第42話 第二王子の葛藤 2

「それはどういう意味の謝罪だ」


 相手は第二王子だというのに、ノイアーは威圧的に言った。


「……こちらとしては、ライザがゴールドフロントの王太子に乱暴された事実のみを公表し、ゴールドフロントの対応如何では、戦争も辞さないつもりだ」

「つまり、ライザ王女殿下の虚言を正すことなく、ゴールドフロントのみを断罪するということだな」


 その虚言の中には、ルチアがアレキサンダーと共謀したという、でまかせも入っているのだが、まさかそれが真実として公表されるということだろうか?

 隣からは、見るまでもなくノイアーが怒気を発していて、それはルチアに向けられた物でないにしろ、一瞬にして鳥肌が立つくらいだった。目の前を見ると、サミュエルは鳥肌が立つどころか、顔面蒼白になってガタガタ震えていた。気絶しなかっただけ、流石と言うべきか。


「ノイアー、その覇気はちょっとばかり健康に悪いよ。ほら、ルチアちゃんだって気絶……しそうにはないね。さすがノイアーの婚約者、凄い胆力だ」


 サミュエルは、さりげなく視線をルチアに合わせ、ノイアーの覇気を直に浴びないように工夫しつつ、ルチアが平然としている様子に驚いたようだった。別に、ルチアもノイアーの覇気を感じていない訳ではなかった。


「でも、ほら、鳥肌は凄いですよ」


 腕まくりしてサミュエルに鳥肌を見せようとしたら、ノイアーに止められた。他の男に見せるなってことだよね?こんな状況だけれど、ヤキモチをやいてくれたのかと、ルチアはついニマニマしてしまう。


「ノイアー、これだと話せない。僕を睨みつけるのは止めてくれないか」


 ノイアーが深く息を吐いて覇気を抑えると、サミュエルはぐったりしたように椅子に寄りかかった。


「ノイアーが女性に執着するようになるなんて、想像もしていなかったよ。いや、もちろん良い誤算だよ。それで、ルチアちゃんのことだけど、別に罪を着せようってことじゃないんだ。ただ、ルチアちゃんのことに言及してしまうと、ライザからゴールドフロントの王太子に接触したことを暴露しないといけなくなる」

「それがいけないんですか?」


 サミュエルは苦虫を噛み潰したような表情になった。


「誘われたから関係を持っただけだと主張されたら、それを否定できる証拠はない。王女の過失になりそうな要素を、公にする訳にはいかないんだ。ただし、あくまでも主張するのはゴールドフロントの王太子のしたことについてのみで、ルチアちゃんのことは箝口令を敷く予定で……」


 ノイアーが拳で机を叩き……、その凄まじい音でサミュエルは言葉を失い、ルチアは机に視線が釘付けになった。いかにも高級そうな一枚板のぶ厚い木の机が、ノイアーの一撃で折れてしまっていたからだ。机の上でルチアが何回ジャンプしようがびくともしそうにない、しっかりとした机だったのに。しかも、せっかく抑えた覇気もよりパワーアップして、髪の毛が逆立つんじゃないかというくらい空気まで震えた。


「サミュエル、ふざけたことをぬかすな」


(敬称がどっかいっちゃったよ) 


「もちろん、ルチアちゃんに罪がいかないように、僕もフォローは入れるつもりだ」

「罪?なんの罪もないのに、そんな心配が必要になるようなことをするつもりだと受け取るが良いか」


 ノイアーが怒る気持ちもわかるし、ルチアだって身に覚えのない罪をかぶりたくはない。しかし、前世で王太子妃教育を受けたこともあるから、国としての立場も理解できた。


「ノイアー、落ち着いて。国同士の交渉になるんだから、そりゃ付け入る隙を作らないようにするのはわかるよ。特に、ゴールドフロント王は、あの王太子の父親とは思えないくらい、頭が回る方だから」


 アレキサンダーを下げているのか、ゴールドフロント王を上げているのかわからない発言になる。


「そうなんだよね。で、本当に申し訳ないんだけど、この件が落ち着くまで、ルチアちゃんに監視を……って、ノイアー!なんで剣に手をかけているのかな?話は最後まで聞こうか」


 ここで剣を振り回されて、つい、誤ってルチアにグサリ!……なんてことになったら困るから、ルチアも慌ててノイアーの手を押さえて、抜剣を阻止する。


「ノイアー、私の前で絶対に剣は抜かないで!できれば矢にも触らないで欲しい」

「矢?」


(あ、つい前世の死因まで付け足しちゃった)


「いや、それより私に監視って?もしかして、アレキサンダー殿下みたいに軟禁とかですか?」

「そうじゃないよ。ルチアちゃんはいつも通り、エムナール邸で過ごしてもらってていいんだけど、屋敷の周りに兵を置かせてもらうのと、外出時は監視をつけさせてもらうかな。あと、手紙とかは申し訳ないけど、検閲させてもらうと思う」

「ああ、別に誰に手紙を書くとかないから大丈夫です。外出も特にする予定はないし」


 それならば、ほぼいつもと変わらない日常が送れそうだ。


「エムナール邸を監視……いや警備する人材は、ノイアーが選出してくれてかまわない。あと、ノイアーはしばらく自宅勤務だね。名目はルチアちゃんの監視だけど」

「自宅勤務!?」


 ルチアの声が弾んでしまう。


(それって、ノイアーと朝から晩まで一緒にいられるってことかな。監視、万歳なんだけど)


「アハハ、嬉しそうなところ悪いけど、自宅で仕事だから。エムナール邸で会議することもあるからね。僕もちょくちょくお邪魔すると思うよ」


 それでも、朝昼晩と一緒にご飯が食べられるに違いない!


 エムナール邸が仮軍大将本部になったことで、屋敷の中は軍人で溢れ返り、サミュエルはちょくちょくというか毎日エムナール邸を訪れるようになった。しかも、唯一二人っきりの朝食にまで乱入され……。もちろん、昼食も夕食も一緒にとることは叶わなかった。








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