第2話 新たな日常

広々としたベッドから目を覚ます。僕は体をゆっくりと伸ばしながら、ベッドから降りる。そしていつもの日課を行うべく、裸足で絨毯の上を歩き、鏡の前に立って自分の顔を見つめた。


朝日に照らされ、金髪が柔らかな光を反射する。ボブカットの髪型は、幼く可愛らしい顔立ちを際立たせていた。


毎朝、自分の顔を見て僕は思う。


「ああ・・・ なんで僕はこんなに、ポテトのように愛らしい顔なんだろう・・・」


呟きながら、自分の「ポテトのようなまん丸な顔」をじっくりと眺める。この時間は、鏡に映った自分の顔を愛でる、僕にとって至福のひとときだ。自分の顔がまるで芸術作品のように思えてくる。


僕、エルト・ドライゼルは、今年で7歳になった。


僕はこの世界に転生し、ドライゼル家の第一息子として生まれたのだ。


ドライゼル家は男爵家で、広大な領地を持ち、小さな町を治めている。前世では最も栄えた都市の中心部、ビルの最上階で豪奢な暮らしをしていたけれど、今住んでいる中世風の豪邸は、それ以上に魅力的だ。周囲を囲む豊かな自然が、心を落ち着かせてくれる。


僕は服を整え、朝の支度を終えた後、食事室へと向かう。扉を開けると、笑顔で迎えてくれる母の姿が目に入った。


「エルトちゃん、おはよう。」


母は柔らかな笑みを浮かべ、僕を迎えてくれる。部屋の向こうでは、固い表情で新聞を読んでいる父が見える。朝食は毎日、家族全員でとるのが我が家の習わしだ。父や母が貴族の仕事で忙しく家にいない時を除いて、こうして一緒に食事をする時間を大切にしている。


「エルトちゃん、このごぼう、とても美味しいわね。何か特別な工夫をしたの?」


母が楽しそうに尋ねる。僕は誇らしげに頷いた。


「そうなんだ!最近、ごぼう畑の水分量を調節して、根が深く伸びやすいようにしてるんだ。それに、土を深く柔らかく耕して、ごぼうが真っ直ぐ育つようにしたんだよ。」


「形も良くて味も美味しいだなんて・・・エルトちゃんあなたは本当にお野菜の天才ね。」


母が感心していると、父が新聞から顔を上げ、ぽつりと呟いた。


「その熱意を剣にも向けてくれればな…」


その言葉に、母が優しくたしなめる。


「そんなこと言わないで、朝なんだからちくちく言葉は禁止よ。」


父は剣の腕で村人から貴族に成り上がった人で、その実力は国の中でも指折りだったという。そして、息子が生まれたら剣を教えると決めていたらしい。


しかし僕にとって、ポテトに関係ないことに熱意を注ぐなんて考えられない。父との剣術の稽古も、父の剣を教えたい理由を理解しているから一応しているけど…


ポテトを育てたい・・・。


朝食を終え、家族に一言挨拶してから、僕は自分の「楽園」へと足を運んだ。家から少し離れた場所にある、緑に囲まれた小さな森、その一角に僕の特別な場所がある。


「おはよう、畑諸君!」


そう、そこは僕の畑だ。3歳の頃から畑が欲しいと願い続け、4歳の誕生日プレゼントとして念願の畑を手に入れたのだ。


この畑には、僕が大切に育てている野菜たちが並んでいる。一つ一つが僕の手で育て上げたもので、全てが自分の理想に近づけるようにと心を込めて育てている。


「やあ、キャベツくん。今日もいい色だね。」


キャベツの葉に軽く触れながら、僕は微笑む。前世では病のため部屋から出ることすらできなかったが、今ではこうして自分の手で食べ物を育てられることが、何よりも楽しい。


しかし、唯一最大の問題があった。それは…


この畑にポテトがないということだ。


この世界の食材は、前世とほとんど同じ名前を持っている。しかし、どうしても「ポテト」だけは見つからない。いくら「ポテト」という名前を口にしても誰も理解しないし、「じゃがいも」とか色々言い方を変えたけど通じない。


そのことを知った時、僕はかなり落ち込んだ。しかし、ポテトの神様がこの世界にはポテトがあると言っていたから、今はいつポテトと出会ってもいいように、野菜を育てて知識を蓄えている最中だ。


今では安定して野菜が収穫できるようになったけど、始めた当初は本当に大変だった。畑を管理することは本当に簡単じゃなかった。


まず、畑の天敵といえば前の世界では烏のような動物たちだと思っていたから、畑をもらった翌日にはさっそく自家製のカカシを作って畑の真ん中に突き刺した。普通の藁で作ったカカシだったけど、自分で作ったものだからか、畑の中で凛と立つその姿には少し感動した。


でも、次の日、僕の自慢のカカシは、もう原型を留めていない無惨な姿で畑に横たわっていた。


まるで暴風にでもさらされたかのように、藁は飛び散り、木の骨組みは折れてしまっていたんだ。


僕のカカシをこんな姿にした犯人は、前の世界にはいなかった「魔物」と言われる存在だった。


魔物とは、魔力が溢れる場所から自然に生まれる凶暴なモンスターで、この世界ではどこにでも現れる可能性がある。魔物たちは言葉を話さず、本能のままに行動する。そのため、魔物が畑を荒らすのはよくあることだと言われている。僕の畑も、そんな魔物の標的になったんだ。


その時から、僕は魔物から畑を守るために必死に対策を講じることになった。


その対策として、僕は前の世界には存在しなかった「魔法」を使うことにした。


この世界では、魔力を使うことで「魔法」と呼ばれる力を行使することができる。魔法には火、水、風など様々な種類があるが、僕が最初に目をつけたのは「結界魔法」だった。この魔法は、指定した範囲に結界と呼ばれるバリアのようなものを張り、その結界に触れた物に対して特定の効果を発動することができる。僕は、この結界に人間以外が触れれば・・・


そう考えていると、右側の奥から大きな足音が聞こえてきた。そちらに顔を向けると


「あっ、魔物だ」


そこには畑荒らしの代名詞、四足歩行の狼「ベアウルフ」がいた。こちらの畑に向かって突撃してくるが、結界に当たった瞬間、体が痺れ、その場で気絶した。


このように人間以外が触れれば、雷の強烈なダメージが入り、気絶させることができる。このおかげで、今や畑への被害を0に抑えることができた。


ちなみに、こうして気絶した魔物は家に持ち帰って料理として登場する。実は魔物の大半は食べられるのだ。それも美味しい。母は、「エルトちゃん、ナイス手柄よ」と毎回手をグッドにして褒めてくれる。


しかし、結界魔法の真髄はこれだけじゃない。僕は結界魔法を学ぶ中で、ある決定的な効果に気づいた。それは、結界内にさまざまな効果を付与できるというものだ。僕はこの効果を見て、ある考えが浮かんだ。


「これは…ビニールハウスを作れるのでは!?」


そして、自分で研究を続けた結果、結界内の温度と湿度を完璧に設定することが可能になった。さらに、水魔法と土魔法を駆使することで、育てている野菜ごとに最適な環境を提供できるようになったんだ。


「まさに僕の楽園…ふふふ」


満面の笑みで、僕は今の環境に対して誇らしげに胸を張る。


待っていて、ポテト・・・ 僕は必ず君に会いに行く。


そうポテトに対して思いを巡らせていると、突然、先ほどベアウルフが現れた方向から声が聞こえた。


「なんじゃこれはあああああああ!」


驚いて声の方を向くと、そこにはまるで結界に吸い込まれるように頬を押しつけている、長い青髪を持つ人型の魔物がいた。

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