第41話 快楽(けらく)

 仏教用語に快楽けらくと言う言葉がある。

 修行の中で、世俗の欲を乗り越え、心が開放されて気分が良くなる状態を示す。


 今まさに、巫女バルブロ=イサベレ=アマンダ=アルヴィドソンは、それを感じていた。


 多少の痛みはあった。

 だがそれは、温かな光に包まれたときに消え失せ、内側から繋がる部分、そこから何かが吹き上がり脳を焼く。


 それは、この世の物とも思えない快楽を、肉体に対して与える。

「あ、あ、あ、あ、あー」

「大丈夫か、これ?」

「大丈夫でしょ」

 白目で、体中が痙攣している。


 その時、巫女は世界樹と繋がり、この星を空から見た。

 暗い空。

 向こうに太陽があり、衛星であるアルベドが輝いている。


 世界樹から放出される星のエネルギーは、白き光となり星を包む。

 その光は、黒き物を浄化し、急速に星は色鮮やかになっていく。


 巫女バルブロは理解する。

 あの者達が来て、神木が元気になった。

 そのおかげで、この星が元気になり、今浄化されて本来の姿を取り戻そうとしている。


 あの黒き煙のような物は、きっと悪しきものだったのだろう。

 

「おおお、ありがたきこと」


 現実では、白目をむいた巫女が涙まで流し、おおおとかあああとか言っている。


 周りは皆ドン引き状態。


「それ、壊れたんじゃない?」

「うんまあ分かる。悠人君の気持ちいいもの」

「そうそう、あの獣人のって、異物感がすごかったよね」

「言わないでよ、思い出すから……」


 周囲で、楓達が騒ぎ始める。

「未希が変なことを言い出すから思い出しちゃった。はやくう」

 皆がすがりついてくる。


 そう、たまにあの記憶がフラッシュバックされ、治療がてら皆と行為をする。

 一度すると、三日くらいはすごく幸せなんだそうだ。



 そんな事を、していたとき。


 委員長は悩んでいた。

 目の前にいる武神は、警戒心もなく寝ている。

 屋外では、どうしたって危険があるため、寝ていてもどこか緊張感があってすぐに目が覚めるが、建物内で周りに仲間がいるそうなると少々揺すられても起きない。



 こっち側で仲良くなり、死んだときには日本で生き返る。

 人生二度美味しい。


「あなた、私幸せだったわ…… ガクッ。とか言って死んだ後、向こうで生き返る。沙織とか言って、生き返った瞬間、向こうで人生を…… いえ、私が死んだ後、誰かといい仲になったら、きっとぞくぞくするような冷たい目を向けられる…… それも嬉しいけれど、不毛ね」

 そんな事を、妄想しながらぶつぶつと言う委員長。


 そう暗い、部屋の中。


 遠見は委員長が来たときに、気配で目が覚めた。

 だが、彼女だったために無視をしたのだが、見れば鬼気迫る表情。

 そして、ひたすらぶつぶつと、お経のようなことをひたすら言っている。


 何か、武神に呪いでもかけているのじゃ無いかと、勘ぐってしまう。

 

 普段、委員長は、武神から犬っころのような扱いを受けている。

 だけど、それを喜んでいる節があり、皆なにも言わないが……

 心に積もる何かがあって……


 ナイフでも出せば、すぐに飛びかかれるように、遠見は緊張がマックス。


 彼女はそっと、座り込む。

 覚悟を決めたようだ。


 おもむろに、武神のズボンを下ろしぱっくりと……

 つい、遠見は声を出してしまう。

「あっ……」

「えっ?」

 横を向いた委員長と目が合う。


 ものすごく、気まずい状態。

「あっ、お気になさらず、どうぞ」

 遠見はそう促すが、当然委員長は、みるみる真っ赤になり……

「いい、いやぁぁぁ……」


 そう叫びながら、出て行った。

「なんだ? うおっ、なんでズボン」

 武神はズボンを下ろされている状態。

 近くで呆然と見ている、遠見。


 武神からハンドサインがやって来る。

「これはお前か?」

「違う違う」

「それなら良いけど、そんな趣味はないから」

「違うと言っているだろうがぁ」


 そんな騒動があった。



 そして、やめればいいのに委員長は、悠人の部屋へ飛び込んでしまう。


「いやああぁ」

 そこで繰り広げられる光景を見てつい叫ぶ。

「やかましいわね」

 次の瞬間には八重に電撃を喰らう。

「ひゃん。あがっ」


 うつらうつらとした記憶の中で、声がしている。

「良いんじゃない? 委員長も恋人を死なせて辛いのよ」

「そうそう。やっちゃえ。夜中に入ってきたなら夜這いよ。男なら受けてあげないと」


 違う……

 そう思うが、体が動かない。


 だけど、そこから始まるものは、恋人だったドニ-=クーベル君の行為が児戯だったと理解させられる。


 そう、人は知ってしまうと戻れなくなる。


 その晩、委員長は新たな世界を知った。

 それだけで、武神のことなど頭から飛んでしまい、周囲を困惑させることになる。


 おそらく、委員長は最悪な類いの人間。

 快楽を与えられると、その人を好きになる。

 強く言われると逆らえない性格と相まって、浮気をしまくる人物となるだろう。

 だが此処で最強の快楽を知り、たとえ他の奴にやられても、なびくことはない。


 それは、きっと彼女の人生において良かったのだろう。


「あれ? おかしいなぁ」

 悠人の取り巻きに混ざっている委員長を見て、遠見は首をひねる。


 その横で、そっと離れる武神。

 やっぱりこいつ、もてないからとうとう俺に?

 やばい誤解が一つ、委員長の行動で誕生したようだ。

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