第6話 冷たい魔王


長い広間に、道らしき赤い絨毯が敷かれ、来訪者を導くように妖艶な光を放つランプが佇んている。その奥には台座が置かれ、大きな一人用の豪奢な椅子が置かれていた。誰も座ってはいない。


「少々お待ちください、エース。バージニア様は奥でお休みになられていますので」


 そう言って、オルサバトルは台座の裏にあるカーテンで仕切られた部屋の方へ歩いた。僕は緊張で生唾を飲み込んで待っていた。

 間もなく、奥からオルサバトルが姿を現した。それに続いて、一人の女がうつ向きがちに現れた。長い赤髪はオルサバトルとさほど変わらない。しかし、着ているものは薄い色合いのドレスで、オルサバトルのようなきわどい感じはしない、素朴な、どこにでもいるような、悪く言えば地味な服を着ている。顔はもれなく美人だった。どこかはかなげな目。たしかに聞いた通り、丈夫な感じはしない。こう言ってはなんだが、全く魔王と不釣り合いな感じがした。しかし美しい。彼女は台座の上にある椅子に深々と腰を下ろしした。眩しいほどのきれいな脚がちらりと見えて、それに目が吸い寄せられ、僕の心は熱くなる。

 魔王ラスタは壇上から僕を見下ろしていた。何もしゃべらない。僕は視線を合わせることができず、目線をううろうろさせていた。前を見ていると、ちょうど目線の先に、あの眩しい脚が当たるからだ。

 ようやく魔王ラスタが口を開いた。


「何をしているの、オルサバトル。ここはいいから、あなたは引きなさい」


 可愛らしい声だが、上に立つものらしい威厳を感じる。オルサバトルは一礼して去ってしまった。彼女がいなくなってしまったのは惜しい。何かあったときは彼女に頼ろうとしていたのに。

 彼女が後ろの乗ってきたエレベーターに消えていくのを確認してから、魔王ラスタは口を開いた。


「あなたの名は?」


「……エースです」


「エース、あなたがここにいる理由は分かっているかしら?」


「まぁ大体は……」


「コラッ!」


 魔王ラスタが急に怒ったので、僕は一瞬ビビった。


「あなたはまだ、ただの人間よ。かさにかかったものの言い方をするのはおよしなさい」


「……すいません」


 こいつはまいった。魔王ラスタは気難しい人なのかもしれない。このままでは僕の立場が危うくなるかもしれない。最悪、文字通り生贄に……。


「正式な式があるから。あなたはそれまで我々の仲間ではないから」


「……はい」


 僕は言われるがまま、ただ返事するのがやっとだった。なんたる威圧。これが魔王か……。僕は本当に彼女の婿になれるのだろうか……。果たして務まるのだろうか。気分が重くなる。


 魔王ラスタは席を立った。僕は彼女の一挙一動にビクついてしまう。今度はなんだ?


「話があるから、こちらへ来なさい」


 そう言って彼女は意外な行動に出た。先ほど出てきた奥の間に招くのである。


「はい……しかし」


「いいから、来なさい」


 遠慮がちにためらっている僕を彼女は催促する。これは喜んでいいのだろうか。誘われたなら乗るべきだろうが、彼女の冷徹な言動が僕を不安にさせる。

しかし、気に入られたから別室に誘われたと思えば、これは前進したのではないか。そう心に決めて、僕は彼女の後を追った。

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