第29話 球技大会 10



絵麻のクラスの優勝を俺は本部席から眺めていた。彼女が今回あまり練習が出来ておらず、不安がっているのも本部役員として一緒に行動していたから知っていた。


だから、表彰され仲間と喜びを分かち合っているところを見ると、自然と頬が揺るむ。

良かった。彼女の努力が報われて。

大会に向けて人一倍頑張ってたもんな。


普通、あんな約束を持ちかけたんだから本当は練習したかったはずだ。だが、どこまでも責任感が強い彼女は大会の成功を第一に考えていた。


そのおかげもあり、今回の球技大会は、あの一件以外は特に大きな問題が起こることなく閉幕した。

機材の片付けなどを済ませて教室に戻ると、皆はもう解散して帰路に着いていた。明日は午前だけ学校があるため、その時に改めて表彰されるらしい。


夕陽が差し込む、教室で佇んでいると絵麻がやってきた。どうやら、彼女のクラスも先に解散してしまったようだ。


「せんぱい…お疲れ様です」


「あぁ……お疲れ様。それと、おめでとう。大活躍みたいだったな」


「どうやら、そうらしいですね。わたしはずっと必死にプレーしてただけだったのでいいプレーしてる実感とかそんなになかったんですけど……」


「縁の下の力持ちって感じだった。みどりさん……?だったか…その人がMVPなら絵麻は影のMVPと言っても過言じゃないくらい凄かった」


「ありがとうございます。せんぱいにそう言って貰えるなんて嬉しいです。頑張った甲斐がありました」


はにかむ絵麻に対して、手をそっと頭にポンと置く。


「せんぱい……?」


「えらいえらい。有言実行したんだから俺もちゃんと、約束は守らないと」


「あ、そっ…そうでした。約束……あの、えっと……わたし…せんぱいに…言いたいことが」


「うん。言いたいことは俺もある。だけど、別件を先に済ませない?」


「別件……ですか?」


「あぁ…俺もやられっぱなしじゃいられないから」



しんと静まりかえる校舎。静寂の中にコツコツと二人の足跡だけが鳴っている。


「あのぉ……せんぱい……これからどこ行くんですか…?玄関口は逆ですよ??」


「帰る前にちょっとな。ほら、見えてきた」


戸惑いながらも後をついてくる絵麻に対して俺は目的地を指差した。


「校長室……ですか…?」


「うん…下校する前に呼び出されたから」


「呼び出し……?せんぱい、何かやったんですか…?」


「俺はなにもしてないよ。俺はね。ほら、着いた」


二人で校長室の前に並び、コンコンとドアをノックすると「どうぞ」と中から声がした。


「行くか…」


「え、ちょ、ちょっと…わたしもですかっ…!?」


「絵麻にも関係あるから」


そう言って、絵麻の手を引き校長室に入った。


◯ 絵麻 side


「やっと来たか、遅いぞ宇積田」


「すみません、ちょっと片付けに時間かかっちゃって…」


「そうか。それはご苦労だったな。あの件に関しては、私の方からいま校長に説明し終わったところだ」


「そうなんですね。ありがとうございます」


「え…鏑木せんぱい?それに………那須先輩も」


校長室に入ると、出迎えてくれたのは校長先生だけではなく。椅子に座り優雅に寛いでいる鏑木先輩とどこか絶望した様子で膝から崩れ落ちている那須先輩の姿があった。


「なんだ…藤森もいたのか」


「彼女も間接的に関係してたので連れてきました」


「そうか。わざわざ呼び出しておいてすまないがもう話は決着が着いた」


「は、話って……なんのことですか?」


トントン拍子で話が進んでいくなか、わたしだけが取り残されている。まず、何故わたしがここにいるかすらも理解できていない状況なのだ。


「なんだ。宇積田から聞かされてないのか?」


「はい、何も…」


「おい宇積田。連れてくるなら、何かひとこと言っておくべきじゃなかったのか?」


「まあ、そうなんですけど。どう転ぶかわからなかったんで」


「わたしを頼っておいてよく言う」


どこか軽口を叩き合っている二人を戸惑いながら眺めていたらその視線に気が付いた鏑木先輩が「そうだそうだ…」と言いわたしに状況を説明してくれた。


「わたしが言っている話というのは、先日の一件からここにいる那須の特別指定枠を取り消しバスケ部から除籍させることだ。もちろん、大学やプロへの推薦状もなしになる」


「え……でも」


そんなことできるのか……?という思いが一番にきた。那須先輩が過去に自分でも言っていた通り、学校は事を大きくしないために那須先輩の味方をするだろうと思っていたから。


「どうせ、学校は何もしてくれない…藤森はそう思ってるんだな?」


「はい……」


「じゃあ、校長に直接聞いてみるといい。どうなんだ?今回の一件はまたもみ消すのか?」


「い、いや……それは……」


奥に座る校長先生はたじろいだ。


「どうしてまた歯切れが悪くなっている?さっき、証拠も見せただろ?これをもってる奴が学校中に溢れている。いつ外部に流出するかもわからない。そんな危険を冒してまで、守るのかって聞いてるんだ」


「しかし……」


「言い訳ならいらねぇよ。それともなんだ?自分の地位を失うのが怖いのか?安心しろ。どちらにしろおまえの未来は決まってるよ。ほら、処分を最小限に留めたいなら、そこの藤森に事実をちゃんと伝えろ」


「な、那須は……鏑木が言った通り、特別指定枠から外し、部活を退部させ、推薦も受理しない」


「だとよ。よかったな。お前の親愛なる人を傷つけた人がちゃんと裁かれて。それと、那須。おまえはちゃんと宇積田に謝罪しろ。あんなことしておいて謝罪のひとつもないなんて有り得ないからな」


「別に謝罪なんていらないですよ。それよりも、俺は絵麻にあんな風に言い寄った事を謝罪してほしいですかね」


「はぁ…まだ余罪あるのかよ…」


「別にこれ以上ことを大きくするつもりはありません。本人からの謝罪があれば満足ですので」


「ほら、聞いてたか那須。藤森に謝罪してほしいだとよ。いつまでも下を向いてないで早くしろ」


「…………」


「おい、聞いてんのか?早くしろって言ってるんだ」


鏑木先輩が睨むと那須先輩はびくりと肩を振るわせ、這いつくばるように私の前にきた。


「わ、悪かった……今後、いっさいあんなことはしないから許してくれ……」


頭を地面に擦り付ける土下座。おおよそ、那須先輩のあの態度からは想像できないものだった。

わたしとしては、自分に謝罪なんかよりもあんなことされたせんぱいに謝って欲しかったけど、せんぱいの那須先輩を見る目は、ホントに冷たいもので。

もう、別のものに認識してるような気さえした。


とにかく、謝罪を受け取ったわたしたちは校長室から退出した。

那須先輩のあの姿を見てもすっきりはしなかったが、ちゃんと裁かれてよかったと思った。


玄関口に向かう私たちの足取りはちょっと重い。

張り詰めた空気に気まずくなっているとせんぱいが口を開く。


「ちょっとだけ寄り道して行かないか……?」


と。


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