20.桜塚猛、ギルドの不正を暴く(3)
「ロイド・クレメンスぅぅぅぅっ!」
般若のような顔でわしを睨みつけてきたのは、誰あろう、ギルドの受付嬢キャリィ・ポメロットだった。
青空の下で、キャリィ嬢は後ろ手に手枷をはめられ、地面に膝をつかされている。
わしはロイドらしく見えるよう、肩をすくめながら言ってやる。
「おいおい、そんな怖い顔をするなよ、キャリィちゃん。せっかくのかわいさが台無しだぜ?」
「よくも……よくも……っ!」
わしは憤怒の形相で睨んでくるキャリィ嬢の言葉を、馬耳東風と受け流す。
「それでは、罪状を読み上げる」
ギルド前の広場で、ギルドマスターが言った。
広場には、ギルドマスターを中心に人だかりができている。
いや、副ギルドマスター、ザハルド・ゴージーと受付嬢キャリィ・ポメロットを中心に、というべきだろう。
二人は仲良く手枷をはめられている。
今、この場で行われているのは、公開裁判だった。
ギルドマスターは、一連の事件を重く受け止め、公開の場で二人の処断を行うことにした。
野蛮なようでもあるが、日本でも裁判は自由に傍聴できた。取り立てて言うほどおかしなことではないのかもしれない。
わしらはギルドでの騒動の後、質問状の張り出し主としてギルドマスターに名乗り出た。
もちろん、いきなりすべての証拠を差し出すような真似はしない。
いくつかの証拠をギルドマスターに見せ、ギルドマスターの反応をうかがった。
ギルドマスターは、事態を鑑み、残りの証拠の提出は、公開裁判の時で構わないと請け合った。
そして、問題の二名――副ギルドマスター、ザハルド・ゴージーと受付嬢キャリィ・ポメロットを捕らえるべく、腕利きの冒険者を派遣した。
二人は完全に不意をうたれたらしく、ろくな抵抗もできずに捕まったという。
「――罪状は以上だ。が、ギルドの記録は、通常数ヶ月以内には古紙の再利用業者に回されてしまう。それ以前の犯行については、フルメンにあるという『キャリィズハウス』なる館を
広場を取り巻く冒険者から、盛大なブーイングが巻き起こった。
が、ギルドマスターは落ち着き払って言う。
「さいわいにして、最近の記録はロイド・クレメンスと彼のパーティメンバーが古紙業者から回収してくれている。そこでわかる範囲については、ギルドとして責任をもって冒険者の皆に支払おう。むろん、ギルド内に残っている記録も、可能な限り調査することを約束する」
「おいおい、それじゃあそれ以前の分は戻ってこねぇのかよ!」
冒険者の誰かが野次を飛ばす。
「副ギルドマスターとキャリィ嬢の溜め込んでいた資産を押収したとしても、支払えるだけの原資にはならないのだ。それに、証拠が残っていない者にも未払い報酬を払うとなると……」
「けっ、ぜってぇ、嘘をついてギルドから金をふんだくろうとするやつが出てくるな」
「……そういうことだ」
ギルドマスターが肩をすくめる。
「とはいえ、冒険者からすれば、これでは報酬を踏み倒されたのと変わりがない。その補償として、しばらくの間、一部のクエスト報酬を割増しよう。人によって不公平は出ようが、どうかそれで矛を収めてもらいたい」
ギルドマスターの言葉に、冒険者たちが顔を見合わせる。
もともと、指摘されるまで中抜されていることにすら気づいていなかったのだ。自分がいくら損をしていたのかが正確にわからない以上、将来の割増で補償すると言われればそれ以上食い下がることはできないだろう。むしろ、話はよくわからないが、報酬が増えるのならラッキーだと考える冒険者も多いのではないか。
事態は収まりつつあるが、わしはあえて聞いてみることにする。
「なぁ、ギルドマスター。今回の件はそれでいいのかもしれねぇ。だが、これから先、他のギルド職員が同じ手口で私腹を肥やさねぇ保証もねぇんじゃねぇか?」
わしの言葉に、冒険者たちが顔を上げる。
「ふむ。ロイド君の言うとおりだ。では、再発防止のために、依頼書と受注書を、担当以外の職員が検査できるような体勢を作ろう」
「それじゃあ、内々で示し合わせることができるじゃねぇか。ギルドぐるみで口裏を合わせられたら、俺たち冒険者は不正があることにすら気づけねぇよ」
「……では、どうすれば納得できるのだね?」
ギルドマスターが、やや機嫌を損ねた声で言ってくる。
「簡単さ。もし冒険者がクエストの内容に不審を覚えた時には、依頼書の開示をギルドに要求できるようにすればいい。ギルドは、その要求を拒むことはできないことにするんだ」
「それは……」
ギルドマスターが少しの間考える。
「よかろう。ただし、領主様からの依頼の中には機密に当たるものもある。そのような依頼を開示する場合には、領主様に許可を取ってからとなるが、それでいいか?」
「それは、俺じゃなくてみなに聞くべきことだな。――どうだ、異論はあるか?」
わしは、広場に集まった冒険者たちに声をかける。
方々から声が上がる。
結果として、機密事項に当たる場合には、十日以内に領主に相談し、その結果を開示することと決められた。
ギルドマスターは、この結果に反発しない。
むしろ、何度となく頷いて、
「なるほど。仕事の途中経過を外からも見られるように、いわば『透明化』するというわけか。それは効率的だ」
そんなことをつぶやいている。
(この男は……)
わしは感心した。
この粗野な世界で、わしのちょっとした指摘から、現代日本に通じるような発想に至るとは。
これまでほとんど名を知られていなかったのが信じられないくらいだ。
ギルドマスターが顔を上げて言う。
「……そうだ。すまない、副ギルドマスターについては以上だが、キャリィ嬢については余罪があったのだった」
ギルドマスターはそう言ってわしを見る。
「余罪?」
「うむ。ロイド・クレメンス。君は、万年D級冒険者と呼ばれているそうだな?」
いきなりの質問に、わしは思わず鼻白む。
冒険者の中からは失笑の声も聞こえてきた。
「……そうだが。それが何か関係あるのか?」
「それが、関係あるのだ。君の冒険者の間での評価は、決して低いものではない。そのことは知っていたか?」
「……いや。そりゃ、メンバーはそう言ってくれるが、身内びいきってもんだろ?」
俺が言うと、ミランダが眉をひそめて言う。
「ちょっとロイド! 馬鹿にするんじゃないよ! あたしらは思ったことを言ってるだけだ。あたしらの人を見る目を疑うって言うのかい?」
「い、いや……」
ジュリアーノとアーサーを見る。
二人とも、ミランダと同意見のようだ。
(つまり……本当に、こやつには冒険者としての確かな実力があったと?)
ではどうして、万年D級冒険者などと――
「あっ! まさか……!」
鈍いわしでも、ここまで言われればさすがに気づく。
ギルドマスターがうなずく。
「そうだ。ロイド・クレメンス。君は、本来であれば少なくとも前回の試験でCランクに昇格できていた。それ以前の記録はないが、ひょっとするともっと前の段階で昇格できていたのかもしれない」
「ってことは……」
わしは地面に膝を突いているキャリィを見る。
キャリィはふてくされたような顔のまま目を逸らす。
「そう。キャリィ嬢は、受付嬢としての権限を悪用して、君の昇格を止めていたのだ。君が……その、彼女に入れあげていたことから、昇格をちらつかせれば利用できると思ったのだろうね」
「な、なんだと……!」
わしの頭に血がのぼる。
いや、ロイド・クレメンスの処遇については、本来わしとは関係のないことなのだが。
ロイドに宿ってそれなりに経つ。わしは自分のことのように腹が立った。
が、それはわしだけではないようだ。
ミランダ、ジュリアーノ、アーサーも怒りに顔を赤くしてキャリィを睨みつけている。
また、周囲を取り巻く冒険者たちからも怒声が上がっていた。
「他にも昇格を餌に利用されていた者がいるかもしれないが……今回調査した限りではわからなかった。今回の件を暴いた功績と、このような被害を受けていた立場を考慮して、キャリィ嬢の処罰については、君の一存で決めてもらおうと思っている」
ギルドマスターがなんでもないことのように、とんでもないことを口にした。
わしが、キャリィに私刑を加えていいというのだ。
が、それをとんでもないと思ったのはわしだけのようで、冒険者たちからは「ロイド、やってやれ!」と囃したてるような声が飛ぶ。この場合の「やってやる」とは、ロイドの知識によれば、斬り殺しても構わないということのようだ。
ますます濃くなる憎悪の空気に、キャリィの顔は白いを超えて真っ青だ。
キャリィが顔を上げ、わしに向かって叫んでくる。
「た、助けて! なんでもするから!」
目にいっぱいの涙を溜めたキャリィの懇願。
その涙は、嘘ではないのだろう。
ただし、この女は、自分の犯した罪を悔いて泣いているわけではない。自分が死にたくないから泣いているのだ。あるいは、泣いてみせれば、わしが(ロイドが)手心を加えると期待して、泣いているのだ。
わしは、キャリィの懇願を冷たく無視する。
もしこれがロイドだったら、どうしたろうか。
いかにこの女に入れあげていたとはいえ、さすがに昇格を止めていた件で愛想が尽きただろうか。
それとも、情にほだされて罪一等を減じてやっただろうか。
この女を裁く権利を持つのはわしではない。わしと入れ違いになったロイドなのだ。
「ちょっと、タケル! あんたまさか……」
ミランダが、わしの耳をつかんで言ってくる。
「まさかだよ。この歳になって小娘のお涙頂戴に騙されるわけがあるまい」
わしは小さく肩をすくめる。
そのジェスチャーに何を見たのか、キャリィが手枷をはめられたままわしに近づこうとして、ギルドの職員に止められた。
キャリィはそのまま、頭だけをわしに近づけて、必死の形相で叫んでくる。
「そうだ、あんたの女になってあげるわ! それならいいでしょう!? こ、このあたしを好き勝手に抱けるのよ!? あんた、あたしのことが好きなんでしょ!?」
キャリィのなりふり構わぬ命乞いに、冒険者たちから怒号が上がった。
冒険者たちの中にもキャリィのファンがいたはずだが、彼らはキャリィの横領の最大の被害者でもある。キャリィをかばう声は聞こえてこない。
わしは冷めた目でキャリィを観察する。
たしかに見目はかわいらしい。が、わしだっていい歳だ。こんな自分のことしか考えない上に、とんでもない浪費癖を持っているような女を、情婦にしたいなどとは露ほども思わない。
いや、そもそも、わしは亡き妻・葉子以外に女がほしいとは思わないのだが。
(連れ合いはな。見た目ではなく、心で選ぶものなのだよ)
葉子も決して不美人というわけではないが、何より心根が優しかった。
こんなうだつのあがらない男を、文句も言わずに支え続けてくれた。
自分で言うのもなんだが、琴瑟相和す、という言葉がしっくりくる、わしの人生でただひとりの「連れ合い」だったと思っている。
(とはいえ、経済犯罪で女を斬る、というのもな)
男女差別と言われるかもしれないが、すでに捕まった女を斬ってウサを晴らす趣味はわしにはない。また、現代日本でいえば、キャリィの犯した罪は死刑に当たるほどのものでもない。
わしはしばし考えてから、言った。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
わしの提案は、冒険者一同の賛同の拍手をもって受け入れられた。
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