犬の餌


 R(仮名)といふ犬ありけり。


 親父殿曰く、


「Rちゃんは体格で太って見えるだけだもんなあ。太ってないよなあ」


 医者曰く、R、適正体重は2kg台也。

 されど、R、体重は4kg弱。

 母、是、悪しと言ふ。


「あなた、少しRの食事を制限された方が良くありませんか」


「そんな必要はない」


「お医者様も言っておられたではありませんか」


「それは一般のチワプーの、平均の話だ。Rは違うに決まっとる」


「何故、そう言い切れるのです」


「Rちゃんは骨太な体格なだけだ。そうに決まっておる」


 母、Rを抱き上げ、親父殿に腹を見せ、


「こんなにぷよぷよですよ。ほら」


「犬に腹筋など付かぬ。故に柔らかいだけだ」


「でも、平均体重の倍近くあるのですよ。いくら骨太な体格とはいえ、重すぎます。あなたの身長で、100kg以上ある、という事になるのですよ。いくら何でも、それはないと思いませんか? Rちゃんはお相撲さんではありませんよ」


「む・・・ううむ。それもそうか。では、少し食事制限をするか?」


「するかではなく、しませんと。Rちゃんの命に関わりますよ。このままでは寿命が縮みます」


 我、言う。


「父上。Rは先日も足の骨を折ったではありませんか。体重が支えきれないのです」


「ううむ、そうであるな・・・うむ、そうだな。食事制限をするか」


 親父殿、我と母の言う事に是と言ふ。これ稀な事也。



----------



 さればとて、親父殿の行ふ事変わらず。

 食事制限、しておるつもりでしかおらず。


「おほ! おほほ! Rちゃん、もう食っちゃったぞ」


「・・・」「・・・」


 親父殿、喜ぶ。

 されど、我も母も、呆れるばかりにて、言葉なし。

 親父殿の手に、まんじゅうあり。


「さあRちゃん。デザート。デザートあげる」


「父上、食事制限をすると」


「このくらい良かろう」


「良くはないと思いますが。それでは、食事を減らしても、カロリーは増えるばかりではありませぬか」


「Rちゃあん。そんな事はないもんなあ。甘い物だーい好きだもんなあ。ほら」


 我も母も息をつく。

 親父殿、喜び、母にまんじゅうを押す。


「ほら。母ちゃん」


「あなたがやれば良いのでは」


「母ちゃんもやれば良いではないか。Rちゃんが喜ぶぞお」


「食事制限をせねばなりませんから、私はやりません」


「やらんのか。母ちゃんは意地悪だなあ。ほおら、Rちゃん。もうちょっとあげる。よく食べたご褒美」


 喜ぶR見て、父の笑顔絶へず。

 食べた褒美に食わせるとはなんぞや。

 はや、Rの寿命は見えしと、我も母も首を振る。



----------



「野菜をもっと増やさんとなあ」


 親父殿、世に言ふ野菜信者也。

 野菜さえ食えば健康長生き也と言いて、人に野菜すすむ。


 我、時に肉など奪われし事もあり。

 されど、その肉、食うは親父殿也。

 はて? これ、野菜信者なりしか?


「あなた、バランス栄養食を選んでおるではありませんか。減らせば良いだけでは」


「野菜を食えば健康になるのだ」


「栄養が偏りませんか」


「偏って良いのだ。野菜の栄養だけで良い。儂は野菜ばかり食っておるのだ。息子は肉ばかり食うておるから、身体が弱くなるのだ」


 我より奪いし肉を食うは親父殿也。

 肉食へば、もう腹いっぱいなどと言い、野菜残すもよくある事也。

 人にすすむるばかりにて、己は野菜減らす。

 残した野菜は、我、母が食う。

 親父殿、食わねば、残すは悪しき事也と。

 されど親父殿、野菜残すもよくある事也。

 我思う。野菜信者、これ正しき姿か。


「息子、お前が今日から野菜を切り、Rちゃんの分の野菜を用意せよ。食べやすいよう、細かく切るのだぞ」


「はあ」


 呆れ顔の我を見て、母、親父殿を止める。


「あなたが言い出した事ですよ。あなたが用意すべきです」


「Rちゃんは家族だぞ。家族の飯を用意せんと、家族と言えるか」


「そうですね。あなたも家族です。では、言い出したあなたが用意すべきでは」


「むう」


「ササミもそうです。大体、何故、私が用意するのです。あなたが言い出しておいて、自分はやらないのですか。私はドッグフードで良いと」


「もう分かった! 儂が用意するわ!」


「その洗い物も、あなたがちゃんと洗って下さい。私も息子も、必要ないと言っているのです。あなたが用意せねばと言って、私にやらせ、洗い物を増やして」


「もう分かったと言っておるわ! 全部儂がやる! 母ちゃんも息子もやらんで良い! 手を出すな!」


「なれば良いのです」


「Rちゃん、母ちゃんは冷たいなあ。なー?」


 親父殿、これよりドッグフード使わず、わざわざ野菜買い、犬の為に用意せんとす。



----------



「母ちゃん! Rちゃんの肉がないぞ!」


「あなたが用意すると言ったではありませんか」


「買い物のついでに買って来るくらいの事も出来んのか!」


「ならば、せめて肉がない、買ってきてくれ、くらいは言って下さい」


「残りくらい見ておけ!」


「あなたが全部やるとお言いになりましたよ。忘れたのですか」


「忘れてはおらぬ!」


「ならば。全部。やって下さい」


「ええい! もう良い! 下がれ! 買い物に行く! 母ちゃんのせいでRちゃんの飯が遅れるぞ!」


「あなたのせいです。ところで、あのドッグフードはどうするのです」


「捨てよ!」


「あれを飯に出せば良いではありませんか」


「あんな物はいらぬ! 儂が用意する! もう捨てよ!」


「分かりました」



----------



 親父殿、ひと月も持たず。


「母ちゃん! ドッグフードは買ってきておらんのか!」


「いらぬと言いましたのはあなたです。捨てよと申されましたのもあなたです」


「そんな事は言っておらん!」


「息子。父上は何と言っておりましたか」


「父上。恐れながら申し上げます。あんな物はいらぬ、捨てよ、ご自身で用意される、と申されました」


「儂がそんな事を」


「申されました。あなた、もう忘れたのですか? ボケてきたのですか? 野菜を食わせる。肉はササミを用意する。洗い物も自分でやる。全てを自分でやるとおっしゃいましたね」


「言ったが!」


「洗い物は放りっぱなし。私や息子に洗わせて」


「そのくらいはせよ!」


「自分でやると言っておいてですか」


「手伝ってくれても良いではないか!」


「何故、手伝って下さいと言わないのです」


「言わずとも、そのくらいの気は利かせよ!」


「手を出すな、と言ったのはあなたですよ」


「おのれ、口ばかり回しおって! 息子!」


「何か」


「お前も少しくらいは手伝おうとは思わんのか!」


「思いませぬ。父上ご自身が、全てやるから手を出すなとおっしゃったではありませんか。Rの為、ご苦労を被り、見上げた心意気。それを邪魔するは」


「ええい! お前も口ばかり回る! 頭は回らぬか!」


「余計な所には回しませぬ。父上も常々お言いです。余計な事はするなと。父上が自ら手を出すなとお言いつけの事、これを手伝うは余計の事にございます。曲げて手伝えと申されるのであれば、前に言いおいた事は間違いであったと申されるべき」


「儂の言う事が間違いだと! かあーっ! もう良いわ! 下がれ!」


「あなた。まだ朝餉の途中。用意したのは私。息子、下がらなくて結構です。残さず食べるのですよ。父上のように残してはいけません」


「は」


「おのれ! 儂が買い物に行く! 金を用意せよ!」


「あなた、まだ6時ですよ。店は開いておりません」


「けえい! Rちゃんの飯はどうするのだ!」


「知りませぬ。ご自身で用意なされませ」


「ええい、もう知らぬ!」


「知らぬ? Rちゃんのご飯は抜きですか?」


 親父殿、怒りて去る。

 母、鼻で笑う。


「Rちゃん、今日はご飯がなくてごめんね。後で作ってあげる」


 R、喜びて、ふがふが鼻を鳴らす。

 我思うに、父の怒声に怖じもせぬR、出来た犬也。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る