第4話 試練の光と影
朝の光が修道院の薄暗い回廊に差し込むと、空気がいつもよりひんやりと肌を刺した。
石造りの壁に朝の光が当たり、わずかに水滴の残る床に反射する。
セリーヌは寝台の上で背筋を伸ばし、瞳を閉じて祈りを始める。
胸の奥で、アッシュの存在が今日も静かに共鳴していた。
――おい、セリィ。今日も祈るのか。
「ええ、祈りは私の一部だから。」
――ふぅ……理解できねぇな。俺だったらそんな孤独、耐えられねぇ。
セリーヌは微笑みながら、回廊に声を響かせる。
その声は冷たい石の壁に反射して、空気に溶け込む。
朝の光が差し込む角度がいつもと違うせいか、胸の奥がわずかに熱くなる。視界の隅で、空間が微かに震えるような感覚を覚えた。
――汝の心は揺るぎないか。試練は続く。
声の主は神だった。
光は優しくも冷たく、まるでセリーヌの内面を見透かすように巡り、心の奥にある不安も慈悲深く見守られているかのようだった。
「神よ……私は、あなたの御心に従います。」
――ならば、さらなる試練を与えよう。汝の心を見極めるための影を、抱きしめよ。
胸の奥でアッシュの声が鋭く響いた。
――……俺のことかよ。
「ええ、あなたよ。私はあなたを恐れない。」
――……まじでか、理解できねぇな。
その日、修道院では小さな騒動が起きた。
食堂で子供たちが遊んでいるうちに、煮炊きの鍋がひっくり返り、熱いスープが床に零れたのだ。
セリーヌはすぐに駆け寄り、子供たちを安全な場所に導きながら、スープを拭き取った。
――おい、無理すんなよセリィ。火傷するぞ。
「大丈夫、あなたも見ていて。」
――俺は見てるだけだ。助けられるわけじゃねぇ。
セリーヌは微笑み、心の中でアッシュと共に子供たちを守る手を動かす。
小さな事件であっても、祈りは行動に繋がると彼女は知っていた。
行動と祈りは決して切り離せない。
アッシュの存在は、彼女に静かな勇気を与えていた。
昼下がり、修道院の庭で花々に水をやりながら、セリーヌはアッシュに話しかける。
「あなた、今日はどうして黙っているの?」
――別に、俺は静かにしてただけだ。お前が何をしても、驚かねぇし、文句も言わねぇ。
「ふふ、そう。ありがとう。」
アッシュは反応こそ薄いが、その沈黙の中に確かな意思が感じられる。
セリーヌはそれを信頼の証として受け止め、心の中で小さく微笑んだ。
日が暮れる頃、胸の奥の影が徐々に形を帯び始めた。
最初は手のひらに感じる熱のようなものだったが、徐々に瞼の裏に赤い光の点が揺らめき、アッシュの意思を視覚的に感じ取れるほどに変化していく。
――……俺、少しずつ、形になってるのか。
「ええ、でもそれでいいの。あなたがいるから、私は怖くない。」
――……分かんねぇな、俺はお前とは分かり合えねぇ、って思ってたのに。
「分かり合えなくても、共にいることはできるわ。」
アッシュは胸の奥で微かに震え、セリーヌの信念に触れたことで、自分の存在の意味を初めて理解したように思えた。
光と影の間で、二つの意識は少しずつ調和を学び、互いの存在を認め合う小さな感覚が芽生えていく。
夕方、修道院の小さな図書室でセリーヌは聖書を開き、静かに筆記する。
アッシュはその横で、無言のまま漂うようにしていた。
時折、書き進めるペン先を見つめるその瞳に、何か理解しようとする意思が宿っている。
――……お前、結構真面目にやるんだな。
「ええ、あなたも見ていてくれるでしょう?」
――そうだな。少しは楽しいかもな。
夜、修道院の鐘が静かに鳴り響く。
セリーヌは手を胸に当て、今日一日の感謝を祈る。
アッシュの存在は、かつての恐怖を超えて、心の支えとなっていた。
――おい、セリィ。今日は……やるじゃねぇか。
「ふふ、あなたも褒めるのね。」
――いや、別に褒めてねぇ。ただ……俺も少し、楽しかったってだけだ。
「それで十分よ。共にいることが、私にとっての祈りだから。」
光と影は静かに共鳴する。
試練は続くが、セリーヌは恐れない。
アッシュという影を抱きしめ、日常と祈りを紡ぎながら、彼女の信仰は確かに強まっていた。
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