おかしな値
タマコさんは人間ドックで血圧が不安ですねと言われてかかりつけの病院に来ていた。その場で計ったときはやや高い数値が出たので、一週間毎日計測してくださいと言われ、面倒だなと思いながら帰りにドラッグストアで安い血圧計を買って帰った。
帰るなり、スマホの血圧記録アプリを起動してから血圧計を腕に巻いた。それから計測を始めると圧がかかってから徐々に減圧されていき出た数字はそこそこ高かった。医師にはストレスが原因ではないかと言われたが、会社が与えた社会保険で会社が原因の不調に対処するのはなんとも皮肉に思えた。そもそも会社に勤めなければストレスもたまらないのではとどうしようもないことを考えたが、諦めてそのままアプリに記録しておいた。
初日以降毎朝一番に血圧を測るようにした。朝はそこそこ低い値が出たのだが、そもそも体に不調がないので良いのか悪いのかも分からない。ただ、ストレスが原因なら朝より寝る前の方が血圧が高いだろうなとは思った。
正直に言えば血圧なんて多少高かろうが気にしないのだが、医師も『ならいいです』とは言えないのだろう。向こうも務め人だと思うと自分が社畜をしていることと同じに思え、協力はした方が良いんだろうなと思った。クレームばかり入れる客にはなりたくない、きれい事はさておき、酷い客によくあたることをしていると自分だけでもまともにしていようと思えた。
ところがある日のことだ、血圧計をいつも通り腕に巻いて計測を始めた。しかし何時まで経っても加圧が続いている。いつもなら血圧の上がとっくに測定済みのはずなのだが、腕が締め付けられて痛いほど圧力がかかった。
そこでようやく減圧が始まり、ホッとしたのだが、今度はいつまで経っても計測が終わらない、ほとんど腕に圧がかかっていないにもかかわらず数字が出ないのだ。いくら何でも朝だからと言ってここまで低血圧なのはおかしい。そもそも腕が痛くなるほど高血圧ならここまで下がるはずもない。
そう考えているとようやく計り終わった。出た数字は上が200、下が10というふざけているとしか思えない数値だった。測り方が悪いのだろうと思い、きちんとセンサー部分が腕の正しい位置に合うように細かく調整して数回測った。しかし数値が変わることはなかった。いくら何でもおかしい、値もおかしいのだが、数字がその値になって全くぶれないというのが奇妙だ。人間は生きているのだから計測ごとに少しくらいブレるはずだ。それが全く起きず異常な値を出し続けていた。
いい加減遅刻するという時間になったので、ヤケになってそのままアプリに記録して出社した。
そのときだけ異様な値が出たのだが、他はいたって普通の数値が出たので問題無いだろうと思い、計測結果をそのまま医師に見せた。
当然なのだがその200という異常値に注目された。嘘を書いているかと疑われたが、医師もこんな馬鹿げた嘘を書いてどうなるというのかと思ったのだろう、診察室に置いてある血圧計を出してきて手首に巻いた。そちらでは少し高めかなと言える数値が出たので、食事などの生活習慣を改めるように言われたが、まだ投薬は必要無いだろうと言われた。
「これだけだったらおかしな事が起きたなってだけなんですよ。怖くもないですよね? ただ、一つだけ奇妙な偶然があるんですよ」
そう言って、これがただの健康診断の話ではないことを話し始めた。
「あの異様な数値が出た日のことなんですけど、近くの神社で火事があったんですよ。御神体が焼失したそうなんですけど、これと何か関係があるとは思いませんか? 本当にその日と重なっただけと言えるかも知れませんけど、なんだか妙な偶然の重なりを感じるんですよね」
そう言って今度こそ彼女は話を終えた。なお、彼女はその神社に健康祈願のお守りをもらいにいくのが毎年の習慣だったそうだ。
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