第13話 山積みの問題
ポレの案内で城の中を歩き回った。大体城の構造は分かった。この城は長い廊下が交錯していて、そこに部屋が並んでいるアパートみたいな造りだった。それがほとんどで、ポレは一々部屋の前に止まって、説明をする。「ここは書斎です」「ここはクレエペンの部屋です」
「ここはオルサバトルの部屋です」「ここは――」
「うんうん」
最初は真剣に聞いていたが、廊下を歩いてドアの前に止まるの繰り返し。僕はだんだん飽きてきていた。ポレは説明する部屋を絞ってくれてはいたが、僕はもう半分くらい覚えてなかった。
そんな怠惰な感情で歩いていると大きな広間に来た。
「ここは大浴場です。エースもぜひ利用してくださいね」
「ここは、混浴なの?」
僕は少し食いついた。
「はい、恐縮ですが、お声がけくだされば、私どもがお背中をお流ししますね」
「そ、それはありがたいね」
僕は少し鼻息が荒くなる。僕は魔王なんだから、配下の裸くらい見てもバチは当たらないだろう。この場所は覚えておこうと思った。
続いて案内されたのはバーのような雰囲気ある部屋だった。部屋というより、少し狭い広間だ。天井も低い。酒が並んだカウンターと、壁際に置かれたオルガンのような楽器が場違いのように浮いている。それはこの部屋の小汚さが原因だと思う。中央に置かれた円いテーブルは人が使った汚れがしみ込んでるし、部屋は埃かぶった物が散乱していた。
「ここは何の部屋なんだい?」
ポレは少し決まりが悪そうに言った。
「ここは、お酒が積んでありますね。見ての通りバーなんですが、今は護衛たちの遊び場になってますね。あそこのテーブルで賭け事遊びをしてるんです。彼らはほとんどここに入り浸ってるみたいで。まぁ気持ちは分からなくもないです、ここは娯楽が少ないですから。でも私としてはもう少し自分たちの仕事に精進してほしいんです……」
護衛というのは前に言っていた数少ない魔族の仲間のことだろう。オルサバトルのほかにもいたのか。
「平和で暇なのは仕方ないが、たしかに遊び呆けなのはよくないな」
たしかに魔王の護衛がさぼるのはよくないが、裏を返せば、争う意思がないということだ。僕とラスタが目指す王国との共存には都合は良い。
僕は立ち去ろうと思ったが、ポレは動かない。そして甘えるような目で僕にすがり付いた。
「エース、お願いがあります。どうか彼女たちを改心させてください。このままでは私たちは自然消滅の一途をたどってしまう」
ポレは僕の手をぎゅっと握りしめ、自分の胸に押し当てる。ポレはただ純粋にお願いしてるのだろうが、僕は内心ドキッとしてしまう。
「考えておくよ、うん」
さすがにこれは断れない。男だったら誰だって。ポレはもしかすると魔性な女なのか、魔族だけに。
続いて案内されたのは簡素な机が置いてあるだけの書斎のような部屋だった。
ポレは申し訳なさそうに言う。
「ここが、エースのお部屋です」
よかった。ちゃんと自分の部屋があるじゃないか。一日中あの落ち着かない玉座に座るのは御免だった。まだ物が少ない、空き部屋のようだ。
「結構だ。これから部下たちの心にメスを入れるんだ。仕事部屋はこれくらい質素な方がいいよ」
「本当はもっと綺麗なお部屋をご用意したいのですが……すでに使ってる方がいまして……」
「ラスタだろ?」
「いえ……ラスタ様の妹様でして……」
ラスタに妹がいたのは驚いた。そんな大事な人がいたなんて初耳だ。なんで今まで教えてくれなかったのか。ラスタの妹なら次期魔王になる予定のはずだ。これから良好な関係を構築すためにも早めに会っておきたい。
「彼女はどこにいるんだい?」
「この城の最上階におられます。……ですが、今は出かけておられるかと」
そう言ってポレは廊下に出て次の部屋の案内を急かしてきた。
「まだご覧になってない所があります。ささ、行きましょう」
「まだあるの?」
「全部で120」
「120!? ……城の案内はもういいよ。僕はここにいるよ」
僕は自分専用のデスクに座った。木を削った立派なものだ。椅子は少し硬いが。
ちょっと休憩、煙草が欲しくなる。引き出しを探したが、中は空っぽだった。
「ポレ、たばこある?」
「貨物室に少し」
「すぐに持ってきて。 ……いや、僕が行くよ。ポレは資料を持ってきてくれ」
「資料?」
「ポレは情報収集が仕事なんだろ?これまで集めてきた情報を、僕が必要だと思うものを持ってきてくれ」
「承知しました」
ポレは少し明るい顔をして返事した。
「それと家具だな。ここにベッドも欲しいな。……まぁ、それは後でいいや」
「あの、寝室はラスタ様とご一緒では?」
ポレは少し照れている。
「そう何度も血を吸われたらたまらないからね。それに当分ここに籠りたいんだ。この城は広すぎるよ」
「か、かしこまりました」
ポレは慌てて廊下へ行ってしまった。
僕はすぐに後を追いかける。
「ちょっと待って。貨物は誰が管理してるんだい?」
「私です」
「それも君がやるのか」
この仕事量はさすがにポレが可哀そうだ。人手不足だから仕方ないのだろうが、もっと仲間に頼るべきだ。いや、その仲間が怠け者ばかりなのか……。てっきり問題は王国との対立だけかと思っていたが、内部の腐敗、これはたしかに何とかしないと存亡の危機だな。
僕は椅子の背にもたれて座った。静寂な部屋に椅子のきしむ音が響いた。
僕は頭を悩ませる。これからやるべきことを考えていた。思えばやるべき問題が山積みだ。こうしてただ座っているだけでは、どうやらいけないらしい。
まず、新魔王として部下に威厳を示す必要がある。次に、さぼっている部下を正さなくては。そして、王国との共存は最大の課題だ。しかし、これは今考えてもどうにもならない。
それだけじゃない、ここの生活を維持していかなくちゃいけない。あまりに問題が次々に浮かぶので、僕は肝を冷やした。自分なんかに何ができるのか。その負い目を背負って生きていくしかない。
僕はうんざりしてため息をついた。
しばらくしてポレが戻ってきた。手には山積みの資料を抱えている。僕は手早くそれを机の上に置くように指示した。紙の束を紐で閉じた冊子になっている。ポレは煙草も持ってきていた。僕は早速一服して一息つく。その間に積まれた資料の一部を引っこ抜いて見てみると、僕は唖然とした。
「ゲッ!」
なんと書かれている文字が全く読めなかった。この世界の言葉は耳で聞いて喋れるのに、文字は読めなかった。
僕はポレに聞いた。
「これ、何て読むの?」
「これは、王国で人気のある風俗雑誌の切り抜きです。興味がありますか?」
「いや、全然」
ポレは別の冊子を取り出して、見せてきた。
「こちらを見てください」
見ろと言われても、僕は文字が分からない。
「なにこれ」
「我々の仲間の名簿です。私が自分で調査して問題点も書いておきました」
「へぇー、そんなものもあるの」
僕は煙草を置いて、ペンを手に取った。
「それ、読んでくれる? 字は難しくって」
「かしこまりました」
ポレは言うのを僕は日本語でメモすることにした。
まずは護衛役の三人、クローブ、アムステル、ガム。そして彼女らの問題点は修練をさぼり、毎日賭け事の遊びにふけっていること。続いて、ニュー、彼女はポレと同じ間諜役だが仕事はさぼり、酒を飲んだくれて、さっきの三人と混ざり遊んでいるということ。最後に給仕のクレエペン。彼女は特記事項なしということだった。ポレが問題点を指摘したのは同僚だけで、さすに上司のオルサバトルや魔王のラスタ、その妹のラゴディーニュは名前だけだった。ポレを含めて魔族は9人、これだけの人数でよく切り盛りしていけたなと僕は思った。それはやはりポレやラスタ、オルサバトル、クレエペン、この四人が頑張っていたのだろう。僕は感心した。それと同時にあまり時間もないなとも思った。
「ポレ、忙しいのは分かってるんだけど、僕の読み書きの勉強を手伝ってくれないかい? この資料を全部目を通しておきたいんだ」
「もちろんです。私にお任せください」
ポレは快く承諾してくれた。
僕も必死で覚えるつもりだ。
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