異世界彷徨・3

 セレストでの通貨を手に入れたとなれば、ようやく腹ごしらえだ。

 大通りに軒を連ねる店を眺めながら歩いていくと、今度はいかにもな酒場が目に入った。高校生くらいの年頃のものが入っていいのかと少し考えたが、出入りしている客の中には自分と同じくらいか少し若く見えるくらいの者もいる。武器らしきものを携え、それらしい防具や装束などの格好をしているところからして冒険者だろうか?

 細かい時刻は分からないが昼時からそこそこ過ぎた後らしく、店の中を覗いてみるとそこまで混んでいる訳でもなさそうだった。

 こういった場所のシステムは分からないので、先に入った人に倣い見よう見真似で席に着き、注文をする。パンとスープと焼いた肉、それにアルコールの入っていない飲み物はというと、なんとリンゴを絞ったジュースがあるという。

 名前だけで元いた世界と同じものなのかは定かではないけれど、試しに頼んでみることにした。


「そういえば、カディスは何を食べるんだ?」


 肩に停まっているオウムサイズのフェニックスに小声で尋ねると、彼は瞬きをひとつして。

『獲物を狩って食すことも、木の実を採取することもあった。まあ、ここしばらくは何も口にしていなかったがな』


 眠りに就いている間は何も食べていなかったのだろう。


「じゃあ、お前も腹が減っているんじゃないか?」

『程々にはな』


 どうしてそんな話題を振ったかというと、他の客のところに運ばれてきた焼いた肉が「本当にこれで一人前なんですか?」というくらいの大きさがあったからだった。悠希は線が細い自覚があり、その分同年代の男子ほどの量は食べられない。

 しかし残すのは勿体ないし罰当たりな気がするという日本人らしい教育の賜物で、なんとか上手いこと消費しきる術を考えていたのだ。

 そこで思い付いた。

 カディスが肉を食べられるのなら、分け合って食べればいいのだと。


 間を置いて卓に届いた料理は、どれも美味しそうだった。

 まずはリンゴジュースを一口飲んでみる。

 悠希も知っているリンゴの甘酸っぱい味が口に広がって、思わず目を瞠ってしまった。そして確かめるようにパンを千切って食べ、スープも口にする。

 パンは硬めだが焼きたてのバゲットのようで美味しいし、スープも野菜がたっぷり入ってミネストローネのような味わいだ。

 この世界の食べ物は地球のものとよく似ているのだと知って、込み上げてくるものがあった。悠希は特に食に拘りがある方ではない。けれど、命を繋いでいくものとして食事は大切なものだというのはなんとなく理解していて、今それを実感したのだ。

 もしここで出された料理や食の体系が自分の慣れ親しんでいたものと大きくかけ離れていたら、きっと慣れるまで大変だっただろう。自分の口に合うものが食べられたことに、悠希は有り難味を感じたのだった。


「こんなものかな」


 焼いた肉は切り分けて、片方をカディスに回す。


『我の方が大きいのではないか?』

「俺はこれくらいで充分だから」

『む……そうか? 人の食事量というものは、よく分からんな』


 そう言いながらも、カディスは自分に割り当てられた量の肉をぺろりと平らげた。どうやら小さくなっていても、本来食べる分の食事は可能なようだ。

 とすると、これだけでは逆に足りないのではという懸念も出て来るけれど。


『どうした、お主も早く食すといい。折角の料理が冷めてしまうぞ』


 自分のことは特に言わずに促してくるカディスに頷いて、悠希は肉を口に入れた。

 メニューには何の肉とは書かれていなかったが、豚肉のような味と食感だ。味付けはバーベキュー風のソースで、これも美味しかった。

 食事に舌鼓を打っていると、どうもちらちらと周囲から視線を向けられているのを感じた。服装はこの辺りの人々と同じようなものにしていたけれど、それでも目立つものがあるのだろう。

 元々悠希の容姿は整っていて、地球にいた頃からこういう目で見られることも珍しくはなかった。どうやら、美醜についての認識も元いた環境と際はなさそうだ。

 自覚はあるし、慣れてもいる。

 それでも若干居心地が悪い気分になってしまうのは、仕方がない。

 地球にいた頃から見た目がよくて得をしたことなんてなかったし、逆に嫌な思いをした方が多いものだから。とはいえ、ただ見られているだけだったら何か被害を被っている訳ではないし、放っておけばいいだけだ。

 直接何かしてくるとかでなければ……。

 多少据わりの悪い思いをしながらも食事を終える。


「これからどうしたらいいだろう」


 問うでもなく、悠希は呟く。


『そうだな……現在の事情がどうなっているかは分からぬが、人の中でも地球の民を保護下に集めている者たちがいるのではないかと思う』


 カディスの答えに、確かにそれはあり得ると悠希も考えた。自分以外に地球人が何人も召喚されていて、それが世界を救う要因になると分かっているのであれば、当然そのように動く組織などもある筈だ。


『過去にはとある貴族が庇護していたようだが、今はどうなっているのか……』


 それがどんな人物か組織かは不明だけれど、手掛かりが何もないよりはいいだろうか。


「その辺りのことを探っていけば、当面どうするべきかの検討が付けられるかも知れないな……」


 手探りではあるが、見えてきた。

 老婆との話の流れや酒場についてから他の席から聞こえる話し声で、この街がノエムという名だということは知った。位置関係的にも、自分を『中央』から来たのかと聞いてきたことからも、ノエムは辺境に近い街なのだろう。

 ならば、『中央』と呼ばれている地域を目指すのがいいだろう。

 大体の指針を決め、今日のところはこの街に宿を取ることにした。カディスだけだったら野外で夜を超すことも出来ただろうけれど、流石に悠希はそういう訳にもいかない。街の外にはモンスターも出るという話だし。

 酒場の女将にいい宿はないかと尋ねると、丁度この店の二階に空いている部屋があるという。

 今夜はそこに泊まることにした。

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