第13話 グレープフルーツムーン①
病室で親父と散々喧嘩をした。
あれほど絶対に実家に帰れと言っていたくせに、喧嘩の翌日には条件付きで札幌に残ってもいいと手のひらを返してきた。
提示された条件はたった二つ。
一、今度倒れたら実家に帰れ。
二、一人で音楽活動をするな。
俺が札幌で孤独死するのだけは見たくないらしい。
認めたいのか反対したいのか曖昧だ。親の気持ちはよくわからない。
いつか自分が親になったらわかるのだろうか。多分そんな瞬間は訪れないのだろうけど。
※※※
退院してすぐ、俺の部屋を詩羽が訪ねてきた。
歌ってみた動画は無事に伸びてくれたようで、念願の収益化ラインにも乗ったらしい。
お礼なんていらないと言ったのだけれども、なぜか詩羽は菓子折りを持参してきた。
それは、俺の好物であるベイクドチーズタルト。札幌駅の地下にあるお菓子屋さんで売っている人気商品。
詩羽はどこで俺の好物がチーズタルトであるという情報を手に入れたのだろう。
内海先生が吹き込んだのか? ……まあ、どうでもいいか。
「……んで? 用ってそれだけか? チーズタルトを持ってくるためだけにお前がやってくるとは思えないんだが」
「めっちゃ失礼。せっかくお礼兼快気祝いで持ってきたのにその言い草は無いでしょ。……まあ、確かに用事はあるんだけど」
「なんだそれ。いいから早く要件を言えよ。お前になんか事案を抱えられているとソワソワする」
「むぅ……そのチーズタルト、半分私が持って帰ってもいいんだよ?」
笑っているようで全然笑っていない詩羽がそう言うので、俺は素直にすまないと発言を取り下げる。
せっかく貰ったチーズタルトが半分になってしまうのは俺にとって死活問題だ。
「動画が伸びた理由、知りたいなって思った」
「なんだそんなことか」
「私にとっては『そんなことか』じゃないもん」
「まあ、あくまで推察の域を出ないわけだが話してやるよ。まずそれには、『これまでUtahaが伸びなかった理由』を説明しないとだな」
俺は自室のPCでブラウザを立ち上げ、Utahaの昔の歌ってみた動画を開いた。
スマホで録ったであろう雑な録音、見栄えの悪い適当な文字だけのサムネ、全く惹きつけられないタイトル。
ざっと挙げるだけでも伸びなかった理由はたくさんあるのだが、それはあくまで外面の問題。
Utaha自体の声質、歌唱力はずば抜けている。だから何かきっかけさえあれば伸びていたはずなのに、それでも伸びなかった。
それはなぜか。
「お前が伸びなかった最大の理由は、『アイドルソングを歌っていた』からだよ」
「どうして? 人気の曲を歌ったほうがみんな聴いてくれそうな気もするけど」
「その観点は間違ってない。でも、アイドルソングではUtahaの良さが活きない」
「私の良さ……?」
詩羽は首を傾げる。まるで他人事のよう。
……こいつまさか、自分の能力に自覚がないのか?
「言わずもがなUtahaはその声質と歌唱力が武器だ。しかしアイドルソングっていうのは、そこに重きを置いていない」
「それって、アイドルは歌よりもダンスとか重要だからってこと?」
「概ね正解。ステージ映えするのが何よりも重要視されるアイドルにとって、楽曲はダンスやビジュアルを強調させるためのものという役割が強い。たまに例外もいるが、歌が二の次三の次になるのはよくあることだ。複数人で合唱のように歌うことを想定して楽曲を作っているし、そもそもファンは歌唱力を楽しみにしていない」
「なるほどなるほど……。だから私がローレルPの曲を歌い始めたら伸びたってことなのね」
「まあ? 俺が血の滲むような試行錯誤を繰り返して、いかにボーカルを引き立たせる楽曲作りをしているのかお前に徹底的に説明してやりたい気持ちもあるが……今日のところはチーズタルトに免じて許してやろう」
俺はカットされたチーズタルトを一ピースだけ手に取り、それにかじりつく。
甘すぎず酸っぱすぎない絶妙なチーズと、香ばしいバターの香り、タルト生地のしっとりした食感が癖になる。
栄養バランスを気にせず食事を摂ってもいいのならば、三食これでいい。
「……でも、正直ここまでうまくいくとは思わなかったよ。SNSとかで拡散できるように色々工夫はしてみたけど、それだけじゃこうはならないからな。そこはやっぱりお前の実力だと思う」
「へへっ、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
詩羽は上目遣いで俺を見る。もともと顔がいいのもあって、結構破壊力が高い。
思わず魅入ってしまいそうなところをギリギリで思いとどまって、いつもの自分を取り戻す。
「……バーカ、俺が『褒める』っていうのはそんなに安くないんだよ。調子に乗るな」
「ふーん……やっぱりチーズタルト、私が半分持って帰ろうかな」
ジト目になる詩羽。俺は絶対にチーズタルトは渡さないぞという姿勢は見せる。
しかし、さすがに客人を全くもてなさないのはどうかと思うので、俺は一ピース分のチーズタルトをカットして詩羽に差し出す。
なぜか先日母親が置いていった高そうなフルーツティーもあったので、それも淹れて出すことにした。まるで詩羽が来るのをわかっていたかのようで気味が悪いが、気にしないでおこう。
「そうそう、もう一つお願いがあるんだよね」
「まだあるのか? チーズタルトはもうやらないからな」
「違う違う。そうじゃなくて、ローレルPの曲、もっと歌わせてくれないかなって。なんなら、ユニットとか組んじゃう? 私がボーカルで、作曲その他諸々道長みたいな?」
「俺に付随する業務量が多いな! ……しかし、その提案は悪くはない」
「でしょでしょ? じゃあ決まりだね」
随分あっさりとそんな重要な事が決まってしまった。
それもそのはずだ。詩羽のそのお願いというやつは、俺にとっても願ったり叶ったりなものだから。
「……でもいいのか? 俺はいい曲を書いているという自負があるが、俺以外にもかっこいい曲を作るやつはこの世界にたくさんいる」
やっとのことで詩羽というボーカルを見つけて五曲ほど歌ってもらったわけだが、それで思った以上に彼女のチャンネルの登録者数は伸びてしまった。
だから今の詩羽には他の人が作った曲を歌うとか、どこか別の場所でバンドを組んだりとか、可能性としていろいろな選択肢を取ることができるはずなのだ。
それゆえ俺は、一人で音楽活動をするなとは親に言われたものの、詩羽に自分の曲だけを歌わせるような無理強いをすべきではないと自制していたわけである。
「わかってないなあ、道長は」
詩羽は屈託のない笑顔を浮かべる。
その太陽みたいな表情を見て、俺は彼女が次に何と言うか想像がついてしまった。
そして予想通りのセリフを恥ずかしげもなく、詩羽は俺に言う。
「見つけるの大変だったんだよ? 道長みたいな曲を書いてくれる人を探すの」
「……バーカ、この間の俺のセリフそのまんまじゃねえか」
「へへっ、そのほうがインパクトあるかなって」
「そういう知恵はステージ演出を考えるときに使えっての」
「確かに。じゃあ、次はそうする」
そう言って詩羽はチーズタルトを口に運ぶ。
こうして、俺と詩羽はユニットを組んで音楽活動を進めていくことになった。
勢いで決めたそのユニット名は『グレープフルーツムーン』
たまたま詩羽が飲んでいたフルーツティーのパッケージにグレープフルーツが描かれていたことと、俺の苗字である『月岡』からインスパイアされたものだ。
たまたま好きなバンドの曲にそういうタイトルの曲があったおかげで、思いついてから採用されるまでは光のような早さだった。そして俺は案外気に入っている。
ユニットの名前が決まるやいなや、その日からすぐにレコーディングを再開した。
まだUtahaが歌っていない曲を無理のないスケジュールで録音し、動画に仕上げていく。
詩羽が急かすとばかり思っていたが、思ったほど焦っていなくて助かった。
一度過労で入院してしまった前科もあるので、そのへんのことも彼女なりに慮ってくれたのだろう。
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