6.ライラックの丘

岬への道は、なだらかな回り道だ。紫色のライラックが、華やかに薫っている。


カッシーが、


「こんな北に?」


と、尋ねてきた。俺はよくわからないが、ケンナールが、


「ああ、『ハシドイグサ』の事ですか。もともとは、北の花ですよ、確か。」


と答えていた。


「岬にソーガスの自宅があったのですか。それで場所を岬に指定してきた訳ですな。」


と、ハバンロが言った。


ライラックに縁取られた向こうに、手を降る影法師が見えた。


白い。


「ああ、こっち、こっちですよ、殿下。足元、気を付けて下さい。」


ルヴァンだった。一人だ。古典的な魔導師風のマントは、薄い明るい黄緑色で、だいたい前と同じ格好になるが、フードは無く、頭は出していた。


赤みと白みの混じった金髪に、明るい色の目をしていた。グレー系だが、最北系にしては、色は濃いめだった。取り立てて目鼻立ちに特徴はなく、後からどんな顔だったか聞いても、「普通」以外に言えない顔だった。唯一、特徴があるのが、妙に形の良い、半円の眉毛だ。


彼は、俺達を見て、ケンナールに、軽く、


「久しぶり、カラロス。」


と挨拶した。彼の返事は期待していないらしく、次には大きなため息をついた、と思うと、


「がっかりしましたよ。殿下、貴方がこういうことをするなんて。」


と、クラマーロ、つまりは車椅子のアロキュスを指し示した。


「それ、偽者でしょう。」


ナドニキが、大声で、


「えっ?!何で?!」


と言ってしまった。気不味い空気が一瞬流れる。


「ああ、やっぱりねえ。まあ、仕方ないとは思いますよ。流石に、あれを野放しにする訳には、行きませんからね。


こっちは構いませんから、さっさと処刑してください。奴はもう、お役ご免ですから。大した情報も渡してないので、どうでも良かったんですが、


『仲間は見捨てられない』


とか、はっちゃけた子達がいましてね。奴が何したか説明はしたんですが。ついでに回収しとくか、ということになったんです。


ああ、はっちゃけはノワードじゃないですよ。まあ、普通の神経なら、当然ですね。彼に、奴を使っていた事がバレた時は、修羅場でしたよ。私も、平気じゃ無いんですがね。


いや、もう、何が苦痛って、仕事で仕方なくとはいえ、あれと接触するのは、それだけできつかったですね。


まあ、ああいう奴に、協調性を説いても仕方ないですが。


それにしてもねえ、その身代わりの人、もし、私が、間髪を入れずに、始末しようとしたら、どうするつもりだったんです。殿下はそういうことはしないタイプだと思ってましたよ。見損ないましたよ。」


立板に水、生きた見本だ。


敵に見損なわれても大した問題ではないが、それは口は出さずに、控えていた。


「それでは、彼等は、ここから帰すが、かまわないな。」


と、グラナドは、アロキュスとナドニキに、船に戻るように言った。二人は、素直に従った。


ルヴァンは、先に立って案内し、石とライラックの道を進む。岬には灯台が見えるが、これは現在は使われていない。岬の先までは行かない、小高くなっている丘に、青い屋根の、真白い家があった。家に近づくにつれて、四角や半円や球形の、白っぽい石碑が並んでいるのが目立ってきた。


「ああ、墓標ですよ。」


とルヴァンが言った。


「島は細かく宗派が別れているもんですから、墓地は教会じゃなくて、公営の墓地に、それぞれの宗派に従って埋葬するんですよ。


でも、今の墓地は、島の外からやって来た連中の墓に占領されてますからね。ノワードが、連中と戦って死んだ人たちは、連中の近くには埋葬したくない、というもんですから。まあ、入りきらないって面もあったんですが。


私はこだわらない方なんですが。」


石は岬の丘に向かうに連れて増えていた。墓石より白い家があり、青い屋根を載せている。


その脇に、ソーガスが立っていた。墓石を見下ろしているようだったが、ルヴァンが声をかけると、こちらを向いた。


ルヴァンが、


「彼の家族の墓ですよ。奥さんと子供。あと、妹さんご夫婦。」


と、素早く言った。


「御両親のお墓だけ、ポルトシラルの砕氷記念館のほうです。生前の取り決めだったらしいですが、記念館の館長は最初は渋ったそうですよ。テスパン伯爵と戦った団体にいたはずですが、亡くなったのはカオスト公爵のせいなんで、公爵に逆らった、という事になると思ったようで。


田舎の官僚は、所詮、小さいんですよ、器が。


まあ、ノワードが騎士なので、なんとか呑んだみたいです。」


記念館はカオスト公爵の出資のようだった。しかし、そういう話を考えると、エクストロス側に従って、王家に逆らう、という心理が、ますますわからない。


近づくまでにルヴァンは語り続けた。ソーガスは、やがて墓から離れ、俺達を迎えるために、こちらを向き、近づいた。表情はない。


「ソーガス…!」


オネストスが、小さく短く叫んだ。カッシーが、オネストスの唇に指を当てて沈黙を促した。だから、彼は後の言葉は飲み込んだのだ。一方、グランスは、静かに控えていた。ライテッタは、オネストスに、


「殿下にお任せしなさい。口を挟むな。」


とだけ言った。


ケンナールもグランス同様、大人しくしていたが、皆より一歩前に出ようとした。オストラフが、


「控えろ。」


と下がらせる。


ソーガスは、無言で一通り一瞥すると、グラナドに、


「これから、転送装置で、『穴』の場所に行きます。」


と、簡潔に言い、自宅(ルヴァンの言葉を借りると)内に案内した。


暖かな地方に多い、中庭のある構造になっていた。ただ、寒い地方の事、南の建築に比べ、庭は狭く、開閉式の屋根が着いていた。今は解放されている。転送装置は、その真ん中にあり、鳥かごのようなデザインになっていた。一見、チューヤ風の東屋に見えた。


「行き先はどこだ。」


とグラナドが問うと、ルヴァンが、


「アルトキャビクから、ちょっと離れた所ですよ。転送装置じゃなくても、普通に行けるんですが、時間の節約と言うことで。」


と陽気に答えた。彼以外は神妙という、おかしな雰囲気である。


装置の転送人数は、一度に十人が最大という事なので、最初にグラナドと俺、ミルファ、ハバンロ、オストラフ、ケンナールが、ソーガスと共に行く。


ファイスとカッシー、シェード、レイーラ、オネストスとライテッタ、グランスは、ルヴァンと共に、次の便だ。


行き先の解らない転送は不安要素しかないが、グラナドには不安の欠片がなく、他の仲間も落ち着いていた。俺は、グラナドに寄り添いつつ、いざとなれば、魔法剣でも水魔法でも、直ぐに対応できるように身構えた。




この時、俺には、ある懸念があった。転送装置を抜け、件の穴に対峙した後、懸念は確証に変わった。




「夜道で、本当に人っ子一人いないなら、むしろ安全。」という、王都の諺を思い出した。




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