第9話 決心
満天の星空の下、お互いの顔もよく見えないほど外は暗かった。
廃墟と化した広場を抜けて、城を出てすぐのところに小川が流れていた。
足取りは重かった。二人で夜道を歩くなんてこれで最後かもしれない。ラスタにとってはちょっとした冒険なのだろう。満天な星空を見上げて、瞳を輝かしていた。
確かにこの空は、僕も感動する。広大な草原の上を遥かかなたまで星が埋め尽くしている。僕のいた世界じゃ、街灯で星は見えないし、ビルで空も塞がれてしまっている。
「きれいね」
「うん、そうだね」
まるで夫婦のような他愛もない会話で、僕は亭主気分に浸っていた。
「ちょっと休もうか」
僕らは小川の辺に並んで座った。月夜に照らされた小川はきらめいていた。ラスタはそれにも目が釘付けだった。
彼女は外の世界をまるで知らないらしい。
僕は煙草をくわえて、火がないことに気づいた。仕方なく川へ投げ捨てる。
「嫌――虫がいる!」
ラスタが手をばたつかせて、必死に目にも見えない小さな羽虫を払いのけた。
「お嬢様だなあ」
世間知らずのお嬢様。そんなことを思って、ふと疑問を尋ねる。
「故郷ってどんなところ?」
「なにもないところよ。星さえない。虫がいないのはいいのだけど」
「ふーん、そう――」
てきとうな返事で返した。いまいち話が入ってこない。やっぱり魔王の件が頭にチラついて仕方がない。
「うちは放任主義なの」
「え?」
ラスタはそんな僕を察したらしい。いきなり魔王の件を持ち出すのは悪いと思ったのだろう。彼女なりの気遣いで、唐突に身の上話を切り出した。
「一人前になったら、みんな送られた地で繁栄して生きてるの」
「そう……それなら君の親御さんにも挨拶はしなくて済むだね。ハハハ――なんだか心のつっかえが一つ晴れたよ」
「じゃあ魔王になってくれる?」
そら来た。僕がちょっとでも隙を見せたらすぐこうだ。でも僕にはどうしても彼女のために断らなくちゃいけない。僕は彼女立場を魔族を滅ぼす無能者なんだ。
しつこく回答を求めるラスタに僕はつい口を滑らしてしまった。
「だまして悪かったがね、僕は国一番の優秀じゃないんだ。――ただのなんの取柄もない、無能なんだ」
きっと彼女は今の言葉を聞いてショックを受けただろう。暗くてよく見えないが、彼女の顔をちらりと見る。しかし彼女は眉一つ動かさず、まっすぐこちらを見つめていた。
「エース、あなたならできる」
意外な回答に僕は戸惑う。
「聞いてなかったのか、全部嘘なんだよ」
「分かってるわ。それでも、私はあなたなら信じられる。私はあなたは無能なんかじゃないと思う。優秀よ、立派よ。それはあなたの心」
ラスタはそう言って僕の胸に手を置いた。生まれて生きてきて、初めて言われた言葉だった。うれしさを僕はなんとかごまかそうと冷静に努めた。
「――自信がないんだ。失敗ばかりの人生だった。」
今度は手をぎゅっと握って熱弁してきた。
「私は優秀な人間を頼んだわ。でもね、エース、それは失敗を失敗と思わない、間違いを間違いと思わない、やることすべてが正解だと信じる人なの」
こんなに誰かに励まされたのは初めてかもしれない。僕はなぜか目頭が熱くなった。それでも僕は感情を表に出さない性格なんだ。
「狂ってる発想だな――無理が通ればなんとやらの新解釈だね。でも、そう思えたら、さぞ幸せ者だろうな」
やることすべてが正解。
なんて単純な生き方だろう。
でも、それは僕がこの世界で求めてやまない考えだった。せっかく死んで異世界で新しい人生が始まったんだ。もっと気楽に、もっと単純に生きたかった。
ラスタの言葉は何より僕に染みた。
「僕、やってみるよ」
「ありがとう、エース」
ラスタはそう言って僕に肩を預けた。
せっかくこんなファンタジーの世界に来たんだ、今日かぎりでくよくよ考えるのはやめよう。
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