第2話 旅路

――教室にて

「そいやーさ!ひかりん!」

「どしたん莉奈。」

「アレ、もうすぐじゃない?」

「アレ?」

「そ!健人けんと君のぉ、晴れ舞台!」

元気よく『車谷くるまたに莉奈りな』がひかりに話しかける。


「あぁ……。」

「あれ、なんか浮かない顔だね?」

「……。」

「もしかして、兼末かねすえ君と何かあった!?」

「マジ!?!」

そこに『三田みた若菜わかな』も参戦し、話が一気に盛り上がる。彼女らはそんなスキャンダルが大好物だ。


「そんなんじゃないよ。」

「むむぅ?アヤシイなぁ?」

「はぁ~倦怠期けんたいきですかそうですか~。」

「いや、別に付き合ってるわけじゃないし!」

顔を赤らめながら必死に収束させようとする光。しかし、火に油を注ぐ結果となる。


「ねぇ~え~見に行くっしょ?!」

「それは、どうだろぉなぁ。」

「こりゃ重症だ。話なら聞きまっせ!」

「うんうん!!」

こうなったら少し黙るしかない。黙って、やり過ごす。


「むう。黙秘か。」

「はは。ちょっと囃し立てすぎたね。ごめんー。」

漸く収まってくれた2人。

昨日の今日で、健人の話題は少し気が引けた。


「しっかしすごいよねぇ。健人くん。 宮司の息子ってどんな暮らしなんだろ。」

「意外と大変そうだよ。古くからのしきたり?とか規律とか。いろいろ守らなきゃいけないみたいだし。」

俯きつつも、なんだかんだ健人の話をする光。

健人は宮司の息子で、長男である。本人の意思とは関係なく、跡を継ぐことが生まれた時点で決まっている。


「光は、昔から兼末君と家が近かったんだっけ?」

「そう。健人の家は神社の境内にあってね。そこでよく遊んだのを覚えてる。」

「ひょえ~。」

「兼末君、物語の主人公みたいだね。」

物語の世界だったら、昨日の言葉も嘘にできるのに。

思えば思うほど、リフレインする。


『付き合わない理由が俺なら、もうあんま光と一緒にいないようにするからさ。』


ずっと応援していたい。一緒にいたい。

そう想っていたのに。


――


『シャン……シャン』

鈴の音が鳴り響く。

同時に、厳しい声がこだまする。


「おい健人!調子がズレてる。さっきも言っただろ。」

「はい。……すいません。」

「ボサっとすんな。もう時間がないんだぞ。あと、動きがまだまだ男だ。もっとしなやかに。艶やかに!」

「はい!」

「もう一度!」

夜遅くまでの稽古で、健人は身も心も疲れ切っていた。

やりたくてやっているわけではない。

だが、やり遂げなければならない。そんな重責に押しつぶされそうになる。


『私のこと、嫌いなの…?』


『そんなわけない。そんなわけ…!』


「うわっ!」

『ドカッ』

躓き倒れ込む健人。

汗、叱責、光。もはや集中力は無いに等しい。


「集中しろ!!」

「はぁ…すいません!」

「目に迷いがある。やる気がないなら辞めろ。」

「はぁ……はぁ……。やります。」

だが辞めるわけにはいかない。辞めるわけには。


――


「健人。」

「はい、父さん。」

「嫌になったか?」

父親とはいえ、師匠である。健人へ向ける目は厳しさを増す。


「いえ。」

「お前が、部活動も稽古も両立すると言ったんだぞ。その程度の覚悟で会得できる芸の道では無い。」

「わかってます。」

「どうだかな。神楽は神と人とを繋ぐ。そのことをもう一度考え直せ。」

「はい。」

「また明日。少しの成長も感じられなければ、この役を降りてもらう。」

「はい。ありがとうございます。」

そこには愛も何も無い。

それが、芸事を極めると言うこと。


――稽古終わり。

虫の鳴き声が響き渡り、灯りがほぼ無い境内。健人は孤独に暮れていた。


「……はぁ。」

師匠たる父に怒号を浴びせられる日々。

『なんで俺はこんな家に生まれたんだ。』とさえ考えてしまう。


「くそっ。」

昨日からやる事なすこと全てが裏目に出る。『そんな時もある』と自分に言い聞かせるが、切なさと後悔は拭い去れない。


そこに、足音が近づいて来る。

「や。」

「ん。お、げほっげほっ……!」

「ちょ、大丈夫!?」

「げほっ。あ、あぁ。ごめん、平気。はぁ。」

光だった。

予想外の来客に、飲んでいたお茶を吹き出す。

しばらく光とは話せないと思っていただけに、にわかに体が熱を帯びるのを感じた。


「ぉお、落ち着いて健人。だいじょぶ?」

優しく背中をさする光。


「あぁ。ありがとう。落ち着いた。てか、どうしたんだ光。」

「やー、なんかね。ちょっと気になって。稽古場、ここ最近夜遅くまで明かりついてるからさー。稽古は、終わり?」

「今日んとこはな。毎晩毎晩親父にみっちり絞られてるよ。」

「そっか。健人は、頑張り屋さんだね。」

「まぁ……。まだまだだよ。」

少しだけ救われた気がした。だが、光を傷つけてしまったことは消すことができない。


「ごめん。昨日……あんなこと言って。そのことで頭いっぱいで。今日はもう、稽古どこじゃ無かった。」

後悔を口にした。優しい表情で耳を傾ける光。


「あぁ、あれなぁ。あの時はびっくりしちゃったけど。また会って話せばいつも通り元気になれる気がしてさ。」

健人の目に涙が浮かぶ。


『ごめん。不器用で。』


だが、光には気取られなかった。


「今度は、どんな役なの?」

「女の神様。」

「え?!」

「女形。笑えるだろ。」

「すごい。すごいよ!」

初めての女形。はっきり言って自信はない。

クラスの奴らには、見られたくもない。

だけど。


「お、おう。そうか。」

「絶対に見に行く。だから。」

「最後までやり切る。何があっても。」

「うん。」

だけど、光にだけは見ていて欲しい。

応援していてほしい。


――


三皿さざら稲荷神社。健人やヒカリが住んでる地域の鎮守。毎年6月には例大祭が開かれ、その出し物の一つに奉納神楽ほうのうかぐらがある。健人はその稽古に追われていた。


『健人はすごい。神楽とか、神社のしきたりとか。とっても頑張ってる。』


「させない。」


『俺は、親父の後なんか継ぎたくない。生まれた時から将来が決まってるなんて。そんなことあるかよ……。』


「あんただけ幸せになるなんて。」


『私は、そんなケントをもっとそばで支えていたい。なんて。そう思う。』


「私が許さない。」


――

―――


「あのぉ!」

「はいぃ!」

「隣、いいですか?」

「は、はい、どうぞ。」

「どもー。」

女性はニコッと笑い隣に座る。全身に力が戻り、眩んでいた目がやっと開いた。進行方向に向いた座席がズラッと並ぶ、新幹線のような車内。窓から見える景色も見覚えがなく、地平線まで何もない大地が広がる。


『え、え、誰……?え、ここどこ?健人は!?』

周囲を探すが、どこにも見当たらない。

小気味よくレールの音を響かせながら走る電車。だが、どこに向かっているのか、何故乗っているのか全くもって記憶に無い。


『あそっか。夢かぁ。』

夢なら納得できる。

そうだ。

そうに違いない。


「お姉さん、学生さん?」

「あ、はい。え、なんで?」

「だって、それガッコの制服でしょ。」

「あぁ。あぁー。」

急に話しかけられ、ドキッとする。

リアルに聞こえる声に少し違和感を覚えながらも会話を続ける。


「はは、夢だからもっと服装もはっちゃければいいのに変ですよね。」

「夢……?ふぅん。夢ねぇ。」

「ぅ……。う……すいません。ちょ、ちょっとトイレいってきます!!」

突然吐き気に襲われた。乗り物酔いだろうか。

そして、お腹の辺りがズキズキと痛む。


「ゲホッ……ゲホッ……。」


『なんなの?急に気分が。夢なのに、リアルすぎる。えぇ……起きたら枕汚れてないといいな。』


「ひっ……。」

「大丈夫かい?」

隣に座っていた女性が、背中を摩り、楽になるよう介抱をしてくれた。だが、気分が悪いはずなのに何も出てこない。気持ち悪さだけが波のように押し寄せ、引いていく。


「あ、ありがとう、ございます。」

「なんか顔色悪そうだったから。心配で来ちゃったよ。」


『お姉さんやさしいなぁ。あと……とってもいい香りがする。』


「ずびばぜん。」

「まぁ、無理もないよね。」

「ちょっと落ち着いてきました。戻ります。」

「ん。」


『どのくらい時間が経ったんだろう。夢から醒める気配はこれっぽっちもないまま、ほぼ変わらない風景の中をひたすら走り抜ける。』


―――

――

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