ゾンビ学園-鏡を見たらソレが感染する!?-
西羽咲 花月
第1話
飯島西高校2年A組は朝からにぎやかだった。
もうすぐ夏休みにはいる7月中旬。
すでに部活動は休みに入っていて、今日から一週間はテスト期間だ。
「勉強したぁ?」
そんな間延びした声が聞こえてきて藤中千歳が振り向くと、そこには同じクラスのカオリが立っていた。
カオリはクラス内で一番背が小さく、ぽっちゃり体型で話し方はおっとりしている。
近くにいるだけで癒やしてくれる存在だ。
「全然してないよ。昨日一夜漬けしただけ」
千歳は素直に答えて軽く肩をすくめてみせた。
テストのためだけに勉強したって結局自分に身につくことなんてほとんどない。
テストが終われば忘れてしまう。
けれど、みんなこの程度だと思う。
「私も同じだよ。昨日勉強したところが出題されるかどうかも謎」
カオリは絶望的な表情を浮かべて重苦しいため息を吐き出す。
勉強するにはしたけれど、ほとんどわからなかったみたいだ。
そんなカオリを慰めていると倉岡明宏がドアを開けて入ってきた。
「千歳おはよう。カオリも」
挨拶しながら近づいてきて、千歳の手にそっと触れる。
千歳は「おはよう」と、ほほえみ返した。
その様子を見てカオリがまた大きなため息を吐き出す。
「ふたりともいいなぁ。ずっとラブラブで!」
本当に羨ましそうにふたりへ視線を向けているカオリは、今彼氏がいない。
だけど、夏休み前だからとやっきになって彼氏を探している様子でもなかった。
「別に、そんなんじゃないよ」
千歳は照れ隠しに答えて明宏と少し距離を置いた。
「そういえば、今年の夏は面白い映画が上映されるらしいよ」
明宏はふたりへ向けてそう言い、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
画面が見えるように机に置くと、映画情報の動画が流れ始める。
「うわ、ホラー映画?」
しかめっ面をしたカオリが明宏を見てつぶやく。
「夏と言えばホラーだろ? 今回はゾンビものが上映されるんだってさ」
画面の中では肌がただれた死人たちが蘇って蠢き始めている。
ただの作り物だとわかっていても、千歳はそれを最後まで見ることができずに顔をそらした。
「で? これを見に行くつもり?」
「もちろん。千歳も行くだろ?」
その言葉に千歳はしかめっ面をして「冗談よしてよ。私は行かない」と左右に首を振った。
「なんで? 面白そうなのに」
「怖い映画は苦手なの。知ってるくせに」
「苦手でも楽しめると思ったんだけどなぁ」
明宏は残念そうに頭をかいている。
どうやら本気で千歳と一緒にこの映画を見に行くつもりでいたらしい。
「そんなんじゃ千歳に振られちゃうよ?」
カオリが横から脅すようなことを言うと明宏があからさまに焦り始めた。
「え、映画はやめとこうか。夏なんだし、やっぱり海や山に行こうか」
すぐに別の提案をしてくる明宏にカオリと千歳は同時に笑い出した。
「男って本当に単純」
「だよねぇ」
そう言って笑い続けるふたりの間で明宏は1人オロオロと視線を彷徨わせていたのだった。
☆☆☆
その頃、飯島西高校の1階にある空き教室では数人の女子生徒たちが集まってきていた。
彼女たちはオカルト研究会のメンバーで、その活動内容が相応しくないと公式な部活動として認められていなかった。
系5人の女子生徒ばかりで作られたこの研究会は、自分たちの気の向くときに校舎内のどこかに集合してひそかに活動を続けていた。
その活動内容は主に学校や街など、自分たちにとってゆかりのある場所の伝承を調べることだった。
伝承と言ってもそれはほとんどオカルト的な内容のものばかりで、今日はその伝承のひとつを解明するために集まった。
「テストが始まる前に教科書を読み直しておかないと」
「テスト勉強は昨日の内に終わらせるように言ったじゃん。今日は大切な日なんだから」
「だって、時間がなくて……」
空き教室からはそんな声がボソボソと聞こえてくる。
机の上には大きめの手鏡が置かれていて、それはマンバーの1人が昨日慌てて100均一で購入してきたものだった。
鏡の周りにはロウソクを立てているけれど、それも電池式で光るもので、本物ではなかった。
なにもかもが簡素だけれど、彼女たちの表情は真剣だった。
机を中心にしてグルリと囲んで立ち、鏡の中を覗き込む。
そこには見慣れた5人の仲間たちの顔が写っていた。
あとは教室の天井が見えるだけでなにも妙なところはない。
そうして準備が整ったとき、1人の女子生徒が咳払いをして周囲を静かにさせた。
そしておごさかな雰囲気で「それではこれより、久子さんを呼び出す儀式を行います」と告げる。
その物々しい言い方に2人の生徒が笑い出しそうになったが、慌てて両手で口を塞いでどうにかこらえた。
オカルト好きが集まったと言っても、本当にこんな儀式をすることになるとは思っていなかった。
トイレの花子さんやこっくりさんは小学校の頃にすでに経験済みだ。
どれもインチキで、友人の誰かが驚かせるためにトイレに隠れて声を出していたり、指先に力を込めてコインを動かしているだけだった。
今回だってどうせその類のものだ。
久子さんという伝承は高校に入学してから知ったけれど、前のふたつと大した変化はないはずだ。
「笑っちゃダメ。真剣にやって」
儀式を進めようとする生徒がふたりを睨みつける。
「ごめん」
小さく謝って真剣な表情に戻った。
どうせなにも起きないとわかっていても、こういうときは真剣にやらないといけない。
じゃないと面白さも半減してしまう。
「じゃあ、行くよ」
進行役の女子生徒が一度大きく息を吸い込む。
それに合わせて他の4人も息を吸い込み、そして「久子さん、久子さん、おいでください」と、唱え始めた。
5人の声が空き教室に響き渡る。
床に積もったホコリが声の振動で少しだけ舞い上がって、そしてすぐに落ちていく。
同じ呪文のような言葉を3度繰り返したあと、5人は無言になって互いの目を見交わせた。
特になんの変化も見られない教室内。
とても静かで、5人の息遣いだけが聞こえてくる。
薄いカーテンからは夏の日差しが差し込んできていて、徐々に室温も上がってきている。
しばらく待ってみたけれどなにも起きない。
それを確認して1人が大きく息をはいた。
無意識の内に呼吸を止めてしまっていたみたいだ。
緊張感が一気に体から抜け落ちていく。
他の4人もホッとしたように力をぬいて、互いに目配せをして笑い合う。
「ほら、なにも起こらなかった」
「この伝承もただの嘘だったね」
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