員の前職調査など普通はやらない。こういった事は採用時に済ませておくものなのだから。
「大きな声では言えませんが、岩瀬さんが入社してきてからというもの我が社の社員達が次々と不幸な事故で亡くなるのが続いているからです。あっ、いえ、別に岩瀬さんがワザと社員達を事故に遭わせているとは言いません。ただ・・」
「ただ?」
「岩瀬さんの今までの職場でもこういったことが起っていたのかな~って・・・」
「やはり岩瀬さんを疑っているんじゃないか。あのね源君、今は個人情報保護法という法律上、前職調査はあまり堂々とは行えないんだ。それに相手の企業もそう簡単には社内でのトラブルを話すかどうか。」
「はい、ですから主に交友関係とか勤務態度とかを聞いてそれとなく聞きだそうかな~って・・・ははっ・・・。採用の際も石田主任は岩瀬さんの顔・・いえ、雰囲気で決めたみたいなので過去の職歴での勤務態度から周辺の人間関係を知りたくて・・。」
自分でも苦しい言い訳だと思う。岩瀬を採用して数ヶ月経過しているのだから勤務態度など現状を見ていれば一目瞭然。毎日黙々と実務をこなしている真面目な娘だと判る。
「と、兎に角前職で何もトラブルとか岩瀬の周辺で何も不審な事が起っていなければそれでいいんです。俺の考えすぎだと思います。マーケティング課の課員達の事故もただの不幸な偶然だということです。でも亡くなった人達は誰もが岩瀬さんとトラブっている人達ばかりなので少し気になったんです。」
原口部長は少し何かを考えた様子で背を向けて窓の外に目線を移した。
「判った。なら行ってこい一週間ほど休みをやる。これは業務上の出張という扱いにはできないから有給申請しとけ。その代り出張費はでないからな。」
「はい、ありがとうございます。では俺と渡辺は有給申請しときます。」
「渡辺もっ!?」
俺の後ろで渡辺が苦笑いを原口部長に向けた。
「源君だけかと思ってた・・・。」
原口部長がしてやられたという顔をしたのをハッキリと見た。
岩瀬美月の過去の職歴は5社ほどの職歴がある。うちの会社に入社してきた時点での彼女の年齢は26歳で現在27歳だ。大学を卒業してこの年齢までに5社も転職歴があるなど転職回数が多い部類にはいるのだろう。どの会社でも一年未満で退職してしまっているが、それでも次がすぐ見つかるのは彼女の美貌ゆえなのか。それとも悪運の強さなのか。
「岩瀬さんまだ若いのに転職回数多いですね。」
渡辺もそこが気になったらしい。
「ああ、どこも一年未満で退職している所をみると、何か居づらくなる理由があったに違いないな。」
「あれほどの美人ですし同性の同僚達からいじめられそうですしね。それかセクハラでもされたか。」
「なんにしろ何かのっぴきならない理由がありそうだな。岩瀬の周辺で不審な死に方をした人間がいるのかいないのかだ。」
俺と渡辺はまずは岩瀬が大学を卒業してから新卒で入社した会社から順番に訪問していったがどの会社も岩瀬美月の名前をだすと途端に表情が変わり『何も問題は無い』の一点張りで早々に話しを打ち切られてしまい、詳しく話しを聞くことができなかった。
「う~ん、何かありそうなんだけど、その何かが全く聞けないな~」
「ですよね~相手側の表情を見る限り怯えているように見えました。岩瀬は相当な問題児だったんじゃないかな。」
渡辺の言うとおり、岩瀬が過去に勤めていた会社の人達は岩瀬に怯えているようにも見えた。関わり合いたくないというか。
「とりあえず最後の一社に行ってみよう。うちの会社に来る前に勤めていた会社だ。」
「はい。でもそこでも同じ対応しかされないと思いますけどね。」
俺たちは岩瀬がウチの会社に入社する以前の直近の勤務先である田辺印刷株式会社に向かった。
田辺印刷株式会社は会社の建物自体はさほど大きくはない会社だった。建物の中に入り目についた女性に要件を伝えると女性は少し驚いたように目を見開き慌てて年配の男性ともう一人、メガネをかけた若い男性を連れて戻ってきた。
「どうも人事部長の小西です。こっちは同じく人事の木島です。以前うちに勤めていた岩瀬美月についてとの事ですがどんな事でしょうか。」
小西は見た感じ年配の男性で疲れ切ったような覇気の無い顔をしていた。もう一人の若い男性である木島と紹介された男は黙ってこちらをジッと見つめていたのだが、その目には驚愕しているような目でこちらを見ていた。もしくは怯えているのか・・・。
「今現在我が社に勤めています岩瀬美月がこちらの会社に勤めていた時の勤務態度や人柄や交友関係はどうだったか知りたいと思いまして。」
俺がそう言うと小西と木島は目配せしあうと俺と渡辺をこの会社のこじんまりとした会議室に案内してくれた。
「岩瀬はどうですか?元気に働いていますか?」
「はい、元気に我が社で働いています。彼女のこちらでの人間関係はどうでしたか?」
「・・・・普通でしたよ。そちらの会社では上手くやっているんでしょうか?」
やっぱりここの会社でも同じような回答しか返ってこないみたいだ。ただ違うのは他の会社は皆、岩瀬の事を尋ねるとほぼ門前払い状態だった。こうやって会議室に通して貰うことは無かった。もしかしたら、この小西という男性も岩瀬の事が気になっているのかも知れない。俺たちから岩瀬の現状を聞きたいと思っているのかも知れない。
「勤務態度は問題ありません。ですが、人間関係が少々殺伐としていまして・・。」
その瞬間、小西の隣に座っていた若いメガネの男性木島の目が一瞬キラリと光るのを見た。そしてなにか言いたそうにソワソワとしだした。やはりここの会社も岩瀬がらみでなにかあったに違いない。
「そうですか・・・まあ岩瀬は美人ですし同性から嫉妬されやすいですからねぇ。多少人間関係がこじれるのはいたしかたないと・・」
「では異性関係はどうでしたか?あれほどの美人なら言い寄る男性もいたのでは?」
渡辺がすかさず質問する。
「そりゃ多少はいたみたいですね。でも結局は岩瀬は誰とも交際する事は無かった。」
「そりゃなぜです?岩瀬の好みのタイプではなかったとか?」
「そんな事知りません。ですが、仕事上はなんの障りも無かったし人間関係のトラブルも殆ど無かった。それ以上の個人的な事は私どもも知りませんので。」
「そうですか、できましたら岩瀬と仲が良かった方がいらしたら、その方にもお話をお聞きしたいのですが、可能でしょうか?」
「無理です。岩瀬の仲良かった社員達は全員退職しました。もうウチの会社にはおりません。」
「そうですが・・。」
やはりここも他と同じだな。岩瀬の事をあまり話したがらない。岩瀬と仲が良かった社員達が全員退職したというのもなんだか嘘くさい。この小西という男がこちらの質問を煙に巻こうとしているのが伝わってくる。これ以上ここに居ても有益な情報は聞き出せないだろう。
「突然の訪問なのにお時間戴きましてありがとうございました。」
渡辺と共に椅子から立ち上がって立ち去ろうとすると、小西に呼び止められた。見ると小西は名刺を差し出してきた。
「これ私の名刺です。もし岩瀬の事で何かあったらいつでも連絡ください。それと、もし宜しければそちらの電話番号も教えていただけないでしょうか。」
「ああ、はい。判りました。」
俺は自分の携帯番号を小西に伝えると田辺印刷株式会社を後にした。チラリと振り返ると、俺と渡辺の後ろ姿を見送りながら小西と木島がなにかヒソヒソと話していたのを確かに見た。
「やっぱりここでも特別収穫は無かったですね」
渡辺の言うとおり田辺印刷でも他の会社同様当たり障りのない回答しかなかった。でも気になったのは、
『岩瀬と仲が良かった社員達は全員退職しました』
小西のこの言葉が気になる。
「なあ、あの小西さんって人、岩瀬が仲良かった社員達は全員退職したっていってったよな。」
「はい。」
「それなんか変じゃないか?」
「何がです?人の入れ替わりは普通にありますよ。それが女なら結婚とかで退職することあるじゃないですか。」
「そうなんだけど、岩瀬と仲が良かった奴らが全員キレイさっぱり退職するなんてあるのかな。」
「う~ん、どうなんでしょうねぇ」
「それに小西さんと連絡先交換しただろ?普通、何も問題が無いのに、違う会社の見知らぬ人事と連絡先を交換したいと思うか?」
「まあ・・・確かに・・・なにか気になる事があるって感じでしたね。それにもう一人の木島さんだっけ?あの人も何か言いたそうな顔してました。それで後日連絡をしたいとか・・」
「なんとなくだけど、岩瀬に怯えているように見えたんだ。」
「・・・・。」
渡辺は考え込んで黙ってしまったけど、俺は確信していた。岩瀬の名前をだした時の女性社員の慌てた態度といい、小西や木島という男性社員のどこか怯えたような態度を見る限り、この会社でも岩瀬に関係する騒動があったに違いない。
『岩瀬と仲が良かった社員達は全員退職しました』
本当に「退職」なのか?
『人間関係のトラブルも殆ど無かった』
本当に?
今のウチの会社での岩瀬の人間関係をみていると、本当にこの田辺印刷に在職中も人間関係のトラブルが殆ど無かったのだろうかと大いに疑問だ。
「源さん。これからどうします?岩瀬に関する調査を切り上げて、明日から会社に戻りますか?」
「ん・・いや、待て。まだだ。京都行くぞ。」
「へ?京都?なんでまた」
「岩瀬の地元だ。地元の家族とかなら岩瀬のこと詳しく知っているだろうからな。それにせっかく原口部長から一週間も休みを貰ったんだ。徹底的に調べるぞ。」
「そうですね、京都か~、せっかくだから観光もしていきますか。」
渡辺は本来の目的以外の事を考えているようだった。
次の日俺たちは東京駅で落ち合うと京都に向かった。
岩瀬の実家は京都市郊外の小さな街にあった。履歴書によると、岩瀬は高校卒業後は上京して大学に進学している。大学卒業後は地元に戻らずそのまま東京で就職している。誰にでも当てはまる普通の人生だ。
「源さん、明日は観光できますかね?せっかく京都まで来たんだから観光もしていきましょうよ。」
「ああ、もちろんだ。家にお土産買ってくる約束を息子としてるからな。原口部長にも買っていってご機嫌を取っておかないとな。」
渡辺の言うとおり、せっかく京都まで来たんだから観光もしていかなきゃ損だな。清水寺とか観光名所巡りしてる暇あるかな。
そんな事を頭の中で考えていると、目的である岩瀬美月の家にたどり着いた。
家の外観は至って普通だ。
インターフォンを鳴らすと中からひょっこり中年の女性がひょっこり顔をだした。
「はい、なんでしょうか?」
「あ、初めまして私どもは東京にあります富士健康食品株式会社の人事担当の源と申します。こっちが同じく人事の渡辺です。」
「どうも、渡辺です。」
「富士健康食品株式会社・・・あ!・・もしかして美月の勤めている会社の方ですか?」
「そうです。岩瀬美月さんの会社の者です。恐れ入りますが、岩瀬さんのお母様でしょうか?」
「ええ、そうです、私が美月の母親です。娘がいつも大変お世話になっております。」
岩瀬の母親は軽く頭を下げた。
岩瀬の母親は小柄な人で、顔立ちも岩瀬美月にどことなく似てはいるものの、岩瀬美月の美形で鋭い顔立ちとは違い、平凡で人を和ませるような可愛らしい顔立ちをしていた。
本当に岩瀬美月の母親かと疑いたくなるような真逆の雰囲気のタイプだった。
「娘がなにかしたんですか!?」
「いえ、違います。娘さんになにかあったのではなく、これまでの娘さんの事についてお聞きしたくて東京からやって来ました。」
「・・・・どうぞ・・。」
岩瀬の母親はいぶかしげにこちらを見ながら家の中に招き入れてくれた。
俺と渡辺は仏壇のある和室に通されたが、向かい側に座った岩瀬の母親は不安そうな表情でこちらをジっと見つめている。
重苦しい沈黙が続く。気まずい沈黙の中、言葉を発するのは少々勇気がいるが、ただ遊びに来たワケではないのだから、本題に入らなければ。
「あの・・。」
「はい・・。」
「あ・・突然お邪魔しまして申し訳ありませんでした。実は、人事担当者として会社の社員の素行調査をしておりまして、美月さんのこれまでの生い立ち等をお聞きしたくて・・。それと交友関係とかも。あ、でも別に娘さんに何か問題があるからってワケではないですから。単純に人事として社員の生い立ちや素行を把握しておきたいだけですので。」
「生い立ちですが、美月はこの通り我が家で生まれた娘です。高校を卒業するまでこの家で暮らしていました。交友関係は・・・どうでしょうねぇ・・。」
母親は言葉を濁した。やはり人間関係はあまり良くなかったらしいことが伺える。
「美月さんは仲が良かった人とかいましたか?親友と思える相手とか。」
「はい、美月の親友なら小学生の時仲良かった子がいました。名前は、合田愛良(あいだあいら)さんって子です。」
「合田愛良さん・・・。その方は今でもここ京都にいらっしゃいますか?」
「はい、ご実家の方にいると思います。」
「宜しければ、その方の連絡先をお聞きしても宜しいでしょうか。」
渡辺が間髪入れず情報を聞き出そうとする。よくやった。他人の個人情報など聞きにくいことを考える間を与えず聞き出そうとする、流石人事のはしくれ。流石俺が見込んだだけの事はある。
「・・・・。無理です。」
「それはなぜ?」
「現在はお付き合いは全くありませんので勝手に教えてしまった良いかどうか迷います、それに・・・」
「それに?」
「向こうも美月に関わり合いたいと思っていないと思います。」
「・・・美月さんと何かあったんでしょうか?」
やはり、地元の友人にも岩瀬美月と何か一悶着あった人間がいたのか。人間生きていれば必ず誰かから恨まれたり嫌われたりするものだ。岩瀬みたいな美人なら同性からいわれの無い反感を受けやすい、それは地元でも同じだったのだろうな。
でも、この岩瀬の母親の雰囲気から、その合田愛良なる人物がただ単に美人に対する嫉妬で岩瀬美月の事を嫌っているワケでは無さそうな感じだ。
仲が良かった友達・・・でも現在は『関わり合いたいとは思っていない』。仲違いする何か事件でもあったのだろうか。
「何かあったのか無かったのか、彼女が大怪我を負うまでは確かに仲が良かったんです。そして美月の事をとても恨んでいます。」
-----『彼女が大怪我を負うまでは』---------
やはり地元でも岩瀬の周辺の人間が何か事故にでも巻き込まれて不幸な目に遭っていたのか。
「それは美月さんが原因なんですか?」
「いえ・・事故があった時、美月は家にいたんです。でも、向こうは美月に騙されたって・・言い張って。」
「騙された?もっと詳しくお話を聞かせてください。」
「合田さんはその日、美月と遊ぶ約束をしていたそうです。それで彼女、待ち合わせ場所の工事現場でずっと待っていたそうなんですが、その時、工事現場の資材が崩れてきて合田さんがその下敷きになってしまって・・・それからは彼女は車椅子生活を余儀なくされてしまって。」
「その日、美月さんは家にずっといたんですよね?なぜ待ち合わせ場所に行かなかったんですか?」
「それが、美月が言うには、遊ぶ約束なんてしていないって言うんです。でも合田さんは確かに美月と遊ぶ約束をしていて、待ち合わせ場所だった工事現場も美月が指定してきた場所だって。」
片や遊ぶ約束をしていたと言い張っているが、片や約束などしていないと言い張る。これはどちらかが嘘をついているのだろうが、今まで岩瀬の周辺で起った事件を考えると嘘をついているのが岩瀬の方だと直感的に思った。
俺は一瞬渡辺と目配せをして、この岩瀬の母親に会社で起った今まで岩瀬の周辺で起った死亡事故を話す合図を送り合った。
「実は本当の事をお話しますと、今日は過去に美月さんの周辺でおかしな事故とか事件が無かったのか調べに来たんです。美月さんが我が社に入社してから人が亡くなるような事故が多発していまして、その不幸な事故で亡くなった方々はどの人も美月さんと関わりのある人達だったんです。」
母親がハッと息をのむのが判った。
「誤解の無いように言っておきますが、別に美月さんが嫌がらせをして事故が起った訳ではありません。これらの事故は全て美月さんと無関係の場所で起った事故なんです。でも・・・でも・・・事故で亡くなった人達はどの人達も美月さんに不快な思いをさせた人達ばかりなんです。それは偶然かもしれない・・でも・・・でも・・僕にはこれがただの偶然には到底思えないんです。念の為にもう一度言っておきますが、此れ等は全て美月さんは一切関わっていない事故なんです。でも」
「実は!」
岩瀬の母親は俺の言葉を遮る様に大きな声をだした。
「実は、美月の周辺で起った不幸な事故は合田さんの件だけではないんです。」
やっぱり!岩瀬美月の周辺での不可解な事故は地元でもあったのか。
「詳しくお願いします。僕も源さんもそれが聞きたくて東京から来たのですから。お母様のご都合さえ宜しければ何時間でもじっくりお話をお伺いしたいと思います。あ、でも、もしご迷惑であればまた再度出直して参りますので。」
渡辺が居住いを正しながら、岩瀬の母親の負担にならないように配慮しながら丁寧に接する所はさすが人事の端くれ、さすが俺の後輩だ。
岩瀬の母親は軽く頷くとぽつりぽつりと話し始めた。
「美月には三つ年上の兄がいまして、その兄の友達が美月にいたずらしようとした事があったんです。あの子が小学校6年生の時でした。美月が一人で家で留守番をしていた時に兄の陽一を尋ねて来たみたいなんですけど、美月以外誰も家にいないと判ると美月に襲いかかったみたいなんです。」
岩瀬はきっと小学生の時から美少女だったに違いない。小学6年生の岩瀬より三つ年上の兄の友人ということは中学3年といった所か。思春期まっさかりの年頃だからな。
「すんでの所で私が帰宅して事なき得たのですが、それから一週間後・・・その男の子はトラックに跳ねられて亡くなりました。」
一瞬西村が事故に遭った時を思い出した。人形が跳ね飛ばされるように宙を舞い、その手足がおかしな方向に折り曲げながら路面に叩きつけられたその姿を。・・・一瞬目眩がした。心臓がバクバクと脈打ち鼓動を早める。
「最初は美月に嫌な事をしようとした罰があたっただけと思ったんですが、この他にも美月が中学に入学して間もない頃、上級生の先輩達に絡まれた事がって。美月の話だとよく分からない因縁をつけられたらしいんですが、私が学校に文句を言いに行ったんですよ。だって虐めじゃないですか。でも、先生も学校の校長先生も『そんな事実は無かった』と取り合わなくて。」
ーーーーーーーーーー『因縁をつけられた』ーーーーーーーーーーーーーーーーー
そういやウチの会社でも岩瀬は同じ課の女子社員達から因縁をつけられた事があった。女子同士の嫉妬で気に入らない相手に因縁をつける行為は、若い内はよくあると思う。でも、特別に岩瀬美月は相手の嫉妬心を刺激する何かがあるのだろう。美人だからと言うのが一番大きいのかも知れないけれど、その他にもどうにもやり過ごすことが出来ない気持ちにさせるなにかを岩瀬は持っているんだろう。
「その後の二ヶ月の間ほどに・・・対応した先生と校長先生・・そして美月を虐めた上級生の女子生徒達が不幸な事故で亡くなりました。」
やっぱり!岩瀬の怒りをかった人達が次々と不幸な事故でみんな死んでいる。
「それはもちろん美月さんは関係無い事故なんですよね!?」
「そうです。事故が起きたのは娘の所為ではありません。でも、あの子が高校の時のクラスメイトの女の子達も同様に立て続けに不幸な亡くなり方をしたんす。・・・娘に嫌な思いをさせた人達が全て不幸な亡くなり方をしてるんです。ちょっと怖くなってしまって・・。」
岩瀬の母親は表情を曇らせ声をつまらせた。
「では、ご家族は?例えば子供の頃とかに娘さんを叱ったりすることって親ならあるじゃないですか。ご家族にはなにも不幸な事故とか起っていないんですよね?」
「私も主人も娘を叱って泣かせる事は、あの子が子供の頃よくありました。」
そういや、岩瀬美月にも父親がいるはずだ。今は母親が対応してくれているけど、この家の中には父親の気配が無い気がする。
「あの、今美月さんのお父様はお仕事ですか?」
「・・・主人は・・・美月が高校生の頃亡くなりました。」
岩瀬の母親が表情を少し曇らせた。ふとこの母親の背後の仏壇に目をやると、写真が飾ってあり、写真の主は中年男性だった。
「失礼ですが、お父様はなぜ亡くなられたのでしょうか。」
「主人は夜道を歩いている時、ガラの悪い人達に刺されて・・・。」
「ご主人は娘の美月さんになにか嫌な事をしたんですか?」
「いいえ、そんな事はありません。そりゃ美月がいたずらとか悪い事をしたら叱ることはありました。でもそれ以外は普通の・・優しい父親だったと思います。」
「お父様が夜道を歩いていたのはなぜですか?」
「飲み屋でお酒を飲んでいたみたいです。主人は元々お酒が好きでウワバミなんです、家でもよくお酒を飲んでは酔っ払ってそのまま寝込んでいました。その日も飲み屋でお酒を飲んで酔っ払った帰りだったそうです。警察の話しだと、物取り目的で飲み屋から後をつけてきた人達だって。」
岩瀬の周辺の人間でまた不幸な死に方をした人物がいた。その父親もなにか岩瀬の怒りをかう事をしでかしたのだろうか。
「でも美月が関係あるとは到底思えません。だって、先ほども申しました様に美月が小さい頃から美月を叱りとばすことはよくありましたし、それ以外は優しい父親でした。私自身も同様に美月を叱り飛ばして怖がらせた事は多々ありましたし、主人だけが特別というわけでは無いので。」
確かにそうだ。子供の悪戯を叱るのは親として当然だし、岩瀬に嫌な思いをさせて不幸な事故が起るのなら、岩瀬が高校生になる以前に死んでいるはずだ。恐らく父親の一見は岩瀬とは無関係なのかもしれない。
「お兄さんは?美月さんのお兄さんは今はお仕事中ですか?」
「美月の兄の陽一は今は仕事中のはずですが、普段は別の場所で暮らしています。でも時々ここに戻ってくる事はあります。美月が実家に戻ってこない様な時に。」
「お兄さんは美月さんを避けていらっしゃるのですか?」
「避けてる・・・そうかもしれません。どちらかというと、腫れ物を触るような感じであまり近寄らないようにしている感じですね。」
兄の陽一とやらが岩瀬美月を避けているのはなぜだろう。中学の時、友人の一件があったからか?でも、大切な妹に性暴力をしようとした友人を許してそのまま友達と思うことはできるのだろうか?
それにその友人が亡くなったのは別に岩瀬美月が自ら手を下した訳では無いから、ここで友人の死と妹を結びつけ恨むのは無理がある。それとも他に何か思う所があるのだろうか?
う~む、一度話しを聞けたらいいのに。
「お兄さんとは連絡取れますか?ぜひお話をお聞きしたいのですが。」
「どうでしょうね・・。」
岩瀬の母親は俯いて考え込んでしまった。
「では、僕の携帯番号を書き残していますので、もし陽一さんにその気があれば一度ご連絡をいただけるようご伝言をお願いできますでしょうか?」
俺は、いそいそとメモ用紙に自分の携帯番号を書き残して岩瀬の母親に渡した。
「はい、伝えておきます。」
「・・それと・・無理は承知で美月さんの小学校時代のご友人の合田愛良さんの連絡先をお聞きできませんでしょうか・・・・。」
「・・判りました。合田さんの実家の電話番号しか判りませんが、それで宜しければ。」
「はい、助かります。個人情報をお聞きした事でこちらにはご迷惑はおかけしませんので。」
岩瀬の母親はゆっくり立ち上がると一旦部屋を出てから2・3分ほどだろうか、一冊の冊子を手に戻ってきた。
表紙をみると小学校の卒業アルバムだ。
岩瀬の母親は卒業アルバムのページとパラパラとめくり、卒業生達の住所が記載されているページで手を止め、メモをしだした。
「こちらが合田さんのご実家の住所と電話番号です。恐らくですが、まだご実家にいるのかもしれません、ほらあの子車椅子だから。」
「ありがとうございます。あの・・・宜しければその卒業アルバムを拝見させていただいて宜しいでしょうか?」
「勿論いいですよ、美月の小学生時代の写真が見たいんですよね?」
「はい・・。」
突然やってきた娘の会社の人間が、個人情報を根掘り葉掘り聞いているのだから恐らく不審に思われたかもしれない。でも、こうやって教えてくれる所をみると、この母親も娘に対してなにか疑念というか・・・ナニかを感じているのだろうか。感じているナニかを俺たちに謎説いて欲しいのかもしれない。
卒業アルバムをパラパラとめくると、岩瀬美月の個人写真は直ぐに見つかった。
大勢いる中で一際目立つ存在。岩瀬は小学生の時から圧倒的な美形な顔立ちをしているが、それとは別にこの異常なまでの存在感は大勢の中にいても隠せない。思わず声も出さずに見入ってしまう。
「やはり美月さんは存在感がありますね。」
「でしょう。美月は昔から一際華があると言いますか、存在感が人一倍あるからクラスの中では浮きやすかったんです。」
「美月さんのお兄さんも華がある方なんですか?」
「いいえ、息子はいたって普通な子です。特に大勢の中では全く目立たない子でした。美月が異常に目立つ子なんです。」
なんとなく岩瀬の父親の遺影に視線を向けると、父親の顔立ちも普通の顔立ちといったところだ。目の形とか岩瀬美月に似ている部分は多々あるものの、岩瀬美月の容姿ほど美形な顔立ちはしていなかった。
「ありがとうございました。助かりました。」
卒業アルバムを岩瀬の母親に返すと、立ち上がった。この後、岩瀬の小学生時代の友人の合田愛良という人物に会いに行かなくては。
「そろそろ帰りますね。突然のご訪問にも関わらずご親切にしていただいて本当にありがとうございました。」
「いいえ。母親の私がこんなことを言うのは間違っているかも知れませんが・・・」
「なんでしょう?」
「美月は・・・娘は生まれる場所を間違えた子なんだと思います。」
「?・・・と、言いますと?」
「あの子は・・・こんなことを言うと変に思われるかも知れませんが、人間として生まれるべきじゃなかった子だと思います。昔からあの子の周辺で人が傷ついたり死んだりして・・何かの手違いで人間として生まれてきてしまった存在としか思えない。我が子ながら怖いんです。」
母親は少し怯えた様子をみせた。無理も無い。岩瀬美月に恨みをかった人間達が皆ことごとく不幸な死に方をしているのだから、それも一人や二人ではない人数が。生まれてきた時から成人するまでずっと見てきた家族なら、尚更感じる物もあるのだろうな。
俺たちも同じように感じたから、東京から遠く離れた京都まで来たのだ。
「・・・・お母さん、それでもご家族には何も悪いことが無かったのなら美月さんには普通に接してあげてください。」
「はい・・。」
そう頷く母親の体は少し震えていた。
俺と渡辺は、岩瀬の実家を後にし、母親から教えられた住所の場所に向かった。
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