第20話 おやすみ泣き声、さよなら歌姫⑤

 AME主催の企画ライブの日を迎えた。。

 東京にあるキャパシティ八百人ほどのライブハウス。

 売り出し中の新人『地村リクト』、根強い人気のあるインディーズバンド『ストレンジ・カメレオン』、そして俺たち『グレープフルーツムーン』のスリーマンライブ。

 客入りがどうなるのか気になっていたが、ほぼソールドアウトという売れ行きだった。

 俺たちが先陣を切ってステージに立ったときには会場がどよめいた。

 それもそうだ。今までインターネット上でしか活動しておらず、表舞台に立つのが今回初めてなのだ。まさか男女の高校生コンビだとは思うまい。

 ……まあ俺は、年齢で言えば高校を卒業していてもおかしくないんだが。

 詩羽はこのあいだ買ったガイコツマイクを手に歌う。一方の俺は愛用のテレキャスターを肩からかけ、Macbookで音源を操作しながらというライブ。

 ワンステージこなすにはなかなか体力的に大変だったが、なかなかいい経験になった。

 続いて出てきたのは『ストレンジ・カメレオン』という男女二人ずつの四人組ロックバンド。

 インディーズながら配信チャートの上位に君臨することもある実力派で、メジャーデビューしなくてもミュージシャンとしてやっていけるという新しいスタイルを確立したパイオニア的なバンドだ。

 曲、歌声、演奏それぞれ全てに強烈な個性がある。特にボーカル、透明感のあるガラスのようなキラキラした声は、唯一無二のもの。それに加えて計算尽くされたギターアレンジと、力のこもったベース。これだけのキャラクターがいっぺんに音を出したらぶつかってしまいそうな気もするが、不思議と調和が取れていて聴いていると心地がいい。

 この絶妙なバランスを取っているのはおそらくドラム。

 そのプレイングこそ地味だけれども、他の個性豊かなメンバーからは、こいつなら背中を預けてもいいという絶大な信頼感が見えてくる。

 今年で結成十年ということらしいので、そこまでに構築してきた人間関係の深みみたいなものが演奏にも現れているのだろう。あとで挨拶に行こう。

 最後に出てきたのは地村リクト。

 事務所にゴリ押されるだけあってアイドルみたいに顔がいい。聞けば、以前は有名アイドル事務所にいたのだとか。

 まだまだ無名といえば無名だが、すでにファンもついている。その多くはやっぱり若い女性。

 どんな音楽を見せつけて来るのかお手並み拝見と構えていたら、その風貌とは打って変わって彼の曲は硬派だった。

 ガレージロックやパンクロックにルーツを持つような荒々しいビートと、シンプルでタイトなギター、しかしサビにはきちんとオーディエンスの心を掴めるようなキャッチーなメロディが充てられている。

 これは思っていた以上に作り込まれているなと俺は思った。アイドル崩れと侮っているとあっさり食われてしまう。間違いなく実力者だ。


 結果としてライブは大成功。

 お客さんの反応も上々で、ライブ後にはフォロワーやチャンネル登録者数もしっかり増えた。

 初ライブにしては堂々と振る舞えたのは、詩羽がずっとシェリルのライブを研究していたからだと思う。意外とそういうところは勉強熱心だ。

 一夜明けてホテルからチェックアウトしようとすると、ロビーでとある男が待ち構えていた。

 小綺麗な業界人と形容するのにぴったりなその身なり――今回の企画ライブ担当者、田原だった。

「朝早くからすみません、ちょっとお二人にお話がありまして、お時間いただけないかと」

 妙に低姿勢な彼の対応に、俺と詩羽は少し怪しさを覚える。

「大丈夫です、悪い話ではありませんから。とりあえずここではなんなので、弊社まで来ていただけますか」

 そう言われると断りようがないので、俺たちは田原の運転する車に乗せられてAMEの本社ビルへと向かった。

 企画ライブを提案されたときと同じ部屋に案内され、高そうな椅子に座って待たされる。

 しばらくして田原ともう一人彼より職位の高そうな男が現れた。

 すかさずその男は名刺を繰り出す。名は豊畑(とよはた)、肩書は『芸能統括部長』というものだった。

「いやー、昨日のライブ、僭越ながら観させていただいた。本当に素晴らしかった」

「い、いえ、それほどでも……」

 お偉いさんを前にして、詩羽は顔がひきつったままそう言って笑う。

 一方の俺はまだ警戒を解けないままで、むっとしていた。

「詩羽さんの歌唱力、パフォーマンスは一級品だ。こんな人材はなかなか現れない」

「そ、それはどうも、ありがとうございます……」

「それで、我々AMEからのお願いです。ぜひ詩羽さんには、うちからデビューをしていただきたいと思っています」

「わ、私がデビューですか……?」

「はい、君のような華のある歌い手は、いつの時代もシーンの最前線にいるものです。うちで君の活動を全力でサポートさせていただきたい。そう思って今日はお願いに来たわけです」

 その一言を聞いて俺は全てを悟った。

 彼らの本当の目的は、詩羽をAMEへ引き入れること。

 おそらくこの企画ライブも、本当は詩羽の実力がいかほどのものなのか測るために行ったのだろう。

 地村リクトのアピールとか、コラボで知名度を借りるとか、そんなのは二の次三の次だったのだ。

 そしてこのスカウトにはある重大なポイントが含まれている。

 豊畑のオファーの言葉に何か引っかかりを覚えた詩羽が、核心に迫る質問を切り出した。

「……あの、もちろんグレープフルーツムーンの二人でデビューするってことですよね?」

 どうせその話になるだろうと思って俺は黙っていた。多分、AMEから返ってくる答えは決まっているだろうから。

「――いいえ、このお話はあくまで詩羽さんのソロデビューということで考えています」

 冷徹に、誤解を生まないようにストレートな言葉で、豊畑はそう言う。

 そうだろうなと思った。

 俺が詩羽を見つけ出したときと同じ、ヘタをしたらそれ以上の感覚を彼らは感じている。

 詩羽は天才だ。だからこそ、大手芸能事務所なら手を挙げないわけがない。

 いつかこんなふうに詩羽が引き抜かれるときが来るのだろうなとは思っていた。

 でも、想像していたよりずっと早かった。

 それは間違いなく、詩羽の実力が飛躍的に向上しているからだろう。

 ちゃんとした環境で歌やパフォーマンスについて鍛錬を積めば、彼女は今よりもっと伸びる。

 だから芸能事務所は囲い込もうとする。詩羽が生み出すであろう収益は、いまのグレープフルーツムーンとは桁違いの莫大なものになるから。

「ソロ……ですか?」

「ええ。……まあ、作曲担当のローレルさん――月岡さんには大変申し上げにくいのですが、やはり詩羽さんのポテンシャルは群を抜いているということで」

「そんな! 道長だってすごいのに、どうしてユニットじゃダメなんですか! 彼の曲はどれをとってもクオリティが高くて、それに常に私の歌のことを考えて――」

「詩羽、やめとけ」

 豊畑をまくしたてる詩羽を俺は止めた。

 ここで騒いだところで何も変わらない。

「まあ、ここで決断をしろとは言いません。折り合いをつける時間も必要でしょうからね。なので来月、改めてそちらに伺います。お返事はその時にでも」

 そう言って豊畑は席を立つ。

 残された俺たちは、田原の運転する車で空港まで送られた。

 その間、詩羽とは一言も交わせなかった。

 どうやら俺は、ここでおしまいらしい。


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