30 窟(いわや)の中で

 真っ暗な空間。

 少なくとも、火は使っていないのか、何も見えはしない。

 梶原景時は、枝葉の山から、ほんの少しだけどけた枝葉のあとにできたから、その空間――いわやの中を垣間見た。


「探ってみるか」


 少なくとも、ここまでおびただしく枝葉を積み上げるのは、人の手によらなければならない。

 後背を振り返ると、大庭景親の姿は見えない。

 いつの間にか、だいぶ離れているようだ。

 呼びに戻ってもいいが、この、人里離れた山の中、しかも、初めて入る山の中で、この場所にまた戻ることができるだろうか。


「……しかたない、ひとりで見てみよう」


 景時は枝葉をさらにどかし、を広げた。

 もし、に頼朝がいるならば、このどかす音が聞こえているだろうな、と思いながら。



 作ったから、外界の光が洩れて、いわやの中をほの明るくしている。

 多少は目が利くようになり、景時はそっと足を踏み入れた。

 ぱきり。

 そういう音がする。

 景時がくつを上げると、枯れ枝があった。

 侵入者に対するしかけか、単なる偶然か。

 どちらにしろこれで、に入ったことが知れた――もしに人がいるならば。

 あらためて目を上げると、今度はその目に向かって、何かが飛んできた。


「……ッ」


 思わず頭を下げると、何かは穴に飛び込み、そのまま飛び去って行った。

 さえずりながら。


「……しとどか」


 そのさえずりには、聞き覚えがある。

 用心深い鳥と記憶している。

 なら、このいわやは無人か。


「いや、だまされるな」


 暗がりのいわやに対する恐怖心が、おのれを自然と「外へ」と戻そうとしている。

 おそらく、人がまだ獣だった頃から根ざしているものなのだろう。

 景時は両手で頬をぴしゃりとたたき、一歩前へ。


「そういえば、人でなくとも、獣はいるかもな」


 もし無人なら、猪や熊が、どこかに潜んでいるかもしれない。

 野獣は鳥より警戒心が強く、狡猾だ。

 そういう意味でも、ふんどしを締めてかからねば。


「それにしても」


 このようないわやに、鳥や獣の潜むような場所に潜んでまで、頼朝は何を狙っているのか。

 石橋山の戦いは、負けいくさになることは見え見えだった。

 三浦の援軍が来たところで、せいぜい奇襲からのはさみうちで、痛み分けに持ち込むのが精一杯だ。

 だがその三浦の援軍も、雨による増水で来られなくなった。

 この時点で、頼朝は退くべきだったかもしれない。

 でもその逃げ道も、ほかならぬ梶原景時が、伊東祐親を伊豆から出兵させたため、封じらえる。


「そもそも、伊豆から出るべきではなかったのだ。なぜ、わざわざ相模に」


 それこそ伊豆にもっていれば、このようないわやでなくとも、北条館なり、伊豆山権現なりにって、襲い来る敵に当たったり、逃げたりしていれば良い。


「それをなんでわざわざ相模へ。平家に――大庭に討って下さいと言っているようなものだ」


 いくら伊豆を治めるには小勢力だとはいえ、北条がいるなら、やりようはあった。

 それをわざわざ相模に出た理由は――。


「……三浦か。三浦と合力ごうりきか」


 その三浦とも合流できず、こうして頼朝は敗走して、隠れるはめになった。

 結局、三浦と合流して、何をやりたかったのかわからずじまいだ。

 ……何をやりたかったのだろう。


「待てよ」


 景時の思考がめぐる。

 もし、頼朝が三浦と合流あるいは三浦半島へ着いたとして、何をするつもりだったのか。

 三浦半島に拠ったとしても、相模における彼我の兵力差は、あまり変わりない。

 平家の大庭景親の大兵力相手に、小兵力の頼朝と、やはり小兵力の三浦が合わさったとしても、その差は歴然だ。


「歴然。差は歴然……」


 一歩一歩歩くごとに、沓の裏のが増す。

 注意して歩かねば。

 そう思うが、思考がめぐるのが止められない。


「歴然たる差。これを覆すだけの一手を、思いついたのではないか」


 三浦には何がある。

 相模の豪族。

 三浦半島が本拠。

 三浦、三浦……。


「そも三浦というが、先に亡くなった嫡男は、杉本義宗といったな」


 義宗は三浦を出て杉本の地に城をかまえた。

 この地は三浦路と、鎌倉の六浦道という道を押さえる要衝という。

 その杉本の地を押さえたから、杉本と名乗り、そして義宗はそこから海を越えて攻め入り、矢傷を負った。

 矢傷が原因もとで義宗は死んでしまう。

 あとに残った義澄の父・義明と、弟・義澄はその死をいたく歎き悲しんだと聞く……。


「待て」


 杉本義宗は、どこに攻め入った。

 三浦は海に囲まれた地。

 その三浦を頼るということは、海を手に入れるといっても、過言ではない。


「海」


 海を越えて。

 どこへ。


安房あわ


 房総半島――安房の長狭常伴という豪族と戦って、杉本義宗は死んだ。

 相模と安房。

 離れているが、海ひとつ隔てているだけだ。

 互いに視認できるぐらい、ふたつは近い。


「安房に渡れば……」


 上総の上総広常、下総の千葉常胤といった、頼朝支持を表明している大豪族の、より近くに行ける。

 これは、特異な発想だ。

 土地に根づき、土地にこだわる武士――豪族にはできない発想だ。

 流人としてこの地に流れ着いた頼朝ならではの発想だろう。



「……だいぶ来たな」


 気づくと、いわやがぼんやりとするぐらいは進んでいる。

 それだけ、思考に熱中していたためか。

 引き返そうか。

 頼朝の発想はある程度知れた。

 たとえこのいわやではないにしろ、どこかに潜んで、安房に渡るのを期している。

 それさえわかれば、今ここで捕まえられなくても、何とかなるのでは。


「……も少し、行くか」


 そう思ったが、まだまだ頼朝にはがありそうな気がする。

 あと少しで、そのに手が届きそうな気がする。

 会ってみたい。

 会って、その手が届くところがかどうか、知りたい。


「あと、少しなんだ」


 いまや梶原景時は、頼朝という存在に憑りつかれていた。

 このいわやにいれば、大庭と離れて、ひとりでいられる。

 逆に、うまくすれば、頼朝に――会える。


「あと、少しなんだ」


 景時は歩を進める。

 いわやの中を。

 思考の中を。

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