30 窟(いわや)の中で
真っ暗な空間。
少なくとも、火は使っていないのか、何も見えはしない。
梶原景時は、枝葉の山から、ほんの少しだけどけた枝葉のあとにできた穴から、その空間――
「探ってみるか」
少なくとも、ここまで
後背を振り返ると、大庭景親の姿は見えない。
いつの間にか、だいぶ離れているようだ。
呼びに戻ってもいいが、この、人里離れた山の中、しかも、初めて入る山の中で、この場所にまた戻ることができるだろうか。
「……しかたない、ひとりで見てみよう」
景時は枝葉をさらにどかし、穴を広げた。
もし、中に頼朝がいるならば、このどかす音が聞こえているだろうな、と思いながら。
*
作った穴から、外界の光が洩れて、
多少は目が利くようになり、景時はそっと足を踏み入れた。
ぱきり。
そういう音がする。
景時が
侵入者に対するしかけか、単なる偶然か。
どちらにしろこれで、中に入ったことが知れた――もし中に人がいるならば。
あらためて目を上げると、今度はその目に向かって、何かが飛んできた。
「……ッ」
思わず頭を下げると、何かは穴に飛び込み、そのまま飛び去って行った。
「……
その
用心深い鳥と記憶している。
なら、この
「いや、だまされるな」
暗がりの
おそらく、人がまだ獣だった頃から根ざしているものなのだろう。
景時は両手で頬をぴしゃりとたたき、一歩前へ。
「そういえば、人でなくとも、獣はいるかもな」
もし無人なら、猪や熊が、どこかに潜んでいるかもしれない。
野獣は鳥より警戒心が強く、狡猾だ。
そういう意味でも、
「それにしても」
このような
石橋山の戦いは、負けいくさになることは見え見えだった。
三浦の援軍が来たところで、せいぜい奇襲からのはさみうちで、痛み分けに持ち込むのが精一杯だ。
だがその三浦の援軍も、雨による増水で来られなくなった。
この時点で、頼朝は退くべきだったかもしれない。
でもその逃げ道も、ほかならぬ梶原景時が、伊東祐親を伊豆から出兵させたため、封じらえる。
「そもそも、伊豆から出るべきではなかったのだ。なぜ、わざわざ相模に」
それこそ伊豆に
「それをなんでわざわざ相模へ。平家に――大庭に討って下さいと言っているようなものだ」
いくら伊豆を治めるには小勢力だとはいえ、北条がいるなら、やりようはあった。
それをわざわざ相模に出た理由は――。
「……三浦か。三浦と
その三浦とも合流できず、こうして頼朝は敗走して、隠れるはめになった。
結局、三浦と合流して、何をやりたかったのかわからずじまいだ。
……何をやりたかったのだろう。
「待てよ」
景時の思考がめぐる。
もし、頼朝が三浦と合流あるいは三浦半島へ着いたとして、何をするつもりだったのか。
三浦半島に拠ったとしても、相模における彼我の兵力差は、あまり変わりない。
平家の大庭景親の大兵力相手に、小兵力の頼朝と、やはり小兵力の三浦が合わさったとしても、その差は歴然だ。
「歴然。差は歴然……」
一歩一歩歩くごとに、沓の裏のぬめりが増す。
注意して歩かねば。
そう思うが、思考がめぐるのが止められない。
「歴然たる差。これを覆すだけの一手を、思いついたのではないか」
三浦には何がある。
相模の豪族。
三浦半島が本拠。
三浦、三浦……。
「そも三浦というが、先に亡くなった嫡男は、杉本義宗といったな」
義宗は三浦を出て杉本の地に城をかまえた。
この地は三浦路と、鎌倉の六浦道という道を押さえる要衝という。
その杉本の地を押さえたから、杉本と名乗り、そして義宗はそこから海を越えて攻め入り、矢傷を負った。
矢傷が
あとに残った義澄の父・義明と、弟・義澄はその死をいたく歎き悲しんだと聞く……。
「待て」
杉本義宗は、どこに攻め入った。
三浦は海に囲まれた地。
その三浦を頼るということは、海を手に入れるといっても、過言ではない。
「海」
海を越えて。
どこへ。
「
房総半島――安房の長狭常伴という豪族と戦って、杉本義宗は死んだ。
相模と安房。
離れているが、海ひとつ隔てているだけだ。
互いに視認できるぐらい、ふたつは近い。
「安房に渡れば……」
上総の上総広常、下総の千葉常胤といった、頼朝支持を表明している大豪族の、より近くに行ける。
これは、特異な発想だ。
土地に根づき、土地にこだわる武士――豪族にはできない発想だ。
流人としてこの地に流れ着いた頼朝ならではの発想だろう。
*
「……だいぶ来たな」
気づくと、
それだけ、思考に熱中していたためか。
引き返そうか。
頼朝の発想はある程度知れた。
たとえこの
それさえわかれば、今ここで捕まえられなくても、何とかなるのでは。
「……も少し、行くか」
そう思ったが、まだまだ頼朝には底がありそうな気がする。
あと少しで、その底に手が届きそうな気がする。
会ってみたい。
会って、その手が届くところが底かどうか、知りたい。
「あと、少しなんだ」
いまや梶原景時は、頼朝という存在に憑りつかれていた。
この
逆に、うまくすれば、頼朝に――会える。
「あと、少しなんだ」
景時は歩を進める。
思考の中を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます