僕はまだ、君を知らない。

幾千年

何度目の出会い

「私のこと、知ってる?」


誰だろう。知らない人だ。知ってるかと聞くということは僕のことは知ってるのだろうか。ただ、それほど気味の悪いことはない。自分は知らないのに相手からは一方的に認識されているこの感覚。非常に良くない。僕はまだあなたを知らないのに。人間の知的好奇心からくるものではなく、ただただ、この気味の悪い状態を改善したいがために、目の前の人間のことを知りたいと思ってしまう。気味が悪いのは僕の方だろうか。


「知らない、全く」


だから教えて欲しい、とは言えない。そんな度胸は僕と一緒に育ってはくれなかった。だから置いてきた。僕の返答に彼女は全く驚く様子もなく、むしろ納得した顔つきで、うん、とだけ言いながら、こくん、と頷いた。わけがわからない。何がしたいのだろう。


「あなたは私のことを知らない。今も、これからも、ずっと」


意味がわからない。一体この人は何を言っているのだろう。思えば最初から意味わからない。この状況がよくわからない。あまりに理解できない状況にぽけーっと呆けていると、目の前の彼女はニヤリと笑った。


「だから教えてあげるね。何度も、あなたが覚えてくれなくても」


「いや、べつに……こんなこと、誰も忘れないだろうし」


彼女は少しだけ寂しそうな顔をして、ぼそっと、そうだね、と言った。この人は変だ。と言うか最初からずっとおかしい。変な人に絡まれるなんてとんだ災難だ。僕は病室の窓から、どことなく寂しそうな空を眺めた。今日も風が心地よい。


「あれ、たける君、お友達?こんにちは」


目の前の彼女は、ぺこりと頭を下げた。いつもお世話になってる看護師さんは、ごゆっくりぃと柔らかな声で言うと、ニコニコしながら隣のお爺さんの健康チェックをし始めた。いや、友達ではないのだが。


「今、友達じゃないって思ったよね?」


「違うの?初対面だよね。僕たち、いや、少なくとも僕は」


なんだこの人は。どこかで会ったことあるのだろうか。だいたいここは病院だ。わざわざ僕の病室にいるということは、しっかりと僕に用があって来たと言うことになる。


「何しにここに……っていうか誰なのそもそも」


「私はね、ほのか。あなたの『友達』。あなたに会いに来た」


「…どういうこと?」


そういうと、彼女は少し寂しげな表情を見せ、目線を下にした。かと思うとすぐに僕を見つめてこう言った。


「おかしいなあ、私たちはいろんな世界ところを渡り歩いてきた旅仲間のはずなのに」


この人はさっきから何を言っているのか。いよいよわからなくなってきた。


「なにこの人、こわーいって思ってるんでしょ。それももう何度目かなあ。懐かしいね全く」


ケラケラと笑う彼女は、確かに明るいのだが日が差して表情があまり見えないせいか、少し、ほんの少しだけ泣いているようにも見えた。それがなぜか僕にはひどく印象に残っていて、絶えず僕の頭の中で何度も反芻している。


すっかりと日が沈んだ病室は、いつものように静かだ。数時間前に彼女はじゃあね、また来るねと言ってさっと帰ってしまった。今日初めて会ったはずの彼女は、とにかく変な人だったと言うのが第一印象だ。言っていることがまるでわからなかったが、どこか懐かしさを感じている僕がいた。そして彼女が帰る時、ほんの少しの悲しさを僕は感じたのだった。


彼女との出会いはこれってことでいいだろうか。とりあえずこんな感じだった。








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