三話 体育祭 2
「というわけで、温泉です!」
マジで貸し切ってるー!
家族風呂用の露天を貸し切っているとのことで、戸貝雪が俺、夜、砂羽、楓子を誘って、土曜日にヘズモの温泉施設にやってきていた。いざ目の前でやられると、色々言いたいこともできるし、なんだが眩暈がしてきた。思わず眉間に指をあてる
「お前なぁ、戸貝。男も一緒に入浴してることがバレたらどうするんだよ」
「家族風呂なので。それに、お父様には、『お友達みんな』と一緒に入ると言ってあります!」
ああ、悪知恵働かせちゃったよこの子。
「いいではありませんか。温泉入っちゃいましょう、絢」
「そーだよ、別に。一度や二度じゃないでしょ、裸なんて」
「そうっすよー、もうここまで来たら一緒一緒っす」
「テメェら倫理観をどこに置き去りにしてきた! 今すぐ拾って来い!」
「連日酒池肉林してる張本人に言われましても」
「俺は契約でしてるんであって、お前らまで毎度毎度混ざる必要性はないだろうが!」
「はいはい、とっとと行くっすよ。あのモード抜きでアタシを止められるっすかー?」
「……俺の負けだ」
いぇーいとハイタッチする戸貝と楓子。お前らいつそんなに仲良くなったんだよ。女子は相変わらず訳が分からん。昨日の敵は今日の友とかないだろ、って俺も人のことはあんまり言えないが。
もう俺はさっさと入ることにした。ぱっぱと脱いで、腰にタオルを巻き、先行して奥まった場所を目指す。無論、掛け湯を施して。
温泉に浸かると、うだうだやってた時間がどうでもよくなるくらい、骨身に染みていくのが分かった。やはり酷使し過ぎているらしい、腰の部分に効いていくような感覚がある。
体を伸ばしながらどっぷりと温泉に浸かっていると、砂羽が最初にやってきた。掛け湯をしてから飛び込んでいる。跳ねたお湯が顔面にくるが、どうでもよかった。
「絢にいちゃーん! ってあれ、何かどこか遠くを見てる」
「砂羽、温泉はいいぞぉ……」
「えー、絢兄ちゃんじじむさい。クロールで勝負しよ!」
「しねえよ……」
元気な砂羽。発育はあんまりだったが、それは透明少女の八割方の構成員に言えることだ。しかし、胸はなくはない。小さめの女子中学生みたいな雰囲気。
「し、失礼しまーす……」
しっかりタオルを巻いた戸貝がおずおずと入ってくる。俺をじろじろと見ているが、何なのだろう。
「……凄く、体が引き締まってますね。腹筋が割れているところ、初めて見ました」
「そりゃ仕事だからなー。ありがとなー、戸貝。温泉はいいわぁ、これ。気持ちいい……」
「そ、それは何よりです」
戸貝は俺の隣に落ち着く。胸はあるな……白い肌が水を弾いている。結い上げられた黒髪。うなじが綺麗だ。見ているのが分かると、彼女は慌ててそっぽを向いてしまう。初心だ……こういう反応久々な気がする。でも俺を誘ったくせに照れてるのはなんでだ。
「ほほー、両手に花。いいっすねえ」
楓子もやってきた。スタイルは透明少女構成員の平均より上だが、フツーの、少しスレンダーな女子高生くらいのプロポーション。こいつはタオルなんて軟弱なものは巻いてない。砂羽もだが。
「はやいですね、皆さん」
「うわ」「わぁ……」「おおお……!」なんて声が女性陣から上がる。
夜は育った胸のあたりにタオルを当てているが、色々見えてしまっている。本当にそこだけが暴力的だ。身長も透明少女の構成員にしては大き目。色々とぶっとんでいるが、それでもやはり身長は百五十センチと少ししかない。だが、圧倒的な存在感の双丘に、女子一同、感心しているらしかった。俺より視線が露骨だもの。
「ほら、絢も。ナイスバディーなお姉ちゃんですよ」
「部屋で散々見てるよ」
「これだから……。まだ鼻息荒くチラチラこちらを見てくる童貞丸出しのリアクションの方が可愛いというものです」
「実際に俺がそうしたらどうすんだ?」
「そんな絢は存在しないので大丈夫でしょう」
「この無意味な問答、いるのか?」
問いかけに返事はない。全員が温泉を満喫している。一人、泳いでいるやつもいるが。ていうかバタフライはやめろ。
「あ、あの、那由多くん」
「なんだ、戸貝」
「か、体、少しだけ触らせてもらえないでしょうか……? ちょ、ちょっとでいいので!」
「別にいいけど……好きにしろ」
「で、では、失礼します……」
戸貝の白くて柔らかい手が、腹筋に当てられる。ちょっとくすぐったい。
「か、硬い……やっぱり、女の子と全然違います……」
「俺を平均的な男子で語らない方がいいと思うが……。ここまで絞ってるの俺くらいだぞ、年頃の男子でさ」
「ち、力こめてください!」
「こうか?」
「わぁぁぁ! 男の人の体って凄いなあ……!」
色々と危険な発言に思えるが、温泉の前ではどんな言葉も無力だ。
やっぱ人間、たまにはお湯に浸かるものだな……。
「絢はお風呂好きですもんね。最初は行くのをめんどくさがるんですが」
「まーな……。シャワーだといいが、風呂はやっぱ拘束時間が……でもやっぱたまにはいいよなあ、こういうの……」
「同感です。どうにも血行が悪くなりがちですからね、ワタシや雪様は」
「う、うん。でも夜さんほどないと思う。おっきいもん、お湯に浮いてるし」
「ですかね」
「あー、限界。一旦体洗う」
俺は立ち上がった。その時、タオルが落ちる。
「!?!?!?!?!?!!!?!?!!?!」
真っ赤になった戸貝が、思いっきり後ろに倒れた。派手な水しぶきが上がる。気絶しているな。のぼせたらしい。
「砂羽ー、こいつの体拭いて服着せてやれ」
「うん! 雪ちゃん、いこ!」
「ご、ご立派さま……ううん……」
戸貝には平時でも刺激が強かったようだ。ドンマイ。
俺は体を洗ってから、二十分程度お湯を楽しみ、上がったのだが、ロビーには団扇で仰がれている戸貝の姿が。まだ顔が赤い。
戸貝が目覚めてから、俺は人数分の牛乳を買ってやった。砂羽はフルーツ牛乳、夜と楓子はコーヒー牛乳、戸貝はノーマルの牛乳だった。俺は売店で売っていた吸うタイプのアイスを流し込む。
チラチラとこちらを見てくる戸貝だったが、たまに下の方に視線がいってるのを俺は感じていた。指摘はしなかった。俺も昔、ああだった頃がある。性を自覚したての頃だった。
フルーツ牛乳を飲み終わった砂羽はとても嬉しそうだった。
「うん、美味しい! 絢兄ちゃん、ありがと!」
「気にするな。俺もいい思いをさせてもらったからな」
「お、綺麗どころの女性陣とお風呂をご一緒だったことっすか?」
「オッサンか楓子、テメェは……。温泉に決まってんだろ。たまに来る分には良いな」
「でもあれっすよ、こういう時、女性には謎の光が出てて視聴者には見えないんっすよ、裸が!」
「何の話だ……」
「男性がこのんで視聴するアニメーションですね。お約束というものです」
「全容が見えんものを何で視聴するんだ」
「もろ出しよりは隠されていた方が淫靡なのでは? でもやはり謎の光の帯は風情を感じないのも個人的にうなずけます。絢はどうお考えでしょうか」
「俺に訊ねても一般回答にはならんぞ」
「でしたね、組織の中で『種馬』というあだ名を持つアナタが」
「おい誰だそんなことほざいてんの! お互い合意でしかしてねえからな!?」
救世主とどっちがいいかは正直微妙なところだ。どちらも頷きがたい。救世主は大げさで、種馬は事実上否定できないがプライド的に遠慮したい感じ。
戸貝が、やはりジトっとした目で俺を見ている。
「…………経験、豊富なんですか?」
「いや、まぁ……数はな。こういう話は好きじゃないんだが……女子も好きじゃないだろ? こういう下の話は……」
「好きです」「別に?」「好きっす」「きょ、興味はあります!」
マジかよ、お前ら少しは普通の女子見習って照れるとかしろよ。夜は即答してるし、砂羽はどうでも良さそうだし、ニヤニヤしながら楓子はこっちのリアクションを窺い、戸貝は鼻息が荒い。もうヤダよこの空間。どうしてこうなった。どうして……。
「まぁ、今回は那由多くんへの応援も込めてますので。体育祭でいっぱい活躍してくださいね!」
「……たいいくさい?」
聞きなれない単語に首を傾げるものの、夜が説明してくれた。
「赤、黄、青というくくりに分けて、身体能力を競う学校側の催しです。バリエーションが豊富な種目があり、刺激が足りないであろう高校生に色々とストレス発散や運動へのモチベーション強化などを主眼に置いて開催されるお祭りです。文化祭、の方が本来の祭りに近いものがありますが、この体育祭もかなりの人気を誇るようです。ただ、運動嫌いな学生からは忌避されますし、今はなくなりましたが強制練習などもあったようで今でも苦手意識を持つ人間は多数いるのだとか。しかし、運動ができる人間はここで真価を発揮して、女性へアピールするらしいのです。青少年は一発ヤるために。女子はいつも似合いもしないメイクなどで着飾って男の気を引く雌猫共に格の違いを思い知らせてやるために、必死になるわけですね」
「それは、部活動というものではだめなのか?」
「部活動は、帰宅部という我々と縁がない人間が目にするのは珍しいのです。ほぼ全校生徒に周知されることで、多人数の目に晒される。これは絶好のアピールの場でもあるのです」
「た、体育祭をそこまで捻くれた解釈されたの初めてだなあ……」
戸貝は苦笑していた。どうやら夜の認識も極論であるらしかったが、大まかな反論も出ていない。話七割くらいで受け取っておこう。
「その、体育祭? とやらは全員参加なのか?」
「当然でしょう。絢も寝ている間に勝手に種目が決まってますよ」
「え!? マジでか、起こせよ夜!」
「寝たら放課後まで起きないでしょう、どうせ。緊急時じゃないからいい、と」
「……何に出る羽目に?」
「ワタシが選んでおきました。一瞬で全てが終わる百メートル走と、女子か男子をお姫様抱っこして駆け抜ける変わり種らしい、花婿は俺だ、という種目。後は全員参加のリレーですね」
誰を担ぎあげねばならないんだろう。出来れば男子がいいが……。
「夜は何に出るんだ?」
「玉入れとリレーです。ちなみに砂羽は女子綱引きとパン食い競争とリレー、楓子はじゃんけんで負けて千五百メートル走と障害物競走、リレーですね。雪様は借り物競争と花婿は俺だ、の花嫁役、そしてリレーです」
「ていうか花婿は俺だ、は戸貝が出るなら結構希望者いたんじゃねーか?」
「いましたが、雪様の逆指名で絢に決まりました」
「コラ戸貝、お前何してくれてんだ! 目立ちたくねーのに!」
「い、いいじゃないですか! 友達ですし! もっと仲良くなりたいですもん!」
「やかましいわ! はーっ、まぁいいや。百メートルは流して終わり。花婿は俺だも流す」
「ちなみに、アリス様が絢の活躍を監視しているとのことです」
「くそ、俺の女神よ、なんて仕打ちを……」
手を抜くな、とのことらしい。しかし学生相手のお祭りに本気を出すわけにもいかないだろう。俺の身体能力は世界大会とかそういう基準ではない。全てが規格外なのだから。そこいらは綱引きをやる砂羽も上手くやるだろう。あいつがいれば力士五人くらいと綱引きしても余裕だろうし。ああ、でも死ぬほどめんどくせえ……。
「ドンマイ、絢兄ちゃん!」
「ちなみに、体育祭っていつだよ」
「明日です」
「マジかよ!? え、ガチで!?」
「マジのガチです」
淡々と告げてくる夜を恨んでも仕方ないのだが、悲しい事実に震える。どうやら心の準備とかそういうのもなしに、明日ぶっつけ本番らしい。
アドリブは得意だが、もう、なんか、どうでもよくなってきた。
「戸貝、明日サボんねーか? 行きたいって言ってたカフェ行こうぜ」
「え! ……い、いやいや、ダメです!」
「ですね。お姫様抱っこを選択しない理由が雪様にはありませんもの。全女子の夢ですからね」
「人によると思うっすけどね」
「お姫様かぁ。なんか憧れないなあ」
「ええ……? 二人ともお姫様抱っこ、ロマンとか感じないの?」
「うーん、特には。姫なんて痒いし」「どーかん。何か、姫扱いとかあたし嫌だなー」
戸貝の問いかけに一般から逸脱した女子二人が首を横に振った。俺はどうでもよかったので、先の予定を考えつつ、やはり憂鬱になったので手元でぬるくなっていたアイスを吸い込む。
いつも甘いアイスだけが、俺を癒してくれるのだった。
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