2章

第11話 お弁当


カシャ。


平日の早朝のことだった。

カーテンの隙間から差し込む朝日を遮るようにして人影が現れた。

その影は、四角い機械を手に取りそこから非日常的な音を奏でている。

仮に小鳥が囀っているだけならばどんなによかっただろうか。きっと、天然アラームで良い目覚めになっていたに違いない。


残念だ。実に残念。


うっすらと瞼を開ける先に「はぁはぁ」と息を荒く漏らす少女がスマホをこちらに向けていたのだから。


「………なにやってんの?」


「はぁはぁ……お、おはようございます。せんぱい」


「おはよう……もう隠すのはやめたのか?」


「はい!もう自分に正直でいることにしたので!」


「よく言うよ…」


以前、俺を起こしに来た時はサッとスマホを自分の後ろに隠していたのに今は見つかっていてもお構いなしと言うかのように隠そうとする素振りすら見せない。


絵麻が言ったように、これからは正々堂々俺を盗撮するつもりらしい。正々堂々としている時点でそれはもはや盗撮とも呼べないのだが。


「昨日はお義父さんもママも夜遅かったのでわたしが朝ごはん作りました!ゆっくりしてると冷めちゃうので顔を洗って早く来てくださいね!」


そう言い残して、絵麻は満足そうに部屋から出て行った。その間に、スマホを眺めてニマニマしていたのは言うまでもない。



昔から朝食は、インスタントが多かった。

こう言って仕舞えば、性差別に聞こえてしまうかもしれないが男二人暮らしで朝からちゃんとした朝食を作る家庭を想像できるものならしてみてほしい。

父さんは、多忙で大体深夜帰りなので翌朝は出勤時間ギリギリまで寝ていることが多い。

しかも、時短のため通勤の道中で朝食も済ませてしまう為わざわざ作る必要もない。

決して料理が苦手はわけではなかった。

昔はよく作っていたし。

だが、一人しか食べない朝食を豪勢にする。俺にそんな気概も時間もなかった。

藤森家と一緒に暮らすようになるまでご飯だけ炊き、あとは全てインスタント食品に頼っていた。


「さぁさぁ…お味はどうですか……?」


絵麻の作った朝食を食べているとこちらを覗き込むようにして感想を聞いてくる。


「びっくりした……すごくおいしい」


「でしょでしょ??わたしの作る料理は絶品で有名なんですからね〜??」


絵麻は得意げにしていたが、実際のところ本当に美味しい。

ウインナーにスクランブルエッグや味噌汁といった初歩的な料理だとしても焦がさず煮すぎず、味付けもいい塩梅だ。

料理技術で言ってしまえばおそらく俺よりも上だろう。


「にひひ、せんぱいが喜んでくれてるようでよかったです」


絵麻は既に朝食を済ませてしまったようで、洗い物をしながらこちらを眺めていた。


「見てて楽しいものなの…?」


そんなに見つめられるとこちらも少し食べづらい。


「楽しいですよ?観察のしがいがあります」


「俺は珍獣か何かか……?」


「そ、そんなこと……無きにしも非ずです」


「おい」


どうやら不当な扱いを受けているようだが、朝ごはんが冷めてしまうのはよくないため今だけは甘んじて受け入れるとしよう。

家を出るまであまり時間がないため、急いで食べていると絵麻が机上に四角い箱をポンとおいた。

それは、ピンク色の三角巾に包まれている。


「これって……?」


「お昼ご飯です」


「昼ごはん?」


「はい」


「なんで??」


「だって、せんぱいずっと購買のパンばかり食べてるじゃないですか〜!偶に食べるくらいなら別にいいですけど毎日同じだと栄養が偏っちゃいます」


「そうは言っても買って食べた方が楽だし……」


購買は決して安いわけではないが、手間を考えるとどうしても購買頼りになってしまう。


「だから、これです!」


「俺に作ってくれたってこと?」


「はい。せんぱいの分です」


「……手間かかっただろ?」


「元々わたしは自分で作ってましたし、別に一人増えたところで普段なんて大して変わりませんから」


確かにその通りなのだが。


「本当にいいのか??」


「も〜〜!!わたしがいいって言ってるんですから素直に受け取っちゃってくださいよ!それともなんですか??そんなにわたしにお弁当作ってもらうのがイヤなんですか!?」


「いやいや、そんなことないって!ただ朝早起きさせて作ってもらうのが申し訳なかっただけだから!」


自分の生活習慣以外のことをやってもらうのだ。

多少の負目ぐらい感じたって仕方ないだろ。


「もぉ!そんなことは気にしないでただ『ありがとう』って一言言ってくれればそれでいいんですよ!」


「そっか……ありがと。絵麻」


「えへへ……せんぱいのお役に立ててよかったです!」


それにしてもお弁当を持っていくのなんてそれこそ数年ぶりだ。高校に入ったばかりの時は張り切って自分のお弁当を作っていものだったが、いつのまにか作るのを辞めていた。だって、面倒だからね。


「あ、お弁当の中身は学校に行くまで開けちゃダメですよ?」


「どうして?」


「サプライズってやつです」


サプライズをしたくなるほど豪華なものを作ってくれたということなのだろうか?

今時は冷凍食品を弁当箱に敷き詰めるだけで自分で作ったと言い張る人もいるのに。


「とにかく、楽しみにしててくださいね??」


「あぁ、わかった」


ちょうど、朝食を食べ終わったのでシンクに食器をおいて水に浸けておく。

荷物を取りに自室に向かった際に隣の部屋から「うふっ、これでせんぱいとお揃いのお弁当……」「せんぱいのお腹の中にはわたしの作ったものが……」と聞こえてきた。


えっと、ここから入れる保険ってありますかね??


義妹からお弁当を作ってもらい、嬉しいはずなのに何故か冷や汗が止まらなかった。


――――――――――――――――

二章開幕です。

ちょっと立て込んでいるので毎日投稿は難しいですが、できるだけ頑張ります。



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