ギルドは依頼を受けつけない③


 マクスキー卿の治めるエリス村で火事が起こったのは三日前、十六日の深夜のこと。

 村人達が寝静まる中、収穫間近であった麦畑に火の手が上がったのだ。炎は朝になってようやく勢いを落とし、村人達の消火活動によって昼頃には鎮火。

 だが、麦畑の大半は焼け野原となってしまった。


 さらに、焼け跡からは一人の死体が見つかった。


 エリスの村人達は幸いにも全員が無事だった。それでは死体はどこの誰なのか──薄気味悪さと疑念が渦巻きつつあったものの、身元は早々に判明した。


 死体はカートという名の隣村の医者だ。


 焼けた畑近くには鞄と薬、医療道具が打ち捨てられていた。そして村人の一人は火事が起こる直前の十六日の夜、具合を悪くした家族のために医者のカートを呼んでいたのだ。つけ加えれば、畑が燃えていることに最初に気づき、他の村民達に知らせて回ったのもこの村人である。

 火事以降のカートの消息は途絶えている。カートの妻も、十六日の夜に夫はエリス村へ急診に行ったままだと述べ、村人の証言とも一致。これにより死体の身元は確定した。


 また、火事の夜に犯人であろう男がいた、との目撃情報も多数出てきた。

 「あれはビーヅに間違いない」──村の問題児であり“血濡れの蜂ブラッディ・ビー”の異名をとる若者だと、複数名の村人が口を揃えた。

 ビーヅは冒険者としてあちこちをふらついているようだが、火事の起こった十六日はエリス村に戻っていたらしい。畑が燃え盛るその時もビーヅの姿が目撃されていた。

 彼は逃げ惑う村人達を避けるように、闇の中へ走り去っていったという。亡くなった医者のカート同様、ビーヅの消息も火事以降は掴めていない。


 これらの状況からビーヅがカートを殺害、その死体を隠滅するため畑に火を付けたと考えるのが妥当だろう。

 突然の医者の訃報は一帯の村人達に大きな衝撃を与えた。それ以上に、麦畑の焼失は領主であるマクスキー卿にとって大打撃だ。税源を焼き払われてしまったのだから子爵と村人共々、死活問題である。

 こうなった以上、何としてでも犯人の血濡れの蜂ブラッディ・ビーは捕まえなければならない。

 だというのに──。






「あの……血濡れの蜂ブラッディ・ビーの賞金首って、まだ出てないの?」


 問われたアイアは一瞬だけ手を止めた。すぐに顔を上げる。

 受付窓口の前には一人の青年が佇んでいる。いましがた登録を済ませたばかりの新参冒険者だ。背丈は低くないが痩せた体躯。十代後半ほどとアイアよりは年上に見えるものの、どうにも頼りなさそうな印象である。

 アイアは半ば確信を持って問い返した。


「もしかして、エリス村の方ですか?」

「そうだけど……」

「やっぱり。この度は大変な災難に遭われましたね」

「あ……うん、まあ……」


 青年は曖昧に頷いた。

 昨日今日と、冒険者ギルドは急激に登録者の数を増やしている。

 いずれもエリスの村人達だ。大半が子爵に雇われた農民であったため、今回の事件で働き口は失われた。その上、麦の収穫目前という時期に見込んでいた収入も絶たれてしまったのだ。


「……うち、三年前の流行り病で両親と、兄弟が何人か死んでさ」


 訥々と青年が呟く。とても落ち着いた様子だ──否、まだ現実を受け止めきれていないだけだろう。その顔に表情は無い。


「今は俺と、弟と妹だけでなんとか暮らしてるんだけど、弟は長患いで……ずっと、死んだお医者様に診てもらってたんだ」

「そうなんですね……」

「弟の病気を治すには、もう王都の神殿に行くしかなくて……。賞金首の金って、結構高いんだよな?」

「そうですね」


 胸に苦いものが広がるのを感じつつ、アイアは答える。


「ただ、血濡れの蜂ブラッディ・ビーの指名手配につきましては只今、調査をおこなっている最中です」

「調査?」

「はい。殺人と付け火の重大事件ですから。特に、付け火は被害規模を正確に把握しないことには懸賞金の額を定められませんので」

「そうなんだ……」


 感心したように青年は息を漏らした。アイアの説明をまったく疑っていない。


 今回のエリス村のような重大事件の犯人が逃亡している場合、ただちに指名手配書がギルドへ貼り出される。市民への周知と注意喚起を促すためだ。この際に設定される懸賞金は罪状を参照した概算額である。

 だが、事件から三日経った今なお血濡れの蜂ブラッディ・ビーの手配書は出されていない。


 後ろめたさを押し隠し、アイアは受付として表情を取り繕う。


「──ケイル様の冒険者登録は完了しましたので、今すぐ依頼が請け負えますよ。いかがなさいますか?」

「あ……じゃあ、やろうかな。どんな依頼があるの?」

「字が読めるのであれば、あちらの掲示板をご覧になってください。初心者の白級ホワイトクラス向けの依頼が出てますから。請け負い希望の依頼があればこちらにお持ちくださいね」


 アイアが掌で示した先へ青年も目を向ける。

 ギルドの壁一面に貼り付けられた依頼書、その眺めは壮観だ。うわあ、と驚嘆しながら青年は掲示板の前へふらふらと歩いて行く。


 窓口に連なっていた列がようやく途切れる。アイアはため息を吐いて受付台に突っ伏した。


「あ〜、胸が痛い……」

「あら、アイアちゃんああいうコがタイプなの?」


 隣で対応していたマリラも手が空いたようだ。アイアと違って疲れをまったく見せていない。


「違います……。血濡れの蜂ブラッディ・ビーの賞金首、まだ出てないのかって聞かれちゃって……」

「何て答えたの?」

「調査中で懸賞金が決まってませんから、って」

「嘘は言ってないんだからいいじゃない。アイアちゃんが気に病むことないわ。──ギルドマスターの決定なんだから、私達は言う通りにするだけよ」

「そうですけど……」


 マリラの慰めはアイアの気休めにもならなかった。

 確かにエリス村の事件については調査中だ。そこに嘘は無い。けれど、どう考えても犯人はビーヅだというのに、他に真犯人がいないかどうか調べるなど時間の無駄である。

 二週間という調査期間もとい猶予期間を与えてくれたマクスキー卿はなんとも寛大だ。あるいは、怒り狂う子爵を説き伏せて猶予期間を獲得したギルドマスター、グレオスの手腕を讃えるべきか。


「やっぱり全然納得いかないです。犯人は血濡れの蜂ブラッディ・ビー以外あり得ないのに、何を調べ直すんでしょう。それに、ギルドマスターがどうしてサブマスターの言うことに従ってるんですか?」

「そこは不思議よねえ」


 伝説のドラゴンと相対するという偉業を成し遂げ、冒険者ランク最上位の白金級プラチナクラスに次ぐ金級ゴールドクラスにまで昇り詰めたグレオス。

 冒険者を引退した今なお多くの人々からの尊敬を集めており、グレオスが冒険者ギルドのマスターとなる際は時の国王が手ずから助力したほどだ。グレオスの人徳によってギルドは成り立っていると言っても過言ではないだろう。

 サブマスターのアスクも元冒険者だ。が、それ以上のことを知る者はいない──さしたる功績を残せず、良くも悪くも名を馳せなかったということである。

 そんな人物がどうしてギルドマスターの右腕に収まっているのか、ドゥーム最大の謎である。


「あの二人、冒険者時代は同じパーティを組んでいた訳でもないそうだし……そもそも年代が離れているもの。ギルドマスターがダンジョン最下層に到達したのって十年前でしょう? その時のサブマスターは今のアイアちゃんと同じくらいの年齢のはずよ」

「てことは十七歳ですね。冒険者ギルドに登録できるのは十四歳からだから……それでも冒険者歴三年目ってとこですか。どう考えてもギルドマスターと経験の差がありすぎます。冒険者としても、人としても」

「あらあ……。言うわね、アイアちゃん」

「言いますよ。言いたくもなりますよ。いっつも人の仕事に口出ししてきて、それもデタラメばっかり! 実績十分な紅級レッドクラスの冒険者にサラマンダーを討伐させるなとか、受付が混んでて列も出来てるっていうときに奥に引っ込めとか、ギルドマスターがくれたお菓子を取り上げてきたんですよ? 何考えてるんだか」

「あのお菓子、店員さんが材料間違えちゃってたみたいね。食当たりにならなくて良かったわ」

「それはただの結果論で偶然です。ギルドマスターの親切心を踏みにじったのは変わりないですから!」

「それにしたって妙に勘が鋭いわよね、サブマスターって」


 マリラが窓口の向こう側を指差す。そこには一面に依頼書が貼りつけられた壁と、それを眺める冒険者達。


「掲示板の拡張だけならまだしも、駆け出しの白級ホワイトクラス青級シアンクラス向けの依頼を貼り出せ、なんて指示……二週間前に言われた時は何かしらと思ったけど、エリス村の人達が大挙して来てる今となっては正解ね。登録案内だけでも時間取られるのに依頼の紹介も、なんて眩暈がしちゃう」


 ギルドの受付は個々人の能力や適性をある程度見極め、適切な依頼を紹介する。この斡旋作業は受付嬢にとって骨の折れる仕事なのだ。

 「この程度の依頼をこの俺にさせるのか?」とゴネる輩はおだてて言いくるめればいい。

 しかし、右も左も分からない駆け出しは紹介された依頼に対して「自分には無理」「これはちょっと……」といった反応を示すことが多い。自信の無い彼らをなだめすかして依頼を斡旋するほうが、じつはよっぽど苦労するのだ。


「でも、掲示板なら選り好みし放題じゃない? 本当、大助かりだわ」

「まあ、あれには助かってますけど……」

「まるで今の状況を予知してたみたいよね。サブマスターってそれ系のスキルでも持ってるのかしら?」

「予知って、そういうスキル持ってる人は神官様とかになるものですよね。そもそも持ってる人自体少ないですし。──仮にサブマスターがそんなスキル持ってたとしても、完全なる宝の持ち腐れですよ。まず言い方が最悪ですし、人をバカにしたあの態度も……」


「それでも仕事を回してるだけマシだと自負してるがな」


 ゴトン、と不穏な足音が鳴る。

 とっさに口をつぐむとアイアはおそるおそる背後を振り返る。後ろに立っていた人物を見上げてマリラは「あら」と口に手を当てた。


 ──受付嬢二人を見下ろすサブマスター、アスクの目は冷え冷えとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る