第32話 親善大使 3
「それにしても、プラタニアには美しい女性はいないのか」
晩餐会中のアレキサンダーの失言に、思わずお肉を丸飲みしそうになり、ルチアは慌てて果実水でお肉を流し込んだ。
(美しい女性がいないんじゃなくて、あえて女性をあなたの視界に入らないようにしているんですよ!)
「ライザ王女だったか?人見知りが酷いって聞いたが、お二人方の妹御ならば、かなりの美女なんじゃないか?ぜひ、一緒のテーブルで食事がしたいものだ」
アンドレアとサミュエルの顔をマジマジと見てから、アレキサンダーは後ろ姿しか見えないライザをあっちからこっちから覗き見しようと身体を揺らしている。
(バカっぽい……)
「ライザ様は大層お美しい王女様でございますよ。プラタニア一の美姫と言って過言ではありません。そう言えば、ライザ様にはご婚約者はまだおりませんでしたな。アレキサンダー殿下のご婚約者は?」
同じ席にいた貴族の一人が、気を利かせたつもりなのか、ライザとアレキサンダーの縁を結ぼうと話を振る。アレキサンダーはチラリとルチアを見ると、なぜかニンマリと笑う。
「そうだな、婚約者はまだいない。考えている女はいるが、彼女はただの貴族の娘だから、ライザ王女と縁を結ぶのなら、ライザ王女が正妃でその女は第二夫人になるだろうな」
なぜルチアに視線を合わせて言うのか。下手なウインクまでされ、ルチアは鳥肌がたってしまう。
「そう言えば、ルチア嬢はアレキサンダー殿下の婚約者候補に挙がったこともあったそうですな」
さっき余計なことを言って、アレキサンダーの興味をライザに惹きつけた貴族が、さらに余計なことを言う。
「お断りいたしましたよ」
ルチアははっきりと答える。「私なんて……」とかへりくだらないところがルチアらしいところだ。第一、身に余るお話だから辞退したみたいな言い方をしたら、じゃあノイアーと婚約したのは身の丈に合った話だったからかと、ノイアーがアレキサンダーよりも格下みたいに聞こえてしまうではないか。
「ルチア嬢からお断りを?」
他の貴族も興味津々聞いてくる。
「ええ。婚約の打診は受けましたが、私はノイアーに憧れていましたから」
「なんと!アレキサンダー殿下よりもエムナール伯爵を選んだということですか?」
彼らの言わんとしたいことはわかる。アレキサンダーのことを知らなければ、見た目はそこそこイケメンでしかも未来の国王だ。王太子妃と伯爵夫人を天秤にかけて、伯爵夫人を選んだルチアのことが信じられないのだろう。
「私が選んだんじゃないですよ。そんな烏滸がましい。私から釣り書をノイアーに送って、お嫁さんにして欲しいってプッシュしたんですから。私が選んだんじゃなくて、運良く選んでもらえたんです。おかげさまで、政略結婚ではなく、好ましいと思っていた男性と婚約ができて、ありがたいですよね」
「ほー、ルチア嬢がエムナール伯爵にベタ惚れ……ということですか?」
「ええ。例えどんな高位な方より、ノイアーの方が魅力的ですから」
アレキサンダーは明らかにムッとしたような表情になったが、そんなことは気にしない。
「アハハ、ルチアちゃんって面白いよね。ノイアーがいい子と婚約できて良かったよ」
「本当のことですから」
「ハハ、だってさ、ノイアー」
話を振られたノイアーは、ナイフで肉を切り分けると、それをまだ切っていないルチアの皿と交換していた。
「……ノイアー、おまえってつくすタイプだったんだね」
呆れた様子のサミュエルに、ノイアーは淡々と答える。
「サミュエル殿下、意味のわからないことをおっしゃらないように。ルチア、パンを食べるか?取るぞ」
「うん、ありがとう」
ルチアはお肉を一切れ食べると、ノイアーを見上げて「美味しい!」とニッコリ微笑み、ノイアーはその笑顔を見て微かに目元を緩めた。それを見た同じ席についていた貴族達にざわめきが走る。
ノイアーが敢えて覇気を引っ込めていたせいもあるが、ノイアーの顔を直視して畏怖を感じないことなど今までなかったし、何よりノイアーが笑み(と言うには僅か過ぎる変化しかなかったが)のような表情を浮かべることがレア中のレアだったからだ。
「エムナール伯爵、ルチアのような子供との婚約、さすがに卿の本意ではないだろう。うちを脅威に思ってルチアとの婚約を決めたのだろうが、僕がわざわざプラタニアに足を運ぶくらいには、現時点ではゴールドフロントとプラタニアは対等な立場になったと言える。これからは友好関係を築いていきたいと、我が父も言っているんだ」
「……」
対等な立場……と言えるかどうかは、これからはプラタニアの意向次第ということに、アレキサンダーは気がついていないようだ。あくまでも格上の自分が来てやったんだからありがたがれと言わんばかりの態度に、ノイアーの眉間に皺が寄る。
アレキサンダーは、ノイアーに話しかけておきながら、視線をアンドレア王太子やサミュエル第二王子に向けているから、ノイアーの様子の変化に気がついていない。
「だから、無理してルチアを娶ることはないし、なんなら僕が今回連れて帰ってやってもいいと考えている」
「は?」
地の底を這うようなドスの効いた声に、アレキサンダーは恐る恐るノイアーに視線を向け凍りついた。他の貴族達は、脂汗を垂らしながら、あからさまにノイアーから視線を外している。
覇気とかそういう問題ではなく、鬼の形相というのは、まさに今のノイアーのこの表情のことを言うのかもしれない。
長い付き合いであるサミュエルさえ硬直する中、ルチアだけは平然と食事を続け、お肉を食べ終えたところでノイアーの腕をポンポンと叩いた。
「ね、届かないからパンのお代わりとってもらえますか」
「ああ」
ノイアーがパンをルチアの皿にのせると、ルチアはパンをちぎってノイアーの口元へ持って行く。
「ノイアー、全然食べてないじゃないですか。はい、アーン」
ノイアーは、素直に口を開けてそのパンを口に入れる。パンを咀嚼して嚥下した頃には、ノイアーの表情も元に戻り、張り詰めていた空気も緩んだように感じられた。
「おなかがすいてると苛々しますからね。サミュエル殿下も、そのお肉食べないんですか?美味しいですよ」
「そ……うだね。いただこうか」
アレキサンダーは、ノイアーを御せるのがプラタニアの王太子でも第二王子でもなくルチアであることに驚きを隠せなかった。アレキサンダーの記憶にあるルチアは、可憐な妖精のような少女で、霞を食べているような儚いイメージだったのだが……。
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