04 伊豆山権現
頼朝が伊豆山権現の参道を登っていくと、見知った
「遅い」
政子である。
「……特に約束してないが」
「約束すると、足がつくといったのは、頼朝どのではないか」
「……そうだな」
宗時に「蛭ヶ小島に行ってはならぬ」と言われたその翌日に、政子は伊豆山権現に参詣に来た。
そこで、やはり参詣に来ていた頼朝に出会った。
何で、ということは言わずに、二人は自然に、境内にある適当な石に腰かけた。
「もう、会えないかと思っていた」
「嘘」
政子は鋭い。
頼朝は政子が泳ぐ
その泳ぐ場所が、伊豆山権現のあたりだということも。
「会いたいということで言った」
「そう」
二人で座って、何となく過ごした。
その日はそれだけだった。
明くる日、同じような時間に政子は現れ、頼朝は石に座っていた。
「流人だから、時間だけはある」
だから、待っていたという。
一方の政子は、宗時に「暑い暑い」と言って、泳ぎに行くふりをした。
義時には、ひとにらみしただけだ。
「それは面白い」
頼朝も、兄の義平ににらまれると、肩をすくめたという。
人形のような顔をしているくせに、こういう時だけは笑い、おどける。
政子はそれを見て面白いと思い、もっと見てみたいとも思った。
「また、会おう」
いつしか、それが別れの挨拶となった。
*
以来、彼を──
「山木兼隆」
と称する。
政子にとっては、あまり関心もなく、「ふうん」と言って、特に近づこうとしなかった。
そもそも伊豆という国は、摂津源氏・源頼政が知行国主を務める。
従来からの豪族である北条家ならともかく、京で罪を得て流されてきた平家の傍流が、どうこうできる状況ではなかった。
ただ、兼隆当人にとってはそうではないらしく、
「おれは、いずれ返り咲く」
そう言っては誰彼ともなく声をかけ、金銭をせびり、米をねだり、酷い時は女を求めたりした。
「まったく、酷い男です」
政子の妹は兼隆に声をかけられたらしく、不機嫌であった。
こういう愚痴を言うときは、決まって政子のところに来る妹で、彼女は政子の歯に衣着せぬ物言いが好きだった。
「……頼朝どのが、六郎どのを通じて、京の
どうやら、京でもそういう振る舞いだったらしく、それで父から
頼朝としては、京からの人間は警戒対象なので、それで
「……でもそれなら、ねえさまが京の父上に聞いた方が早いでしょうに」
「父上は、そういう話をわたしにはしないでしょう」
情報を集めることに怠りはないが、そうやって調べていることを人に知られたくない
兄の宗時には伝えているだろうが、宗時はそれを政子に話したりはすまい。
「あえて言うとしたら、近づくなぐらいでしょうね、兄上は」
「そうそう」
そう言って妹は政子に目配せした。
行け、ということらしい。
「でもそのお腹、だいぶ目立ってきましたよ、ねえさま。お気をつけて」
「わかってる。恩に着る」
そうしてしばらくしてから、宗時が政子の部屋の前やって来たが、妹が「着替えてる。来ないで」と言うと、引き下がった。
……妹たちには、甘い兄だった。
*
頼朝と政子は、子を
いつの間にかできていた、というのが二人の感想だが、とがめるべき父・時政がいないうちに、という心理が働いたことは事実だ。
そういうわけで、目下の二人の課題は、時政をどう説得するかである。
「頼朝どの、いざとなれば、二人で逃げましょう。いや、そういうことをするぞ、とは言ってもいいと思う」
「逃げるとして、どこへ」
「どこでも。頼朝どのは、どこかあては」
「……流人にそんなことを求めるな」
政子の伝手は、時政の伝手であるため、使えない。
であれば頼朝だが、それも流人であるため、逃げ込まれたら即、京への──清盛への謀叛である、
誰が受け入れようか。
「……なら、山木は?」
「冗談言うな」
それこそ頼朝と政子の弱みを握ったと有頂天になるだろう。
そして、京へ注進して、復権へのとっかかりとするか、あるいは北条を膝下にするか、そんなところだろう。
頼朝はそう語り、「やはり素直に御父上に話そう」と言った。
「言うの?」
「ああ、一緒に言おう。政子、以前にそなたは子を殺されるぐらいなら、御父上を殺すと言うたが……それぐらいの覚悟を
頼朝は政子の手をぐっと握った。
「伊東祐親の時は、他ならぬ祐親の娘である、八重が言えば折れるだろうと思っていた。甘えていた。だが今度はちがう。ちゃんと、自分で言う。自分で御父上の反応を見る。その上で、どう行動するか考えて、決める」
「……わかりました」
政子の
それにしても、
何か、どこか、もしかしたら、それは政子への気持ちというよりも、おのれ自身の……。
「行こう」
実はもうすぐ、北条時政は帰って来る。
時政は怒るだろうし、宗時の兄上も怒るだろう。
義時は黙って首を振るだけだし、妹はきゃっきゃと喜ぶだろう。
それでも、話をしよう。
……時に、治承元年。
北条政子は源頼朝に嫁ぐ。
その選択は、時政や宗時の反対を受けながらも、政子自身の強固な意志と、頼朝の譲らない姿勢により、通った。
生まれてくる命の存在も大きかったろう。
「……これであとは、京の清盛入道が、頼朝どのを復権させてくれれば良いのだが」
「そううまくはいくまい。現状のまま、でも上々といえよう」
頼朝はどこまでも冷静だった。
そして、言わなかったが、清盛が死んだあたりで、その後継ぎが坂東の政情を安定させるために、頼朝を活用するのではとにらんでいた。
ところが、事態は急転直下する。
「
後白河法皇の第三皇子。
その以仁王が平家追討の令旨を、全国の源氏に下したのだ。
……当然、頼朝にも。
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