第9話 忠告
「
「はい。」
「1つ目は、この世界で食べ物や飲み物を絶対に口にしないでください。」
「え、あ、はい!さっきから全くお腹すかないし変だなぁとは思ってたんですが。」
「そうです。決して死後の世界を受け入れてはいけません。極めて注意してください。」
「わかりました。」
「ここでは腹は減りませんし喉も乾きません。ですが、誘惑は多いと思います。辛抱をお願いします。」
辛抱も何も、ここで暮らすことが最大の辛抱だ、と光は思う。だが、黙って続きを聞くことにする。
「2つ目は、死霊に気をつけて下さい。」
「死霊……?」
「えぇ。通り魔みたいなものです。あなたの魂を奪う存在です。」
「え。」
表情が強張る。生きている魂は価値があるのだろうか。
「あの、魂を奪われてしまったらどうなるんでしょうか。」
「存在が、無かったことになります。」
自分という存在が消える。この世に生まれ無かったことになってしまう。そんなの、聞いてない。
「え、あ。」
「大丈夫、大丈夫です。私共がお守りいたしますから!コレを持っていれば安全安心です。」
そう言われて何かを渡される。
「翡翠の勾玉……のようなモノです。」
「のような?」
「あはは。本当はホンモノの方が効果があるんですが流石に神の宝玉をコピーすることはできませんので。」
「神の、宝玉?」
「話すと長くなるので大雑把に言いますが、死霊を寄せ付けない為の道具です。」
「なるほど……?」
「あくまで、お守りですよ。最近は我々も警戒を強化しているので死霊の数は減って来ています。仮に襲われそうになっても、この勾玉が追い払ってくれます。」
「はい。」
不思議な輝きを放つ緑色の宝石。
これが、光を守ると言うのだろうか。命を預けるにはあまりにも小さく、無機質な物だ。
だが、今は縋るしかない。何であろうと。
「では、今日はこの辺にしましょう。」
『怒涛の1日が終わろうとしている。』
「疲れたなぁ。」
『呟いてみても誰も反応しない。まだ17年の人生だけれど、経験したことのない強烈な孤独を感じる。こうなったら、いっそ寝ちゃおうかな。寝て起きたら、どっちの世界なんだろ。』
『お布団からは、いつもの匂いがした。落ち着く、私の部屋。』
『だめ。泣いたら、だめ。』
『我慢しようとすればするほど涙がとめどなく出てくる。いつも当たり前のように帰ってきていた部屋がたまらなく懐かしく、愛しく感じた。次第に遠のく意識。明日のことは、また……明日考えよう。』
――
「草野ぉ!」
「四之宮さん?」
『四之宮』と呼ばれた男は、草野と同じスーツ姿。彼もまた『審査課』の1人だ。
「風祭光。どんな奴だった?」
「さぁ。」
「は?会ってきたんだろ?」
「会いましたよ。」
「じゃあ教えろよ。」
草野とは対称的に乱暴な言葉を投げかける。スーツも幾分ラフに着こなし、多少の『ヤカラ』感を出す。
「それは、自分の目で確かめてくださいよ。四之宮さん。」
「ちっ…使えねぇ。」
「久々の審査課なんですし、少しは動いてくださいよ。」
「だからめんどくせぇんだよ。審査課だかなんだかしらねぇけど、地上に行って身辺調査って。もうちっと効率いいやり方あんだろ。」
今回四之宮は『人員不足』の影響で駆り出されており、普段は別の課で働いている。
「それが、一番効率が良いんですよ。」
「副島シ長!」
間に割って入る男が1人。いかにも役人という姿の『副島』はこのシ役所のトップ、『シ長』を務める。
「…。」
「結局、身辺調査は近親者に直接聞くのが一番情報を得られます。私が審査課だった頃も、今の四之宮くんと同じように面倒だと思い履歴書を取り寄せて審査を試みましたが…全く役に立ちませんでした。」
「なんで、俺なんすか。」
「それは、君自身が一番わかってるんじゃないかな?」
メガネの奥が鈍く光る。自分の目に狂いは無いと言わんばかりに。
「あ?」
「君はなんだかんだで楽しむでしょう?期待してますよ。」
「へいへい。...ったく、もらったマニュアルもクソの役にもたちゃしねぇ。あーあ。めんどくせぇから帰るわ。」
「すいません、シ長。」
「いえいえ。彼は大変興味深い人物です。」
「えぇ…まぁ、環境整備課の仕事よりは真面目に取り組んでくれるかなと思います。ハハハ…。」
「おや、それは佐竹課長が聞いたら悲しみますねぇ。」
「あ、あぁ申し訳ありません!!!今のは聞かなかったことに。」
「はは、大丈夫ですよ。絶対に…この前のような『過ち』はあってはなりません。本当に、よろしくお願いします。」
急に真剣な眼差しになる。
冷たい視線は何か後悔のような感情を滲ませる。
「わかってます。」
「では、また。」
「さよなら」を言えなかった僕は、君を天国まで追いかけていく。 森零七 @Mori07
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