15 大庭景親

 そして治承四年。

 以仁王もちひとおうが挙兵した当時、大庭景親は京にいて、その討伐戦に抜群の活躍を見せた。

 戦後、景親は平家のいくさの実務を取り仕切る、伊藤忠清から呼び出しを受けた。


「実は、以仁王の令旨りょうじとやら、伊豆の源頼朝に渡っているようだ」


 忠清は福原にいる清盛の命を受け、令旨を受けた者たちが誰なのかを探っていた。

 令旨を持って行った源行家を捕まえるのが一番だが、行家の行方はようとして知れず、その足跡を追っていた。


「すると、だ。熊野の別当・湛増たんぞうから注進があった。東へと向かった、と」



 かつて源義朝は、東国に勢力圏を築いた。

 さらに、そこから京畿に向かってを伸ばしていた。

 それは、義朝の側室――子どもたちの母親を見ると、よくわかる。

 長男・義平の母は相模の豪族・三浦良明の娘(諸説あり)。

 三男・頼朝の母は由良御前(尾張・熱田大宮司の娘)。

 六男・範頼の母は遠江池田宿の遊女(遊女と言われているが、長者の娘という説もある)。

 他にも、子はさなかったが、美濃・青墓の長者の娘とも関係を結んだという。

 こうして見ると、相模、遠江、尾張、美濃……と、義朝はを意識していたのであろう。


「新宮の源行家とやら、そのを逆にたどったか……となると、伊豆か」


 清盛は、湛増の注進を聞いて、即座にそう判じた。

 それから、禿頭とくとうをがしがしときながら、「裏切者が」と毒づいた。

 おそらく、頼朝のことを言っているのであろう。

 忠清は主君の怒りが頂点に達する前に、ではどうなさいますかと問うた。

 清盛はすぐ答えた。

 伊豆・相模の者どもを使え、と。



「――だからこうして、おぬしに声をかけている」


 忠清としても、今すぐ平家として軍を動かすわけには行かぬ。

 以仁王の挙兵を、鎮圧こそしたものの、京の情勢はまだまだ不安定だ。

 それに頼朝は令旨こそ受けただろうが、まだ挙兵していない(この時点で、まだ頼朝は山木兼隆を襲撃していない)。

 また、後白河法皇が、まだ何か策しているかもしれぬ。

 

「そこでじゃ、相模のおぬしなら――大庭景親どのなら、伊豆に顔が利く。大軍を持つ」


 頼朝の動向を探り、場合によっては兵をもってつらまえて、始末してもかまわない。

 忠清は――清盛はそこまでの許しを与えた。

 景親は、そこまでしてくれるならと勇躍して相模へ帰った。

 そして帰った先で。


「挙兵だと?」


 頼朝は、景親の動きを察知したのか、素早く挙兵してしまう。

 むろん、実際は目代・山木兼隆の動きに反応した、あるいは他の頼朝寄りの豪族の動向を見すえたものでもあったが。

 そして山木を討ち、中原を制した頼朝は、以仁王――『最勝親王』の令旨を持ち出してきた。

 これを知った景親は、さてこそ相国入道しょうこくにゅうどう(清盛のこと)の言うとおりであったと膝を打ったものである。


「では今こそ積年の恨みを……いや、清盛さまのお言葉どおりにすべき時。兵を集めよ」


 こうして大庭景親は動く。

 平清盛の読みどおりに。


 ……頼朝は清盛の読みの速さ、凄まじさに舌を巻いた。

 だが誰にもそれを示すことはなく、気づいていたのは政子ぐらいで、それもねやでのつぶやきによる。


「……さてどうするか」


 と。



「三浦を頼ろう」


 頼朝はそう言った。

 北条館の大広間で。

 ついこの間、大庭が大挙して攻めてくるとの話が入った。

 どうするか、というささやきが、そこかしこで聞こえる。

 頼朝の側近たちの中でもささやかれるようになったある日、頼朝は主だった者を北条館の大広間に集めて、言った。


「平家の動きは素早い。ならばこちらも受けざるを得ない」


 速戦を狙ってくるのなら、それ以上に速く。

 頼朝は、相模の勢族の三浦を頼ることを示した。


「今、この頼朝の兵は三百。大庭の兵は三千。勝負にならない」


 しかし、大庭と同じ相模の三浦は、頼朝に味方すると言ってくれている。

 三浦は、三浦半島を本拠地とする一族で、その勢力は大きく、海を越えて房総にまで手を伸ばしていた。


「どちらにしろ、このままでは伊豆一国も治めることもできない。人が少なすぎる」


 そのためにも、一刻も早く三浦と合流し、頼朝の勢力を一段階に持っていかなくては。

 それは、場にいる者たちに共通する思いだった。


「そうこうしている間にも、大庭はやって来る。すぐに三浦に使いを出し、伊豆に来てもらってはどうか」


 宗時が提案する。

 義時はそれに反駁する。


「そうすると三浦が――半島ががら空きとなる。そうおいそれと伊豆に来いと言えないのでは」


「では、どうするのだ。こちらから三浦に行くのか」


「いや、それは……」


 そこまで言って、義時は政子の目線に気がついた。

 頼朝は表情を変えていない。

 義時が言いよどんでいる間に、宗時は叫ぶ。


「いいか。こちらには以仁王、ではない、『最勝親王』の令旨があるのだ。来いといえばいいではないか。三浦は味方すると言っているのだ。ならばその言葉どおりにしてもらえばいい。三浦の領地はそりゃ気の毒だがな、今、頼朝どのが潰れれば、北条も三浦もあとがないぞ」

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