第八話 王との謁見と遺跡調査

 喉が渇く。

 今、俺は緊張MAXで突っ立っている。

 見上げれば数メートルはあろう天井に怪物の姿が彫られていて、見る者を威圧するかのように俺達を見下ろしている。


 見渡せばこれまた怪物が彫られている太い柱に囲まれた大広間。

 ここは支配部族である『まと』の中枢部、大神殿だ。


 正面の大きな台座に王が座ってる。

 プロレスラーみたいな大男で体つきにふさわしい厳めしい顔。

 鋭い目つき。時代劇映画に『山賊の親分』として出演できそうなルックスだ。


 そんな外見なのに穏やかな様子で俺たちの方を見ている。しかし何かあったら、スイッチひとつで“王モード”がオンになるだろう。


 ヤクザの幹部を見たことあるが、それと全く同じ雰囲気だ。


 そして存在感がすごい。お忍びでどこかへ……なんて絶対無理に決まってる。どこにいてもあの王は目立つだろう。


 複数部族を次々と平定し、一国の王になる人物、やはり非凡だ。


 王の左右にはお偉いさんが控えていて、俺らの背後には兵士が列をなして並んでいる。背中に感じる威圧感が半端ない。


 ユーリカはそんな張り詰めた空気なんて素知らぬ顔でいつも通り泰然と構えている。さすが皇女と言うべきか。


 一方、オミ達は少し緊張してるのが伝わってくる。


「ディザ帝国の皇女たるユーリカ、よく来たな」


 ユーリカのしたことは国境侵犯なんだが、法整備もまだまだ。こんなもんだろうな。


「この度は意図しなかったこととは言え、貴国の領土へ入ったこと、謝罪する」

「直に問う。ディザ帝国にその気はあるのか?」

「無い。そもそもここに国があることすら知らぬ」


 しばらく見つめ合う二人。


「なら良い。食事の用意をしてある。ゆっくりしていかれるが良いだろう」


 王とユーリカのやり取りは意あっさり終わり、その場の雰囲気があからさまに弛緩していく。


 食事は豪華だった、食材が。山の幸、海の幸、見たこともないものが並んでた。

 でも味付けは薄いんだよ。健康診断後に提供されるヘルシーメニューみたいな感じ。


 食事が済むと俺達は広大な畑に囲まれた大神殿を後にした。 


 白菜かキャベツみたいなのが見渡す限り植えられていて、ずっと遠くにはそれよりも背が高い作物が見える。

 多くの人が働いていた。


 見通しが良いから敵国が攻めてきたとしても、隠れることはできないな、それが俺の感想だ。


 こうして俺たちは『き』の拠点目指して帰る。道中は全員とも口数が少なかった。

 

「ここはまだ国として固まってないな」


 そんな中、ユーリカは誰ともなしに呟いたが、それは本当のことだ。


 大きな平野部の支配者でえる部族『まと』。

 オザマに聞いたことあるけど、この国は山と森がほとんどで、開けた場所は極端に少ない。

『まと』と労働力を提供する他二つの部族が食料生産をもって、他の複数部族を従えて、中央を名乗っている。


 各部族も細々と農耕をしているが、部族全員を養えるだけのものは作れないし、狩りをするにしたって安定した供給は望めない。


 また国の基本となる法や経済の要である税もない。当然貨幣もない。

 中央から時々『貢ぎ物よこせ』って要求はあるみたいだけど。


『き』は戦力を中央に差し出し、対価として農産物をもらう。他部族も特産品を食糧と交換してる現状。


 ユーリカの言う通り、とても国と言える状態じゃないんだ。


『き』に戻ってすぐに俺は大巫女さまに遺跡の奥の徹底調査を具申した。

 ユーリカの望まぬ転移。きっと何か原因があると思ったからだ。


 承諾は得られた。同時に学術部族『ぬ』から調査員が派遣される。


『ぬ』はこの世のありとあらゆることを調査研究する部族。農耕から妖術とか呪術まで何でも扱う。ユリーカの能力にも大いに関心を寄せてるそうだ。


 単に光苔が採れる場所だった遺跡。それが違った価値を持つかもしれないということで、規模の大きな調査隊が編成されることになった。


「ここの調査が済んだ後で薬の作り置きだ。忙しくなるぞ、ミサ」

「ミサ、がんばる」


 笑顔で答えるミサは案外社畜体質かもと思ってしまった。


 光苔が放つ淡い光に照らされている遺跡の最奥。

 そこは広場になっていて、人為的としか思えない配置で石が周りを囲んでいた。


「ストーンヘンジそっくり」


 その石群は記憶にあるものにあまりに酷似していたので俺は思わず呟いてしまう。


「ストーンヘンジとは?」


 訊いてきたのは学術部族『ぬ』からやって来た男、ハバ。四角い顔。眼鏡が似合いそう。


「えっと、俺が覚えてる男の記憶にある遺跡だよ」

「別人物の記憶を持ってるのだったな。ふむ」

「あの石の形や並び方が同じものじゃないかってぐらい似てるんだ」

「記憶の中の男がこの遺跡の時代に生きてたということはないのか」

「それはないよ。こことは違う惑星ほしだし、男の記憶でもそれは謎に満ちたものだったんだ」

「なるほど。全く違う場所に同じもの。しかもよくわからないのも同じか……」


 考え込むハバに俺は推論をぶつけてみた。


「あのさ、ここは転移をする為の部屋なんじゃないかな」

「その仮説は興味深い。続けろ」

「この遺跡を残した人々はどういう仕組みかはわからないけど、転移を自由自在に使ってて、今もこれは生きている。それでユリーカの能力に反応して、彼女らはここへ来たんじゃないかと思うんだ」


 ユリーカの転移能力は未知の場所へは行けない。なのに知らない場所であるここへ来てしまった。


「ほう」


 ハバは感心したように目を細める。


「すごい移動手段だよ。移動にかける時間の短縮が文明の発達には必須だ。例えば、ハバが研究成果を中央に持っていくとして、徒歩で三日かかって行く距離を一瞬で行けるとなったら?」


 ハバは目を閉じて考えこむ。


「移動するのは人だけじゃない。研究成果という情報も早く伝わるようになる。そしたら次の行動に取り掛かるのも早くなる……」

「そうか。距離の問題がなくなれば、あらゆるものの行き来が増えることに繋がる」


 ハバの目が見開く。理解が早いな。


「間違いなくこれはただの石じゃないと思うんだけどなぁ」


 光苔に照らされてもなお黒々とした石を、ハバが観察する。


「ふむ。確かに。こんな石は見たこともない。壁や床に使われているものとは明らかに違う。詳しく調べる必要があるな」


 そもそも遺跡はわからないことが多い。光苔を獣が嫌うメカニズムもわかってない。

 あぁまどろっこしい。


 俺は石の配置をスケッチする。『ぬ』のハバ達も同じように書き写してる。

 ミサは忙しなく光苔を集めて袋詰めしている最中だ。俺もそれを手伝うことにする。


「ミサ、休憩にしようか」

「うん」

「ねえハバ、まだ作業はするんでしょ?」

「ああ。お前の貴重な意見には感謝する」


『ぬ』の人間が一斉に俺に頭を下げた。


「そんな大袈裟なもんじゃないよ」

「ふん。謙遜は程々にしとけ。お前には今後も色々と協力してもらうことにしよう。大巫女さまに依頼する」

「俺でよければ手伝うのは歓迎さ」

「疲れたぁ」


 大袈裟なポーズをとるミサに俺は苦笑い。


「ミサ、頑張ったな。これだけ光苔があったら当分取りにこなくてすむよ」

「えらい?」

「ああ、ミサはえらい」

「むふぅ」


 俺の腕に抱きつくミサ。俺は褒めて伸ばす方針なんだ。

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