第10話 血痕

 僕らは部屋に戻った。帰りはお互い口数も少なかった。

 僕はすぐに暖炉の前で煙草をしきりに蒸かしていた。

 ラスタから言ったのだ。今夜は一緒に寝ると。

 わくわく、そわそわ、むらむら、そんな神経のいらだちを僕は必死にごまかそうとしていた。男が、そんな情けない醜態をさらしたくないのは当然だと思う。

 つい、ラスタの様子が気になって見てみると、彼女は下着姿で、薄手のローブに袖を通していた。僕は一瞬目が釘付けになったが、すぐに目をそらした。でも、後のことを考えるとなにを恥ずかしがっているのかと馬鹿らしく思えた。

 彼女は平然としていた。気が強いのか、案外慣れてるものなのか。ちょうど声がかけたかったところだ。ちょっと聞いてみようと思った。振り返るとラスタは着替えを終えてこちらに近づいて来ていた。


「きれいな姿だね」


「汚れるといけないから。正装なの。普段は服は着ないわ」 


ラスタは裾をつまんで揺らして見せた。


「――うん、確かに汚れると大変だ」


 服は着ない、つまり裸か。僕はぎょっとして、目をそらして答えていた。


「ところで、こういうのは少し不躾な質問かもしれないけど――」


「なに?」


「いや、大したことじゃないんだ。その、この城には、男がいないね」


「当然よ。私たちは女魔族ですもの」


「女魔族って――じゃあ君のお父さんは?」


「人間よ」


「じゃあハーフってわけだね」


「魔族って言ってもそんなものよ」


 ラスタは淡々とそう答えた。うんうん、ようやくわかってきた。なぜ人間を選ぶのか。魔界に男がいないんじゃ話にならない。

 僕は吸い殻をつぶして、席を立った。緊張はなくなっていた。


「それじゃあ、色恋がなんなのかも知らないんだね。かわいそうなことだ」


「あなたがそれを教えてくれるの?」


 僕は腕を広げてみせた。それを見てラスタは勢いよく抱き着いてきた。

 彼女の背中へ腕を回す。彼女の背中は小さかった。全身が燃えるように熱い。

 我慢できなくなったのか、ラスタは僕の首に嚙みついてきた。


「おいおい、そうがっつくもんじゃないよ」


 彼女の激しい熱情を感じて僕は思わず笑顔がこぼれた。


 甘噛みくらいだろう、首に心地よい違和感を感じる。

 すると、つーっと液が首筋を垂れたてきた。

 唾液だろう。

 やがてラスタが顔を上げて、僕を見つめる。


「おいしくない!」


優しく、そして満足そうに微笑んでいた。

 僕も笑顔で返す――が、それができなかった。


「血だらけじゃないか!」


見ると、ラスタの口元に血の跡が付いていた。

僕は思わず自分の噛まれた首を触った。血は止まってるが、手にはわずかに血痕が付着していた。


「力強く噛み過ぎだよ。血が出ちゃったじゃないか!」


「どうしたの、エース?」


 ラスタは眉をひそめて、不思議そうにしている。

 わざとではないらしい。思えば痛みも感じなかった。ちょっと切ってしまっただけかもしれない。


「ああごめん、声を荒立てて――君、口に血が付いてるよ」


「血?――だって血を吸ったのよ」


「血を吸ったの!?――なんでそんなことしたの」


 僕の問いにラスタは少しイライラした様子でいた。


「なぜって、私たちの子孫を残すためよ」


「血を吸うのかい?それが魔族と人間の交配なの?」


「そうよ。――そんな驚かなくても……」


 ラスタは少し目を伏せた。少し怒鳴りすぎたかもしれない。我ながら大人げないことをしてしまった。ちょっと期待していた、破廉恥な自分がいたのかもしれない。


「なるほどね。――うるさくしてしまったね、謝るよ。交配って言ったのも悪かった」


「いいのよ。――もう寝ましょう」


 ラスタはそう言って、大きなベッドに入っていった。

 僕はその前に、頭の整理もかねて、一服決めてからベッドへ向かった。


「それにしても――血を食い物にするってのは聞いたことがあるけど、生まれるのは聞いたことがなかったな、ハハハ……」


 僕は少しくだけた感じで、明るくしようと努めた。しかし、ラスタはもうすうすうと寝息を立てていたようだった。

 僕は少しわびしい気持ちで、なかなか眠りにつけなかった。

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