第4話
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ばあちゃんのポテトサラダには、必ずリンゴが入っている。しゃきしゃきとした食感と、マヨネーズの絶妙な味付けがたまらなく美味かった。小学校の低学年の頃、この家に遊びに来ると、いつも作ってくれたのを覚えている。
何より、『おいしい』と言ったときの、ばあちゃんの嬉しそうな顔が忘れられない。優しい笑みが、脳裏に焼き付いている。もう少し愛想よく振る舞えたらいいのに、と常々思うけれど、それが簡単にできるなら苦労はしない。
夕食を終えて食器を洗っていると、蛇口の水音とシンクに響く食器の音の合間から、ばあちゃんの声が聞こえてきた。
母さんが、近々この家に来るらしい。
正直、あまり良い知らせではない。仕事の都合で海外にいるはずだ。そんな母親がわざわざ帰ってくるとなれば、また何か突拍子もないことを言い出すのではないかと嫌な予感がする。
後片付けを終えて部屋へ戻ろうとしたとき——
「あっ」
ばあちゃんの声に、思わず足が止まる。
「そういえば、純君。来週お祭りあるんだよ? 中目黒神社で」
「あー……知ってるよ。学校の友達と行く予定してる」
の、予定だ。自分で発した言葉を聞いて、再度確認をした。いまいち、まだ実感がなかった。
すると、ばーちゃんは嬉しそうに言う。
「そうなのね。楽しみだねえ」と微笑む。「でも、気をつけてね。お祭りは楽しいけど、人が多いから」
ばーちゃんは、俺に友達がいることが嬉しいのだ。以前から、閉鎖的な性格を心配していた。
「うん、わかってるよ」
ばーちゃんの気持ちはありがたいけど、少し過保護だなと思うこともある。
「それと、もしお母さんが来たら、ちゃんと話を聞いてあげてね。お母さんも色々と大変みたいだからねえ」
「うん、わかってる」
母親とは正直なところ、どう接すればいいのかまだわからない。いつも何かに追われるように、せかせかしていて、上からものを言いたげな態度が苦手だったりするが、何か大事なことをずっと隠しているような気がしていた。
その隠し持った短剣は、俺にとって何かとんでもない致命傷を与える。何だか、そんな予感がしてならなかった。
「大丈夫よ、純君。お母さんもあなたのことを大切に思ってるから」
と、ばーちゃんは言う。
「お祭りも楽しんで、少しリフレッシュしてね」
俺には微笑み返すことしかできない。
「ありがとう、ばーちゃん」
時々、自分が自分ではないような……どこか、ちぐはぐした気持ちに駆り立てられる。
俺はどこで間違ったんだ? 遺伝子を組み換えしたトウモロコシのように、不完全? 紛い物? いや、オリジナルではない。そんな気持ちだ。
自分、一人だけがこの激動の世の中で、取り残されてしまった気がして、孤独を感じる。
「……祭りか」
椅子に座って机に向かった。
部屋は閑散としていた。がちゃがちゃとしていない方が俺には心地が良い。ここは、じーちゃんが使っていた部屋だ。物がないのは、じーちゃんが亡くなって、ほぼ処分をしたと、聞いた。
机はじーちゃんの使っていた物で、布団は直敷きのセルフ式。ここへ来るに当たって用意してもらった本棚には、漫画、小説、ラノベ、などが並ぶ。文学に興味のない俺にとっては不要で、全くの手付かずのままだが。
スマホで検索すると、中目黒神社についてたくさん出てきた。
毎年、地域の恒例行事となっている例大祭は、境内にて屋台の出店、周辺道路にて神輿等が行われる、らしい。それほど大きな神社ではないが、大勢の人で賑わうのだという。
ため息が出て、行かない言い訳を考えたが、さっき見たばーちゃんの嬉しそうな顔を思い出し、結局行かないという選択肢は捨てた。
すると、あの女の姿が、頭の中を掻きむしってきた。
——野々原桃子。
一体、やつは何なんだ?
今日も朝から俺の前に、何処からともなく現れた。
あの生き物は一体……?
まずは朝一番、登校して下駄箱で靴を履き替えようとしていたときだ。……そう、あれは小動物だ。偶然を装い、愛おしさを前面に押し出して現れたリス。
ちょこちょこっと隅の方から視線を感じたと思ったら、足下をつまずいたのか、奇声を上げてその後逃げた。
次に授業と授業の間の休み時間。教室で滝本と話をしていると、ドアの外の付近をちょこまかと動き回っていた。ちらっと顔を覗かせては消えを繰り返し、何かを狙っていた。
しかし、生徒とぶつかって予期せぬタイミングで教室内へと入ってしまって恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして慌てて逃げ去った。
あれは警戒心が強いというネズミだった。きっと、壁沿いを移動してやって来たのだろう。
そして昼休み。今度は猫みたいに、冷静さを保ちつつ冷めた目でこちらの様子を伺っていると思いきや、購買に並ぶ生徒の並みに押し出され、財布からお金をばら撒き散らし、皆を大混乱に陥れた後に、パニックとなり、気付いたときには姿を消していた。
やつは行く先々で視界に現れ、そんなことが、今日はあと五回はあった。
狙いは何だ?
そう思ったとき、はっとして悪夢が
ま、まさか、毒霧かっ⁈
あれはまさに悪役レスラーの使う反則技だ。まさか、あの
俺が一体、何をしたってんだ?
思わず
……おそらく、きっと。これからしばらく、怯えながらの学校生活を余儀なくされるのだろう。
……だ、誰か。小刻みに震える手を、止めてくれ。
*
お祭りの前日。
「桃。めっちゃ食べるね……。それ……とんかつ定食の大盛り?」
今日はお母さんが寝坊したため、結衣と食堂で昼食を食べることとなった。たくさんの生徒たちで賑わっている。
「最近なんかやたらとお腹空いちゃってっ。練習きついしさ」
新しくやってきたコーチが、近ごろ猛威を振い出していたせいだ。
結衣は、ふーん、と言ってじっと私を見ている。
「お祭り、明日だしねっ」
結衣がちらりと視線を外した先には、鳴海君と滝本君がいた。少し遠くの方にいて、すぐにどこかへ行ってしまったけど。
また、結衣の視線を感じた。私の表情がおかしいのか、にたにたと笑い、明日楽しみだね、と言う。
お祭りに行くことが決まってから、鳴海君に接近しないようにしている。とはいえ、向こうは頭が一つ飛び抜けているため、頻繁に目撃をしてしまうのだけれど。伝えたいことは、お祭りのときに言おう、そう決めていた。
「気合い入ってるのは良いけど……」
結衣は弁当を食べながら話し始めた。「お持ち帰りされて、朝帰りとかはやめてよね」
私は飲んでいたお茶が喉に詰まってむせた。
「次の日は練習試合なんだから。新チームで初めての試合だから大事だぞっ」
「わ、わかってるって」
「夜遅くなる前に、帰るからねっ」
冗談ぽく口にしているけど結衣の表情は真剣だ。
そのとき、視界に男バスのキャプテンの姿が入った。食券を買っている。結衣は気づいていない。
何だか、一瞬だけこの場の空気がきしんだ気がしたのは、気のせいか。
私はまだ、結衣の本当の狙いについて、聞けないままでいた。
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