3-1.「人気店になりそうな当店への、産業スパイですね!」
アルミシアン領直下、都市マルクエに新居を構えて二ヶ月が過ぎた。
王都からの逃亡に始まり新居移住、新薬局の立ち上げとまさに怒濤の日々であったけれど、密かなやりがいを感じていたのも事実だ。
日々、シノと一緒にちまちま薬草を採取し薬を精製する。
自宅の一部を改装し、棚を揃え価格を決め、内装なり何なりを一緒に考え……といってもクラウにはセンスがなかったため彼女に任せきりだったが、とにもかくにも店舗開店へとこぎ着けた。
もっとも、閑古鳥が鳴くのは間違いないだろう。
名もなき薬屋、それも地元民ですらない者が開いた店など誰も来ないだろう。
そもそも、薬屋など繁盛するものではない。
細々とした収益があればまだ良い方、赤字もやむなし、とクラウは残りの貯蓄と顔を見合わせながら考えていたのだが――
「わあっ、たくさん売れましたね。お疲れ様でした!」
「……シノ様。何かされましたよね?」
「え? 何がです?」
「可愛い顔してとぼけるのも無理があります」
空欄の目立つ棚を見上げ、クラウは呆れるしかない。
懸念はどこへやら、薬は七日と経たずに五割が売れた。これを不自然と思わないなら、そいつは魔薬師を辞めるべきだ。
「シノ様。普通、薬というのは腹痛になったら腹痛の薬、風邪になったら風邪の薬を求めます。どれも一律に売れるというのはあり得ないかと」
「先生の薬の効能が高いので、買い置きしたかったのでは?」
「効能が高い、という認知度を得る前の段階で売れるはずないと思うのですが……」
クラウの問いに、シノは目を細めてくすくすと笑う。
大方、お偉い様方に粉をかけて購入を促したのだろうが……。
「シノ様。我々は一応、逃亡中の身です。アルミシアン領は王都から離れているとはいえ、ウィノアール家の名を使うのは控えた方が良いかと」
「ああ、そちらも偽名を使っておりますので、ご安心ください。それに、ツテの方も、単に腕のいい薬屋が出来ましたよと伝えただけです。需要が大きいのは単に、魔薬師不足に悩んでいる本領の特徴かと」
「そうでしょうか」
「ええ。私の助力は最初だけ。あとは、クラウ先生の実力がそのまま売り上げに直結しますね」
メモ帳を片手に、ふふっと笑うシノ。
案外、彼女には商才もあるのかもしれない、とクラウが考えていると、カランと鈴の音とともに来客が訪れた。
この二月でお知り合いになった、近所のご老人様だ。
「ああ、ソラちゃんドグラ君こんにちは。すまんが、腰が痛くてね……何か、腰に効く薬はないかね?」
「ふむ。バーゼルお爺様、いつから痛みます? どの辺りでしょうか」
ドグラ、と呼ばれたクラウが応じる。
ソラと、ドグラ。二人の偽名だ。
身を隠す意味もあるし、ウィノアール家の名を”青”派の領地で名乗るリスクもあると考えての処置だ。
して、ご老人の話を聞けば、今朝から急に背中が痛くなったという。
他にもいくつか症状を聞き、クラウはふむと顎に手を当てる。
「すみませんが、その症状ですと薬より治癒医院にて診察を受けた方が宜しいかもしれません」
「そうなのかい? でも、痛み止めの薬があったような……」
「痛み止めというのは、痛みを和らげるお薬であって症状を改善するものではありません。あと急に痛くなった場合ですと、筋肉の痛みだとか腰が曲がってるとか、そういうのとは違う痛みの可能性もあるので、きちんと治癒術師に診て貰ったほうが良いですね。お薬はその後です」
アルミシアン領の治癒術師は少ないものの、幸い、クラウが知る近所によい施術屋がある。
そちらを案内すると、バーゼルご老人はぺこぺこと頭を下げて店を後にしていった。
見届けたシノが、もう、と腰に手を当てる。
「先生。せっかく来てくれたお客さんを帰したら、商売になりませんよ?」
「商機も大切だという意見には賛成ですが、効果のない薬を処方しても仕方がないかと」
「まあ、それが先生らしくて良いのですけれどね」
本気で怒っている訳でないのは、みればわかった。
目元は笑っているし、口元もニヤついている。
シノは案外、考えてることが顔に出やすいタイプだなと思い――ふと、それに気づけるくらい、彼女と生活を共にしているのだな、と気づかされる。
(二ヶ月。彼女に引っ張られるまま、あっという間に過ぎましたが……本当に、助けられてばかりだ)
本当に、彼女には感謝しかない。
それに――
(この調子で売れるなら、黒字には十分。……自分のペースで仕事が出来るというのも、案外、楽しい)
医院での仕事は当然だが、トップダウン式だ。
治癒術師の希望を聞き、必要な薬を精製する。
時には治癒術師と議論し、自分の提示する薬のほうが効果的だと助言することもあったが、残念ながらクラウの意見を聞き入れる者は多くなかった。
紛争時はそれ以前の問題で、自分のペースなど考えている暇もなく、場当たり的に対処するしかなかった。
そう考えると、いまの環境は過去最高に、楽しいかもしれない。
「……シノ様には感謝しかありません」
「え、どうしたのです先生、唐突に」
「このような環境を用意して頂けたこと。自分の方針で薬を処方できる、というのはありがたいなと」
「それは先生に実力があるからではありませんか? 薬を自分で判断し、きちんと処方できない先生だと、逆に困ってしまいそうです」
「まあ、そうかもしれませんが」
ある意味、クラウの実力の賜か。
……何にせよ、自分の能力をきちんと発揮できる現場はありがたいし、だからこそ、いまの環境を守らねばならない。
(いずれ、ライラック家や……魔薬関係だと、エーゼック家に目をつけられそうですが、その前に――)
クラウは今後の未来について思いを馳せつつ――
薬局の入口を閉じた。
シノが、眉を寄せる。
「先生? 閉店時間はまだですけれど……いえまあ、薬はだいぶ売れちゃいましたけど」
「シノ様。先程から当店を見張っている者がおりますが、心当たりございますでしょうか」
「へ?」
クラウは常時、精霊の囁きを耳にすることができる。
福次作用としてうっすらと他者の気配を嗅ぎ取ることができるのだが、どうも、バーゼル老の来訪前あたりから、何者かが当店を監視している気配がある。
場所は、向かいの路地裏から。
悪意の有無までは、さすがに分からないが――
「……もしや、シノ様への追っ手でしょうか」
「うーん……可能性は、なくはないですが……多分違いますね」
「そうなのですか? シノ様を探されること自体は、不自然でないと思いますが」
「普通はそうなのですが、人捜しを依頼する時点で、カーテル家の醜聞を外に漏らすことになります。私の実家でしたらもう少し、及び腰な気がするのですよね……」
そこまで徹底するのかという驚きと、娘の安否より醜聞を気にするのかという空しさを覚え、クラウは黙る。
シノ自身はすでに割り切っている節があるので、自分がとやかく言う権利はないが。
代わりに出来ることといえば、不審者の正体を暴くくらい、だろう。
「分かりました。では、ウィノアール家の者でない可能性が高いと。では少々乱暴ですが、正体を暴いてしまいましょうか」
え、と目を丸くするシノを余所に、クラウは多めの魔力を手のひらに込める。
店のドアを開け、整備された地面に手を触れる。
クラウの精霊術は、自然の力を借りるもの。
普段は薬作りに、暖を取る、水を出して喉を潤すといった使い方しかしてないが、様々な応用が可能だ。たとえば、
「すみませんが、少しばかりお力添えを頂きます。……どうか」
クラウが願い、大地に魔力を譲渡する。
願いを聞き入れた土の精霊達が、目に見えない形で地を走り――
「わひゃっ!」
届いた悲鳴に、クラウとシノが路地裏へと駆け寄れば。
見事、整備された土から泥が盛り上がり、怪しげなコート姿の女性の足を包んでいた。
「え、えええっ、何これちょっと、びっくりなんですけど!?」
「すごい先生、本当に捕まえたんですね! ……で、あなたは誰でしょうか?」
シノの問いに、ぐっ、と声に詰まる少女。
年頃は、シノと同じくらいか。
黄金色のツインテールを揺らし、あわあわと慌てふためく少女は、見たところ害意はなくむしろ素人丸出し感だ。
精霊達の気配から察するに悪意もなさそうだが……
シノが、もしや! と指をつきつける。
「人気店になりそうな当店への、産業スパイですね! いえ、そうに違いありません。さては同業者とみましたっ」
「いや。当店まだ開店して七日も経ってませんし……」
違うと思うんですが。
「バレた!? いやだって気になるもん、新しい薬屋なんて! 同業者なら様子見に来るよね!」
本当だった、と、クラウは呆れる。
そういえば、アルミシアン領は魔薬師が少ないんだった――同業者が店を開けば、気になるのは至極当然の話であった。
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