第3話 空虚への恐怖~Horror vacui

3つの世界大戦を経て神は何を思うのだろうか。

歴史の授業で先生はそう呟いていた。


広島と長崎の悪夢。そして全面核戦争。今も古い核ミサイルだった無数の破片スラッグが宇宙空間を彷徨いながら摂氏数千万度の炎によって出来たクレーターが何個かある地球を嘲笑っている。

かつてアメリカ合衆国とソビエト連邦が対立していた時代、この2つの超大国が戦争したらたちまち核の冬で地球は消滅するとされていた。だが本当に第三次世界大戦Third World Warが起きてみればICBM大陸間弾道弾SLBM潜水艦発射型弾道弾は数々の迎撃手段と環境再生手段が用いられ地球環境どころか両国を壊すことが出来なかったのだ。冷戦Cold Warからの規範は根底から覆される。政治家や外交官の活躍によって超大国が睨み合う日常を取り戻したが広島と長崎で築かれた『核兵器神話』___そう、『核による平和パクス・ヌクレリス』なぞ完全に崩れることになった。

NPTから消えていく国々、そんな国から漏れた汚い爆弾イエローケーキが武器商人を通じて中東や東南アジア、アフリカを妖怪のように彷徨う。

考える頭がある独裁者はそんな兵器をあまり使わないがクメール・ルージュのように虐殺が目的化したような国や地域では今でも使われている。

そして反対勢力を支援する西側諸国や東側諸国、地域大国が空爆といったお返しをする。

だが、ここまでの時代は曲がりなりにも規範があった。冷戦が終結し資本主義が時代によって選ばれた。

雪解けで湧きたつのも束の間だった。

ニューヨークにそびえ立つ2つのモノリスワールドトレードセンターにボーイング767型2機が世界に宣言するかのように追突した。


それは新たな時代21世紀への幕開けだった。

愛国者達Patriotsは『テロとの戦い』を星条旗に誓った。

中東で、アジアで、アフリカでホッブズが言う万人による万人のための闘争が起こった。

愛国者達はそれへの回答として中央軍USCENTCOMを増派させた。

世界中いついかなる時であっても戦場となり、殺戮の地キリングフィールドが量産されていった。


その戦場では必ずしも軍服や階級章を必要とせず、闘争心のみに忠実に動く。

その戦場では罪が無いと思い込んでる人々に神々に仕える信者がオツゲに従い、出来る限り安価に、そして多くの鉄槌を下す。

その戦場では高価な兵器が人道的に人を殺していく。

その戦場では命に価値はなく容易に捨てさせる消耗品だ。

その戦場では肉親を殺した男達に従う子供がAKの冷たくて重いトリガーを敵に向けて引く。


そんな悲劇が蔓延する時代。

人々は、かつて300人以上のプロテスタントを殺害したイングランド女王メアリー1世の二つ名『血まみれBloodyメアリーMary』を捩った言葉、『血まみれBloody世紀Century』と自らが生きる時代を自虐した。


そんな時代に抗い始めたのが枢軸だとされる。

だがそんなの表向きで実際は彼らとて戦争という舞台の役者Actorに過ぎない。

仮に先進諸国がスーパーヒーローを生み出しているとするなら枢軸はヴィランを生み出しているだろう。

彼らは発展途上国に死神を降ろさせた先進国らが言う『ならず者国家』『テロリスト』を吸収し、無統制Uncontrolに行われていた聖戦を世界的に統制させ計画的に効率よく先進国が作り出した世界と戦った。

10年ほど前までは枢軸は本当に束ねるだけだったがそれは過去のこと。今では兵器開発すらも行っている。

一部では先進国に支えられてる勢力が物量だけでなく技術的にも劣勢に立たされていることが起きたりするのが現状だ。


やがて時の大統領ジョージ・W・ブッシュが降りてから4〜5代は経った合衆国はこの時代Bloody Centuryを生み出した老人が消えて協調の道が開かれた。

枢軸との対立が消えてもしばらくは戦場の臭いが世界を取り巻くだろう。

だが、世界を変える歩みにおいては大きな最初の一歩となるだろう。


そう思われていたのだ___


*****

離陸してから数分後_____

2032年7月5日 04:25時 ヨハネスブルグ上空


急上昇から最高飛行高度に到達し、SCSやACSを起動した状態の巡航速度でプレトリアの空軍基地を目指す。

明るい機内は換気されないため数分前の空気に生物が出す特有の蒸気が染み込んでいる。

機内の左右にある席、その中でもカーゴランプが隣にある一番後方の右側の席に自分は足を前に伸ばし、背もたれに深くかけて座った。

右隣にジェイクが股を大きく開け、背を真っ直ぐにして座っていた。

彼はセフティがかかっている銃を股の間でストックを床に置いてバレルを両手で持って支えていた。まるで歴戦の戦士かのような風に見えた。だが、自分と同じ23歳の若者だ。

かけていた暗視装置を外してヘルメットの上にあげている彼を見て自分も暗視装置を外した。

ベネリショットガンはどうした」

「ここ」

そう言って自分は左の席がなく、この機体の様々な機器やエンジンと繋がっているであろうパイプやケーブルによって生まれたガンラックのような隙間に立てかけているショットガンを左手の親指で指した。

「大丈夫か、倒れて暴発とか嫌だぞ」

「そんなヘマはしないさ。薬室からスラッグは出したし一応セフティもかけた」

「当然か」


しばしの沈黙が入る。

ジェイクはボディアーマーの裏に隠れていた戦闘服の胸ポケットから銀紙に包まれたチューインガムを取り出す。

「父親と話したらどうだ」

突然言われた。

「なぜ」

「会うのが久しぶりなんだろ、行く前にウォータールーフ空軍基地で言っていた」

「どうせまた会える」

「俺もそう思ってたよ。だが、喧嘩別れしたままノーザンブリッジ北国の橋作戦行っちまった親父はアーリントンの土になっちまった」

彼は右手だけで銀紙を器用に外し、中に入っていた赤と青のインクが混ざったような色のチューインガムを口の中に放り込んだ。


ノーザンブリッジ作戦、7年前にアフガンでタリバン政権と戦う虫の息の北部同盟に支援物資を届ける作戦だった。

その作戦は当初は上手く行っていたが対空ミサイルによってC-17輸送機が墜落、その救出部隊にも多くの死傷者を出すことになった。

その後、米軍は報復作戦や支援作戦をすぐに実行したことにより北部同盟は息を一時だけ吹き返すことは出来たが、久しぶりに大量の戦死者を出したこの作戦はアメリカをアフガニスタン情勢から引かせるには十分の衝撃を世論に与えた。

ジェイクの父親は、その堕ちたC-17輸送機搭乗員の救出だったが追撃してきたタリバンによって帰らぬ人、正確には帰る場所がフロリダからアーリントンになった。

そんなことを前に酒の席でお前は言っていたな。


「お前の父さん、こういうことになるぐらいには危険な事やってんだ。一応会話ぐらいしたらどうだ」

「電話とかは定期的にしてる」

「大切な人ほど当たり前に会えるような気がしてずっと時が経ってしまい、やがて二度と会えなくなる。

火星にいる奴とテレビ電話出来るようになっても人は人と定期的に会わないと生きていけないんだ。仮想を介すのと現実を会うのとでは雲底の違いがあるのさ。だから、会って話してこい」

ガムをクチャクチャと噛みながら、優しく語りかけるように彼は言う。

卑怯だ。そんな事を言われたら話すしかないじゃないか。

「そうだな、自分自身もこんなこと人殺しやってるからな」

「親不孝者同士だな」

「そうだな相棒」

ガムを噛んでいる彼とファーストバンプグータッチをして自分は立ち上がる。

「ジェイク、ありがとな」

自分はそう言って父の所へ向かった。

たしかに父と話す機会はあまりない。

父は僕と同じ仕事中毒ワーカーホリックだ。きっと少し休めばすぐに不死鳥の如く国連軍に戻って司令官職やりながら枢軸との和平のために尽力するだろう。

また次会えるか分からないし、丁度良い機会である。


機内の床は座ることすら出来ないほどヘトヘトになった怪我人や袋に包まれた遺体で溢れていた。座っている者でも自分達特殊部隊以外の人質だった人々は酷く疲れており基地に着いたらすぐに病院で治療しなければならないだろう。

自分はそれを綺麗に避けて父の方に向かう。

父は左側一番奥の席に座っていた。彼だけは疲れを感じさせていない。

「父さん」

自分は日本語で父を呼ぶ。

「半蔵、あいにく席は無いぞ」

こんな冗談が言えるぐらいにはやはり元気だった。

「ゴキブリみたいに元気そうで良かったよ」

父は「はっはっはっ」と周りに迷惑をかけない程度に抑えながら笑う。

「どうだったかな、今回の任務は」

「変な質問だな。普通の親なら『お前は大丈夫か』とか言うだろうに」

「私とて軍人だ。何なら軍曹風情のお前よりも圧倒的に階級が上、言わば神様だよ」

死にかけた神様か、と自分は呆れた。

北欧神話のラグナロクよりはマシか。

「それでどうだった」

「スムーズに行ったよ、ミスと言えるのはバックショットを一発外したことだ。でもジェイクが代わりに殺ってくれた」

「あぁ、あのアメリカ人かね。お前とは随分仲良かったな」

「酒豪らしくてね、自分以外に張り合える奴がいないんだとさ」

「良い友人を持ったな」

父は嬉しそうに言う。

「まぁな」

「だが、私はそんなことを聞いてるわけじゃない」

意味が分からない。

「そんな話はデブリーフィングで然るべき上官に話せ。」

そこでやっと父は自分がこの作戦で感じたこと、感じたことを話して欲しいってことを自分は理解した。

「お前の『空虚』という悩みが分からないとでも思ったか」

少しまぶたの筋肉に力が入り、視界がほんの少し縦に広がった。恐らく自分はギョッとは言わなくても驚いてるような目をしているのだろう。

「意外と見てるんだな」

これでも一応親だからな~と言いながら父は続ける。

「お前が大学を蹴って陸軍に行くと言った時のまるで面接のテンプレートみたいな理由を聞いた時に思ったのさ。お前は『御国のために~』だの言ってる愛国者じゃないのは分かり切ってる。だが、お前は昔からどんな物でも質問されたら正直に答えていた。秘蔵のアダルトビデオを見つけて慌てふためくお前に何を持ってるか質問して恥ずかしながらもタイトル名全部言ったのは私とて恥ずかしい思い出だ」


さらっと自分自身にとっても黒歴史であることをこの男は言い切った。周りにほとんど日本人がいないとはいえここにいるのは語学に長けた者が多くいるし一緒に来た外務省の役人だっているかもしれないこの状況でだ。幸いにも他の日本人はもう1機の輸送機に乗ったのかいなかったが。

しかし、父はいつもの陽気で気さくな雰囲気ではなく真面目な顔で言った。口調は優しい気持ちで言っているがそれは真面目で、自分と真摯に向き合って話す物だった。


ここで父は今までよりも少し強く一息吸って話の続きを話した。

「それに、お前から意外と自信というか強そうな意思を感じた。だから軍人になりたいという意思だけはあった。お前はあの時、本当にあの時はそんな物Fakeが自身が軍人になりたい理由Realだと信じ切っていたのだろう。自分に対する洗脳、自己暗示Self-Suggestionだろうな。クーエは自発的な暗示と無意識下での暗示、この二つの自己暗示Self-Suggestionがあると言った。お前は後者だな」


父に言った軍人になる理由。

自分はその時に言っていた理由を完全に忘却の彼方へと忘れていた。

だが、父が言う通り中身が無い空虚な物であった。少なくとも言われて閃光のようにフラッシュバックした記憶ではそれが記録されていた。

『国のために軍人になって戦いたい』

何もかも、中身が全くをもって無い。

まさにカラだった。

いや、仕事を持った理由・生きる意味が無い空虚に悩み続ける自分が言われなければ思い出すことすら出来なかった記憶アーカイブにあった中身が無い言葉。


人の言葉には必ずその日その時の感情や背景が紐づけされている。

この世に溢れる電子媒体デジタルから物的媒体アナログに綴られる言葉にだって感情や背景が込められている。

人は生物、哺乳類の動物という存在であるため、その鳴き声には感情がある。

古代メソポタミアのシュメール人が言語を発明したことにより、人類は鳴き声に8つの基本感情に16の強弱派生、そして24の応用感情の計48ある感情以外の情報___考えたこと、思ったこと___を群れの中で共有するだけでなく、後世へと遺すことが可能となった。

この偉大な発明により言葉が動物の鳴き声と異なる物になったと考える者もいるだろうが、言葉は感情表現に背景情報を足して更に複雑に表現するに過ぎず、獣の鳴き声の延長線上にあるだけだ。

人は「好き」という二文字しかないはずの感情に無限に言葉を生み出すことが出来る時点で、吠えるしかない獣の求愛行動と大差無いだろう。

少なくとも自分はそう思う。

そして特にこのような場面で発する言葉には背景情報や個人感情が必ずあるはずだった。

だが、それには

空虚を通り越して虚空と言っても良いだろう。


「きっと理由を探る工程プロセスを飛ばした、もしくはロクにやらずに『軍人になる』という意思だけで進んだんだろうな」

工程プロセス

キョトンとした感じに自分は発した。

「そう、工程プロセス。人は選択肢の中から選ぶとき、無意識的だったとしても理由はある」


why done it何故行ったのか

推理小説好きの者なら知っているであろう言葉だ。

犯行には必ず動機が存在する。

こういった人生の選択にも殺人事件のような動機が存在すると言いたいのだろう。


会話の途中なのに私はそんなことを考えていた。

話を続ける。

「無意識的な選択の場合、『なぜその選択をしたのか』という理由を探る工程プロセスがある。まあ、これが意外と難しかったりするがね。レストランでステーキを選んだ理由だって突き詰めていけば幼い頃に染みついていた味の記憶や生物が持つ本能という所まで行ってしまうしな。だからわざわざ雑巾を絞るように頭から色々捻りだしてそんなものを知ろうとすることは日常的にしない。そして、それが必要な時にも工程プロセス通りに出来ない奴だっている。」


たしかに自分は軍人を決めた時は不思議と不安も何も無い感じだった。

「それで、今回の実戦でお前はMARSOCマリーンレイダースに急遽入って私と他数十名の要人を救った。きっとお前は『空虚』に思える物の中から一筋の光を探す旅になると思ったのだろう。_______いや、違うな。全ての悩みを忘れさせるほどの酒になると思ったに違いない。結果はどうだったかな」


自分は沈黙した。

この男は自分が空虚だと思ってる中にも存在する物があると長々と言っていた後に来て、自分がこの任務に向かうと決めた時の意気込みを見抜いている。

これで今まで言っていたことが全て説教ということになった。

少しだけあった酔いは完全に失せた。意外と酔いというのはすぐに終わる。永遠の酔いなど存在しないのだ。それを理解出来ていなかった。

恐らくそういうことも見抜いていたから父は説教をしたのだろう。


『どうだったか』

結局のところ、自分は任務を忠実に果たしただけに過ぎなかった。それはまるで機械のように。

あのリコリス頭になった少年の死骸が頭に付く。

殺したリコリス頭の少年に一瞬のグチャグチャな感情が現れたが今同じ状況になったとしても躊躇いなく自分はバックショット弾を子供の小さな頭を狙って引き金を引くことが出来るだろう。

顔が消えて頭蓋骨が肉血のシチューが入った皿になった男の身体。腹を剔ったライフル弾によって腸が露出し、よろけた所で目を潰されて絶命した骸も同様にちょっとした感情が出てきてもすぐに消える。

児童殺害という人間性を捨て去った行為を躊躇いなく行うことが出来る。それが空虚な自分に出来る行動。

いや、自分は酔っていたのだ。機械と言ったが機械のように無感情に銃爪ひきがねを引いたわけではなかった。

視界は常に薄暗く、人間の汗や吐息、血が漂う機内だが少しずつ自分の内側にある闇が自分の周りを支配するかのように覆いかぶさる。

自分は酔うということに対して甘く考えていた。

父や要人を救って英雄になり弟に自慢して酔うことが正しいわけがない。

そして、その真実はあのリコリス頭を増やすことが酔いをさらに増させるのだ。

自分は快楽殺人鬼シリアルキラーと差し支えないんだろうな。

そんな黒部半蔵は人間としても、機械としても不出来でいびつだ。

だが、闇は自分を完全に覆うことはない。視界があるということは前があるということだ。

闇を打消さなくても現実は自分を無理矢理留まり続けさせる。


しかし、軍に入って以降も自分は探し続けた、つまり遅いとはいえ工程プロセスを行ったつもりだが無かったとしか言いようがない。

どれだけ頭を振り絞っても不思議と何も出てこない。

だが、軍にいることに何も違和感が無い。

なんとも不気味だ。気持ち悪い。

本当に遺伝子は黒部半蔵を軍人と規定しているのかもしれない。


人に風穴を開けるために造られた銃と、遺伝子によって軍人になることが定められた黒部半蔵はそう変わらない同義な存在。


自分の頭を打ち付けるような結論。



「…酔いはあったけど醒めた。それで自分が何で軍人になったのかも分からなかった」

「収穫無しか」

「期待してないでしょ」

「ああ」

会話に一区切りが付く。

でも自分は次の言葉を発した。

「自分はこれでも軍人になってもその工程プロセスを続けたつもりだ。

でも未だに見つかっていない」

「探し方が駄目なんだろう」

そう言う父を遮って更に言う。


「自分は遺伝子によって規定されているのか」


呻き声の中での沈黙、それから__

「…自閉症患者は親の教育方法よりも遺伝的な要因の方が大きい。戦争がどんなに悲劇的だったとしても闘争が今世紀まで続けられているのは遺伝子に残っている闘争の因子が刻まれているからだ」

父は深い溜息をつく。まるで悲壮感の権化となって。

「だが、それでも人間は遺伝子に規定されていたとしても空とはならないはずだ。

人間の構成要素に『闘争』があっても人全てに発現しないように、そしてお前が自らを『自分』と名乗るように」

「自分は…『自分』が分からないから、常に『自分』を想い続けるために『自分』と言っているんだ」

一人称を『自分』と言い出したのは軍に入ってからだ。

『私』や『僕』は空である自分には何か違うと思ったから、この言葉を発している人はきっと自ら選択した人だ。

だが自分は未だに「自分探し」という暗闇を彷徨っている。

それに気付いた時、一人称ボクを捨てた。

そして自分という自己を表す一人称で自分を探していることを忘れないために自分と名乗った。決して遺伝ではないはずだ。


「どうだか、我々は3~4代ぐらい続く軍人家系だ。お前が生まれた時、私はまだ少尉で大尉殿からドヤされる下っ端だった。そん時は公私共に『自分』って言うようになっていたよ。それが遺伝ではないと何故断言できる。人の趣味趣向ですら遺伝性があるにも関わらず」

強くは否定できなかった。

人はあらゆる面で一定の遺伝性があるというのにこれだけは遺伝と全く関係が無いのかと言えば否定は出来ない。


父は遺伝子に規定されているとしたが、それだけではない。

「…例え遺伝子によって規定されていても人類はそこに理由創りをする、ってことか」

そういえば自分は今まで聞いていなかったことを質問した。

「そういえば何で父さんは軍人になったんだ」

キョトンとしていた。

「前にそんな話を何回かしなかったか」

自分にはそんな記憶がない。

何か、嫌な、嫌いな、変な、歪な、悍ましい、何かが、深淵から自分を見ている。自分はそれを見つめ返そうとしていた____


機械的な悲鳴、現実世界からの目覚まし時計。

「「「WARRING注意 MISSILEミサイル接近中」」」

女性の妙に落ち着いていて不気味な危険を知らせる音声と共に耳鳴りのように鳴り響く規則的な高周波の警告音が繰り返し操縦席(コックピット)から機内全体に轟かさせていた。

「「「WARRING注意 MISSILEミサイル接近中」」」

機体がガクンと上に傾き、立っていた自分は足が滑りそのまま重力に逆らわぬまま宙を浮かび機体後方にまで飛ばされた。

そして機体はまた傾いて右の方に身体はまた落ちた。

まるでマザーグースの卵ハンプティ・ダンプティのように。

「良し、捕まえたGotcha

ジェイクに背部の防弾ベストを捕まれたことで落ちて落ちて起き上がれない結末は多分回避された。


*****

色々な悲鳴や呻き声が囁かれていたが操縦席コックピットにいる機長と副機長は冷静沈着に絶望していた。

「Savor0-3回避成功!」

CH-47チヌーク大型ヘリと同等以上の機体規模をしているMV-330ヴァルチャーVTOL垂直離着陸輸送機は急上昇からの右旋回という航空祭の展示飛行のような機動を行い、チャフとフレアを撒いてSAMの回避することが出来た。

優秀なアビオニクスの命令から出された警報音は目的を果たし沈黙する。

機長は機体を水平に戻すよう操縦桿を動かした。

そして通信機から仲間の啼泣のような報告が流れる。

≪メーデーメーデーSavor0-4被弾した!機体が制御出来ない!墜落する!ヴァルチャー・ダウン

「クソッ、2万フィート6000mだぞ!?奴らMANPADS携帯式対空ミサイル以外も持ってるなんて聞いてないぞ!」

米軍が丁度60年使い続けているお馴染みのスティンガーミサイルFIM-92等のMANPADS携帯式対空ミサイル目標敵機をシーカーに捕らえて命中することが出来る射高は高度1万3000フィート4000m1万6000フィート5000mであり、古い物は1万フィート3000mほどにまで低くなる。

しかし、彼らの高度は2万フィート6000mを様々なステルス措置を施しながら巡航しており完全に射高圏外であった。

つまり敵にはSHORAD短距離防空クラスの地対空ミサイルを持っていることになる。

MANPADS携帯式対空ミサイルならともかく短SAM短距離地対空ミサイルとなると、大きなミサイルを後ろに積んだ戦闘装甲車両やトラック丸ごとを用意したことになる。

敵を甘く見積もり過ぎたのかもしれない。


操縦席コックピット右側の窓には被弾によりACS光学迷彩システム異常エラーを起こして様々な光を出しながら、夜中でも分かる左エンジンからの火を噴いて黒煙を撒き散らしているSavor0-4というコールサインを持っていた同型の輸送機が急速に揚力を失い機体は大きく左傾いて回転しながら落ちていくのが見えた。

暗視装置も兼ねているHMDヘッドマウントディスプレイバイザーは窓から見切れた後も機外を見せてくれた。完全に機体が大破して墜落するSavor0-4。恐らく乗っていた搭乗員と救出した要人、海兵たちは助からなかっただろう。

≪Warlordより全Savorへ、0-4の生存者を確認出来るか?≫

≪Savor0-1、生存者を確認出来ません≫

≪こちら0-2、ネガティブ、確認出来ません≫

≪Savor0-1からWarlordへ、これより降下して確認します≫

了解したUnderstood。Savor0-3は直ちに空域を離脱し、帰投せよ≫

「了解、最大推力で離脱します」

この機体で最もエネルギーを使い、それでいてエンジンの出力を下げている要因であるACS光学迷彩システムSCSサウンドキャンセラーシステムへの電力供給を切ったことにより二つのエンジンは息を吹き返したかのように咆哮する。


速度が300kn(550km/h)にまで達したその時である。

またも耳を穿つような警報音が響く。しかし今度の警報は前回とは違い低い周波数で鳴り、女性の喋る音声も違った。

「「「LASER LASINGレーザー照射」」」

警告はミサイル警報ではなくレーザーを照射されているという。

落とそうとしている敵はレーザー誘導型のミサイルに切り替えたのか?

スティンガーミサイルなど多くのミサイルでよく使われる赤外線誘導__熱源を捉えて追尾する__はフレアで妨害されたりするのに対してレーザー誘導は古典的ながら目視で捕らえられる限り誘導され続けるという大きな利点がある。しかし、レーザーで追尾する都合上撃ちっ放しFire-and-forgetすることが出来ず、先進国軍では優秀なAIがカメラで目標を見つけてレーザーを照射・誘導し続けるのに対して発展途上国・テロリストの軍隊は未だに人間の手で誘導しているため地上目標はともかく航空機への命中率はお世辞にも良いとは言えなかった。

そして2万フィート6000mはレーザー誘導を行ってもまず間違いなく当たらない。


「「「LASER LASINGレーザー照射」」」


敵が何をしたいのか分からなかった。


「「「LASER LASINGレーザー照射」」」


突如、機体が悲鳴を木霊させる。


*****

席に座り、シートベルトを着用。ミサイルの回避に成功し、最高速度にまで迫る機体。

自分はまだ落ちた時にぶつけた背中と頭の痛みに静かながら悶えていた。


しかし、敵は休ませてくれないのだろう。また警報が流れた。

「「「LASER LASINGレーザー照射」」」

前とは違っていた。

その警報が3回鳴った後、突然向かい側に座っていたはずのZuleの隊員が消え、真黒な外が見えた。

どうやら鎌鼬カマイタチが暴れているようだ。

機内の空気は外へ急速に向かい、皮膚を出している所から凍傷のような痛みが駆け巡る。

暗黒の世界と機内の境界線となる機体の切断面は溶接されたように燃えた色彩を放ち、機内の固定されていない物体は軽い物ほど境界を超えて消える。

急減圧の機内は悲鳴すら上げる勢いを人々から失せさせた。


落ちていく機体は段々と世界の景色を変えた。境界線の向こう側は少しずつ民家やビルの光が見えてきて、ゴチャゴチャしていた機内はシートベルトをしていたり何かに必死に捕まったり、引っ掛かっている物以外は消えていた。そして目の前が少しずつ黒くなっていく。深淵がまた自分を誘っているのか___




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