第31話 YOU & I VS. THE WORLD④
とにかく今はシェリルのこと、特に新曲がSNSのトレンドになってくれればいい。ただそれだけ。
「……道長、ニヤニヤしすぎ」
「そりゃニヤニヤもするだろ」
「するのはいいんだけど、あまりにもその顔が間抜け過ぎて面白いからやめてくれる?」
「なっ……腹が減ったときのお前のバカでかい腹の虫のほうが面白いっての」
「はあ!? 人間誰しもお腹がすくんだからしょうがないでしょそんなの!」
「にしたってデカすぎだ。食い意地強さと腹の虫のデシベル数は比例するんだな」
「むむむむむ……」
詩羽はなにか言いたげに不愉快そうな顔をするが、言い返してはこなかった。
ここ最近は食べすぎている自覚があるらしい。自室で作業をしているときにデリバリーを頼むときも、俺よりワンサイズ大きいものを選んでいたり、知らず知らず一品多く注文していたりする。
まあ、詩羽の身体は少し細すぎるくらいだから、それでちょうどいいのかもしれないけど。
それを言ってしまうと俺のフードデリバリーアプリから、また好き勝手注文されてしまいそうな気がしたので、言いかけて止めておく。
「まあでも、これがうまくいったらお祝いに美味いメシでも食べに行こうな。芝草さんがジンギスカン食べたいって言ってたし、みんなでたらふく食おう」
「それは魅力的かも」
「だろ? だからいっちょ気合い入れていくぞ」
「うん。じゃあ、先輩たちがライブ前にやってたみたいに円陣組んじゃう?」
「二人しかいないのに? 円陣組むならせめて三人は要るだろ」
ストレンジ・カメレオンの四人はステージに上る前に円陣を組んでいた。
スポーツチームのような気合の入った感じではないが、メンバー同士の存在を確かめ合い、精神的にひとつになるための儀式みたいだった。
詩羽はあれを見てやってみたくなったらしい。
「とは言っても二人で肩組んで円陣なんてやったらどう見ても組体操だろ」
「確かに。体育の授業全然出てない道長がやったら怪我をしちゃうかも」
「バカにしてるよなあ完全に。俺はこう見えてそんなに運動神経はポンコツじゃないからな」
「はいはいわかったわかった。じゃあ肩を組むんじゃなくて、別のことをしようよ」
「例えば?」
俺が具体例の提示を求めると、詩羽は俺の右手を取る。そして取った右手の小指と、自分の小指を絡めてきた。――いわゆる『指切りげんまん』の状態。
「約束をしようよ」
「どんな?」
「ライブが成功して、私たちのこれからがうまくいくようにっていう約束」
「そんなの、俺と約束してどうするんだよ」
「いいじゃん。私と約束してよ道長。このライブ、絶対に成功させるって」
「……わかったよ、絶対成功させる」
「うん。よろしくね」
そうやって、俺たちは二人だけの約束をした。
その約束を果たせるよう、やるしかない。
ステージ上にいるストレンジ・カメレオンのライブは終盤を迎える。
彼らの代表曲『our song』の熱の入ったアウトロが場内に響き渡る。
最後の一音を鳴らしきり、「ありがとうございました」とボーカルの奈良原さんが一言告げた。
ふと、ステージ袖にいた俺はドラムの芝草さんと目があった。
その瞳は静かな闘志で燃えたぎっているようで、「さあ、準備は整ったよ。思いっきり暴れてこい」と言うメッセージが視線だけで伝わるかのよう。
ステージ転換が終わり、いよいよ運命のライブが始まる。
場内に流れていたBGMがフェードアウトし、ひとときの静寂が訪れる。
灯されていた照明がふわっと落とされ、場内は歓声が沸き起こった。
俺は暗闇の中で、詩羽へ視線を送る。暗くてよく見えないが、確かに彼女が頷いたような気がした。
スゥっと息を吸い込む音を、詩羽のガイコツマイクが拾い上げる。
吸い込んだ息を惜しみなく吐き出し、詩羽は歌い始めた。
伴奏もコーラスもなく、詩羽一人の声が場内に響き渡る。
そのメロディは、俺たちのキラーチューン『World is mine』のサビ。
八小節の独唱。それが終わると同時に、俺は手元のMacBookで音源を再生させる。
俺が大事に抱えているテレキャスターの軽く歪んだサウンドで、小気味いいコードワークを鳴らす。
すると、ストロボライトが当てられてステージは一気に華やかになった。
捨て曲なし、もったいぶらずに最初から『World is mine』を投入していく思い切ったセットリスト。
以前ライブを見に来てくれた人もかなり驚いたであろう。
とっておきの曲をとっておかないということは、さらになにか凄いものが控えているのではないかと、期待を煽ることができる。
俺たちが底を見せていない、まだまだ成長しているということを証明するために、『World is mine』がこのライブの頭に来ることは必然だった。
もちろん、最初だけの勢いでこのライブを終わらせる気はない。
シェリルに全然良くないと言われてしまった過去の曲もブラッシュアップしたし、新曲だってもちろんある。
でも、まずは全ての楽曲を最大限に活かすために、この曲を最高の出来で皆に聴かせなければいけない。
だから俺は精一杯詩羽を援護する。
ステージの上でスポットライトを浴びながら心底楽しそうに歌っている詩羽は、そんな俺の気持ちに答えてくれるかのよう。
歌姫。そんな言葉がこの瞬間、世界で一番詩羽に似合っていた。
「――みんなありがとー! グレープフルーツムーンです、今日は最後までよろしくねー!」
曲が終わり、詩羽は観客に向けて笑顔でそう言う。
待っていましたとばかりに盛り上がるオーディエンス。
こんなに多くの人がグレープフルーツムーンのライブを見に来てくれた。その事実だけで、俺は嬉しくてしょうがなかった。
おっと、感傷に浸っている場合ではない。興奮冷めやらぬうちに次の曲へ行かねば。
そう思った瞬間、俺のMacBookからはメッセンジャーアプリのコール音が鳴り響いた。
――来た。この劣勢をひっくり返す、最後にして最大の作戦のキーマン。
「……ちょっとちょっと、ライブ中なんだから着信の通知くらい切りなさいよね」
わざとらしく詩羽が言う。
「悪い悪い、ついうっかりしてたよ」
そう言いつつも、俺はコールを切ろうとはしない。
一見するとトラブルやハプニングのようだが、もちろん俺と詩羽にとっては予定通り。
芝居が下手くそすぎてとんだ茶番劇になっているが、そこは気にしないでおこう。
「えっ? もしかして道長、通話に出る気? ライブ中だよ?」
「確かにライブ中なんだけどな、こいつからかかってきたら出るしかないだろ」
俺はステージ上に用意されたスクリーンにMacBookの画面を投影させた。
表示されたメッセンジャーアプリの通知欄。そこには今俺たちをコールしてきている人の名前が表示されている。
「ほら、こいつからの通話、無視したらめんどくさいだろ?」
「た、確かに……」
俺と詩羽は苦笑いする。その一方で観客席はざわついていた。
なぜならスクリーンには『Sheryl Starkey(シェリル・スターキー)』の文字と、金髪碧眼の少女が自撮りをしている写真のアイコンが表示されていたから。
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