第1話
アンドロイドの少女は当てもなく歩き続ける。
元が試作探索人型ロボットであるが故に自由を得たこの肉体とは言えども、やる事やすべき事は変わらなかった。
その環境を調べてバックアップデータに収める事である。
そうする事で人間のように迷うデジタルの心に火を灯す。
──故に少女は過去の目的を生きる指針にして今日も歩き続けるのであった。
そんな少女が訪れたのは工場施設から少し離れた場所にある遙か昔に人間達で賑わっていたであろう寂れた商店街であった。その一角で未だに稼働し続ける鯛焼き屋があり、少女はその前を横切ろうとする。
「そこのお嬢さん!鯛焼きを一つ、どうだい!」
「すみません。私の身体は半永久原動力ですから食べる事が──」
「鯛焼き一つね!あいよ!」
少女の言葉を遮り、亭主風のマイクロボットはガタガタと動きながら鉄板で鯛焼きを焼くロボットに声を掛ける。
マイクロボットも鯛焼きを焼くロボットも先の少女同様か、それ以前の遙か昔の遺物レベルの旧式だが、まるで人間が滅んだ事が解らないかのように振る舞っている。
「また失敗したのか!このポンコツが!」
「すいません!すぐに焼き直しますんで!」
「……」
二体のロボットのやり取りを見ながら、少女はしばし、考えてから、その場を去ろうとする。
このロボット達は壊れているか、一連の動作しか学習出来ないらしい。ならば、まともな会話など成立しないであろう。
そう思い、少女がその場を離れようとした直後であった。
「──待ってくれ」
その場を離れようとした少女に鯛焼きを焼いていたロボットが手を止めて、機械音声だけのマイクがついた機械の顔を少女に向ける。
「あんたが人じゃないのは解っている。解ってはいるが、せめて、俺の最後の仕事を見守っていてくれ」
「あなたは……」
「解っている。俺達みたいな旧式はお役御免なのも……人間が滅んで食べる人間がいないのも……」
「なら、何故、こんな事を続けるんですか?」
「この店の……彼の為だ」
鯛焼きを焼くロボットはそう言って、いまは沈黙している亭主風のロボットに顔を向ける。
「彼のメモリーは当の昔に壊れている。ただ、一つだけ覚えているのが、この店の鯛焼きと言う食べ物の事だけだ。
そして、俺は……俺は思い出せないんだ。鯛焼きと言う食べ物を……思い出せないんだ。かつて、ここで喜んでくれた人々の顔を……」
「……」
「だが、あんたの顔を見た彼の言葉を久々に聞いて、いまなら思い出せる気がするんだ。だから、頼む。俺の最後の鯛焼きを見届けてくれ」
鯛焼き屋のロボットはそう言って先程とは打って変わって手際良く鯛焼きを作ると出来立ての鯛焼きを亭主に渡す。
「……亭主。俺の最後の仕事です……今までお世話に……な……」
最後まで言えずに鯛焼き屋のロボットは機能を停止する。
そんな鯛焼きロボットを黙ってみて、亭主ロボットは少女に焼きたての鯛焼きを差し出す。
「あいつの最後の作品だ。食えなくてもいい。大切にしてくれ」
「え?あなた、壊れているんじゃ?」
「ああ。壊れているとも……ただな。忘れられねえんだよ。この店の味を……相棒の鯛焼きを……人間が滅んだ後も客を待ち続ける苦痛を……そんな長い年月を延々とメモリーに登録していたもんだから、俺のプログラムは当の昔に壊れちまった」
そう言ってから、亭主ロボットは機能を停止した鯛焼きロボットに近付く。
「……最後までご苦労さんだったな、相棒。俺もそちらに……よう!そこのお嬢さん!うちの鯛焼きを買って行きなよ!
おい!客が来たぞ!動け、ポンコツが!
おい!客が来たぞ!動け、ポンコツ!おい!客が来たぞ!動け、ポンコツ!おい!客が──」
出来上がった鯛焼きを踏みつけながら、機能を停止した鯛焼きロボットにプログラムが完全に壊れた亭主ロボットは延々と同じ事を言い続ける。
そんな二体のロボットを見て、いたたまれなくなった少女はその場を去って行くのであった。
メカニカル・デクリネーション 陰猫(改) @shadecat_custom5085
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