第22話 しんがり大成功、おれ四郎右衛門尉になったんだぜ!

 死生命しせいめいあり。

 景春達一揆衆は、羽継原はねつぐはらの戦いにおける最終局面を迎えていた。


「確認するが、残りの一揆衆が引き退いたら、橋を切って落とす。よいな」


「義兄上、向こう側の縄はだれが切るのですか?」


「春ちゃん、アタイに任せるにゃ」


「そうか、おタマ、危険な役だが頼んだぞ」


 敵軍が迫りくる向こう側の、橋の縄を切る役目は危険を伴う。縄は橋を支える補強であり、これを切れば容易に崩れ落ちる。戦時において敵の進行を防ぐための仕掛けとなっていたのだ。


「義兄上、おタマ殿が縄を切るとき、周りのお仲間はどうなるのでしょうか」


「五郎、お前はそれが分かっていて言ってるのだろう? 」


「で、ですが、義兄上には、そのお覚悟があるのですね?」


「死ぬか生きるか、そんなことは問題じゃな気がするが、どうなんだろう……」


「僕にも分かりません、義兄上の御心に従うのみです」


 景春たちの心配は、橋の向こう側で縄を切る間、おタマに邪魔が入らぬよう防ぐ役目が必要であることだった。その者たちはその後、無事こちらへ渡ってくることが出来るのやら……


「春ちゃん、あそこのお侍さんたちが最後みたい、行って来るにゃ」


「おタマ、無理すんなよ」


 景春の言葉に振り返りもせず、おタマはぴょんと跳ねたかと思うと、向こう岸で縄を切り始めた。


「こちらも切始めよ」


「心得た」


 六郎はおタマの切り離し作業を見て、少し遅れるように調整して刃物を入れた。この時、敵勢の一人がこれに気付きおタマに切りかかる。


「させるかぁあ~! 」


 橋の向こうは多勢に無勢、おタマを守ろうとお味方が防戦するが、一人また一人と倒れていった。


『い.命を捨てて戦う 』…… 『お答えします、春ちゃんです……』


 景春はAIアシスタントのアナキンの声が脳裏に浮かんだ。


「おいアナキン、無双状態はどの位の時間できる?」


《ぴんぴろりーん》


『春ちゃん、いきなりご依頼ですか、3分ですね』


「カップ麺かよ! タヌキで頼むわ」


『了解です、無双時間5分、スタート―ッ!』


《ぱーんっ!》


 どうやら無双スタートの合図らしい。


「うぉーりゃ~ぁあ! 」


「ななっ、何を考えているのだ、若を、若を止めろ~っ」


 八木原は景春の副将である、なぜ真っ先に八木原自身が止めに入らぬのか? それは戦の掟がそうはさせないからだった。景春はそれを破ったことになる。


「時は今。われは長尾孫四郎景春である、首が欲しけりゃまいられよ~っ! 」


 光輝くオーラをまとった景春は、名乗りに引き寄せられた敵方を、バッタバタと切り伏せていった。おタマは突然の乱入に目を見張るが、気を取り戻すと最後の縄目を切断した。


「春ちゃん、縄切ったよ、早く逃げるにゃ~! 」


「おっけ~、どけどけ~っ! 」


 景春はおタマと共に橋を駆け戻ろうとした。だが、オーラが輝きを失うと、途端に橋の上で足元をすくわれてしまった。すると、敵方がせまり掛かって来た。


「春ちゃんは、アタイが守るんにゃぁ~! 」


 縄目を切られた架け橋は、敵方がなだれ込んでくると、ガラガラと音を立てて崩れていった。運が良いのか悪いのか、おタマと景春は川の流れに受け止められる格好になった。運の悪いほうの敵方は落ちどころが悪かったのだろう、動きが無かった。


「春ちゃんごめんよ」


 おタマはそう言うと、景春の身に着けた鎧の結び目をとっさに切って脱がせた。溺れてしまうからであった。無双が解けた景春は力なくなすがままであったが、おタマの助けにより川下の浅瀬にたどり着くことが出来た。


「見つけたぞ~、あそこだ! 」


 六郎がこう叫ぶと、景春の配下の者が川岸へ降りて景春とおタマの救出に向かった。こうして景春たち上州一揆の面々は、殿しんがりの役目を終えて一路厩橋うまやばしへ向かった。


 【死生命あり】と云い、人の生き死には天の決める事、また、【死生命無く死中生有り】とも云い、死なんと欲すれば生き、生きんと欲すれば死するのであった。


   ◇◇◇


 数日後、ここは厩橋城の広間。


「若様お手柄でしたな、兄(為業)は伊香保の湯で順調に傷を治しております」


「そうか、八木ちゃんには世話になった。それでどのくらい残った? 」


「はい、われ等上州一揆は一千騎あまりで出陣しましたが、戦えるものは半数以下になっております」


「そうか、死んでいった者、傷を負った者たちへはお悔やみと、感謝の文を出さねばならんな」


「若様、特に亡くなった者たちの家族へは、幕府からの感状を戴けるよう手配しなければなりませんな」


「八木ちゃん、それにはどうしたらよい? 」


「お任せください、今、死傷者について名を記した文書を作っております。これを持って五十子へ参りましょう」


「わかった、ところで、おタマの様子はどうだ? 」


「はい、おタマ殿は回復も早く、敵の物見ついでに探し物をしてくると言って、先日出てゆきました」


「まだ戻らんのだな」


「御心配には及びませんよ、六郎を付けてやりましたので」


「八木ちゃんありがとな、それで、五十子へはいつ出かける? 」


「はい、文書は今日中に書き上げておきますので、明日にでも出かけましょう。左衛門尉(景信)様からも出仕の催促が来ておりますからな 」


「そうか、親父殿も無事だったってことだな」


 その夜、景春の所へ五郎がやって来た。


「義兄上、だいぶ回復されたようですね。川に落ちた後からは意識もなく、寝たきりだったので心配しておりました」


「そうか、体中に血がみなぎって来たと思い、とっさに駆け出したのだが、その後はよく覚えてないんだ」


「そうですか、ご立派な活躍でしたよ。おタマ様をお助けして、橋を切り落とし敵の進行を防いだんですからね。だけど……」


「俺様やっただな! これでさぞかし名も上がっただろう」


「義兄様、ですが……」


 景春は五郎の奥歯にものをはさんだように、話の語尾を切ることに不満を覚えた。


「五郎、だけどとか、ですがって何だよ、おれはしっかり殿しんがりを務めあげたんだろ? 」


「はい、務め上がました。ですが失格です、大将失格なんですよ」


「なんでだよ、なんで大将失格なんだよ」


「義兄上様、ではお傍に仕える者として、いや、弟としてはっきり申し上げます」


「なんだ、言ってみろ」


「はい、いかにお味方が窮地にあったとしても、大将自身が前線に飛び出してゆくなんてもってのほかです―――」


 続けて五郎は、戦を将棋に例えて話を続けた。飛車角は取られても負けにはならんが、玉がとられたら負け戦となる、これが戦国のルールであると叱責した。


「義兄上、次からは我ら手下の者にお申し付けください」


 景春(春香)は思った。


(たかがゲームで、なんつう事だ、お説教くらってんぞ、最高かよ!)


「五郎、すまなかったな。俺に至らぬことがあったら、今みてえにはっきり言ってくれ、助かる……」


 今日もまた、厩橋城の夜は更けていった。


   ◇◇◇


 「義兄上、朝ですよ。おタマ様が帰ってないので、僕がお着換えのお手伝いいたします」


「おっ、おう。すまねえな、でも自分で出来るからいいぞ」


 景春は自身の体躯について、知られたくない秘密があった。


「義兄上、存じておりますよ。景春様は影である事……」


「そうか、どこまでばれてる? 」


「ご安心ください、父為業と八木原様と六郎、そして僕だけです」


「そうか、わかった」


「寝ている間、僕と六郎だけが介抱させてもらっていました」


 景春は両手を広げて顎を上げた。


「五郎、それじゃあ頼んだぜ」


 支度が終わると、景春たちが城外の内出(集兵所)へ向かうと、残りの一揆衆たちが隊列を組んで待機していた。

※内出とはから来ていると云う説がある。


「八木ちゃん待たせたね、文書は出来てるかな? 」


「若様、手抜かりありません」


「じゃあ、出発だな」


 景春が采配を下ろすと、隊列は先頭から順に内出から出ていった。

 長野家の大将旗は、羽継原の激戦で血に染まり泥にまみれていた。しかし、その姿は誇らしく、まるで勲章のように頼もしくいたのだった。


   ◇◇◇


 五十子へ着くと、さっそく本丸の管領房顕への報告へ上がった。


「長尾孫四郎景春、ただいま着陣してございます」


「大儀であった、そのほう孫四郎の活躍は私も聞き及んでおる」


「ありがとうございます」


「孫四郎、そなたは本日より長尾四郎右衛門尉景春ながおしろうえもんのじょうかげはると名乗るがよい」


「え! 四郎右衛門尉、そうですか……」


 関東管領上杉房顕に認められた呼び名に、首をかしげる姿を見た父景信は膝を立てた。景信は羽継原からすでに五十子へ管領方の重臣として帰っていたのだった


「孫四郎、なんじゃその態度は。お前は分かっておらんようじゃの」


「分かってないって……」


「おまえは、白井家の嫡男として認められたってことだ、ようやった」


「これ、左衛門尉(景信)、四郎殿は橋上の攻防で川に落ちて、気を失ったそうじゃないか、まだ完全じゃないのだろう 」


「お恥ずかしゅうございます」


「よいよい、はっはっは」


「お館(房顕)様、四郎右衛門尉の名乗りをお許しいただき、恐悦至極にござます。これからも身を粉にしてお仕えいたします」


「はげまれよ、はっはっは」


 座にあった一同、声を上げて祝福する者や、やや含みのある笑いをする者もあった。景春たちは管領の御座所を下がり、白井長尾家の宿所へ戻って来た。


「八木ちゃん、なんか笑われちゃってるみたいだけど、あれかな……」


「あれかなとは、何か覚えがあるのですね」


「まあな、五郎にもはっきり言われちゃったんですよ。大将失格だって」


「お気づきでしたら何よりです。私こそ、お止めできずに悔やんでおります」


「くやしいのう、くやしいのう……」


「古河方との戦いは、まだまだ続きますぞ」


「そうだな、今度も我らの強さを見せつけて、見返してやろう」


「ですな、この八木原がお支え致します」


「うむ……」


  ◇◇◇


 すると、御座所での勤めを終えた景信が、景春の所へやって来た。


「孫四郎、今回はよう務めを果たしてくれた。嬉しく思うぞ」


「父上、それはもう伺いました。てれくさいです」


 右手で頭をかく景春に、景信はため息混じりに見つめた。


「ところで、父(景仲)の具足はいかがした? 」


「それは、その、気付いた時には一部欠けておると聞かせれましたが……」


「探させたのか? 」


「いいえ、ですが……」


「ですがとか、言い訳か。そんな事では世継ぎと、わしは認めんぞ! 」


「認めないって、御座所ではお喜びになったではありませんか」


「当たり前だ、異を唱える者が並ぶ中で、認めぬとは言えるはずが無かろう。馬鹿者が!」


「さっそく、捜索させます」


「当たり前だ」


 内心ではと褒め称えたままにして置きたい景信であった。だが、家やその象徴ともいえる具足を重んじる事の大切さ、家を背負う事の重大さをも知ってほしかったのであろう。


 つづく















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