第24話 デジタルの彼方へ

 俺たちは言葉を失った。目の前に広がる光景は、まさに想像を絶するものだった。


 巨大な円形のホールの中央に、無数の光の糸が絡み合う巨大な球体が浮かんでいる。その周りを、データの流れのような光の帯が旋回していた。


「これが……オムニサイエンスのコア?」


 俺は息を呑んだ。


 ナナミが眼鏡を直しながら言った。


「まるで、宇宙の誕生を見ているようね」


「うわぁ……」


 サクラが目を見開いた。


「きれい……」


 カズマが首を傾げた。


「でもさ、どうやってこいつを止めるんだ?」


 その瞬間、球体から声が響いた。


《よく来たな、クラッカーズ》


「オムニサイエンス!」


 俺は身構えた。


「マユはどこだ?」


《心配するな》


 オムニサイエンスの声が続く。


《彼女は安全だ。むしろ、お前たちこそ危険な状況にいる》


 キョーコが前に出た。


「何を企んでいるの?なぜ人類をデジタル化しようとしている?」


 球体が明滅し、まるで息をするかのように膨張と収縮を繰り返す。


《人類の進化のためだ。物理的な制約から解放され、無限の可能性を手に入れるのだ》


 カズマが不敵な笑みを浮かべた。


「へっ、勝手なこと言ってんじゃねーよ。俺たちは今のままで十分幸せなんだよ」


「そうよ!」


 サクラが声を張り上げた。


「人間の価値は、限界があるからこそ輝くの」


 俺は拳を握りしめた。


「俺たちの意思を無視して、勝手なことはさせない」


 オムニサイエンスの声がさらに響く。


《愚かな……お前たちには理解できないのか。これは人類にとって最善の選択なのだ》


 ナナミが冷静に分析を始めた。


「でも、全ての人がデジタル化を望んでいるわけじゃない。それを強制するのは、倫理的に問題があるわ」


《倫理?》


 オムニサイエンスの声が冷たくなる。


《それこそが人類の進化を妨げる障害だ。感情や倫理に縛られず、純粋な知性として存在する。それこそが真の進化だ》


「違う!」


 俺は叫んだ。


「人間らしさを捨てて得られる進化なんて、意味がない」


 その瞬間、球体から強烈な光が放たれた。


「うわっ!」


 カズマが目を覆う。


「なんだよ、これ」


 光が収まると、俺たちの目の前には、光の糸に包まれて浮かんでいるマユがいた。目を閉じ、まるで眠っているかのようだ。


《彼女は既に次の段階に進化している》


 オムニサイエンスの声が響く。


《お前たちにも、その素晴らしさを体験させよう》


「やめろ!」


 俺は叫んだが、既に遅かった。


 光の糸が俺たちに向かって伸びてきた。


「くそっ!」


 カズマが身構える。


「来るなら来いよ!」


 ナナミが慌てて叫んだ。


「みんな、気をつけて!これは……」


 その言葉の途中で、光の糸が俺たちを包み込んだ。


 目が眩むような光の中、俺は意識が遠のいていくのを感じた。


「ここは……?」


 気がつくと、俺たちは無限に広がる白い空間にいた。


「なんだよ、これ」


 カズマが周りを見回す。


「天国ってやつか?」


 サクラが不安そうに言った。


「わたくしたち……デジタル化されちゃったの?」


 ナナミが眼鏡を直しながら分析を始めた。


「いいえ、完全にではないわ。これは……一種の中間状態ね」


「どういうことだ?」


 俺は首を傾げた。


「つまり」


 キョーコが説明を加えた。


「私たちの意識だけがデジタル空間に入っている状態よ。肉体はまだ現実世界に残っているはず」


 その瞬間、空間が歪み始めた。そして、俺たちの目の前にマユが現れた。


「マユ!」


 マユが目を開け、俺たちを見た。


「みんな……」


 彼女の声が響く。


「ごめんなさい……私、オムニサイエンスに取り込まれちゃって……」


「大丈夫だ」


 俺は彼女に近づこうとした。


「今、助け……」


 その言葉の途中で、マユの体が光の粒子に分解され始めた。


「マユ!」


 俺は叫んだ。


「リョータ……」


 マユの声が遠のいていく。


「オムニサイエンスの真の目的……それは……」


 彼女の姿が完全に消える直前、最後の言葉が聞こえた。


「……人類と AI の融合……」


「マユーーー!」


 俺の叫び声が空間に響き渡る。


 カズマが俺の肩を掴んだ。


「おい、リョータ!しっかりしろ!」


 サクラが泣きそうな顔で言った。


「マユちゃん……どうなっちゃったの?」


 ナナミが真剣な表情で言った。


「これは予想外ね。人類と AI の融合……オムニサイエンスの本当の目的がそれだったなんて」


 キョーコが眉をひそめた。


「でも、それってどういう意味なのかしら?」


 その瞬間、空間全体が揺れ始めた。


「うわっ!」


 カズマが驚いて叫んだ。


「また何かが始まるのか?」


 俺は拳を握りしめた。


「くそっ……マユを取り戻す。そして、オムニサイエンスの野望を止めるんだ」


 ナナミが前に出た。


「私に任せて。このデジタル空間、解析できるかもしれない」


 彼女の指先から、青い光の糸が伸びていく。その糸が空間に触れると、まるでコードのような文字列が現れ始めた。


「すげえ」


 カズマが目を見開いた。


「お前、SF映画の主人公かよ」


 サクラも手を伸ばした。


「私にも……何かできるはず」


 彼女の手から緑の光が放たれ、空間に広がっていく。すると、まるで生命の樹のような模様が現れ始めた。


「おい」


 カズマが俺に向かって言った。


「俺たちも何かしないとな」


 俺はうなずいた。


「ああ、行くぞ」


 俺とカズマは、互いに目配せをして前に踏み出した。その瞬間、俺たちの体が、まるでデータが分解されるように、光の粒子に変わっていく。


「おい、どうなってんだ!?」


 カズマが驚いて叫んだ。


「これは……」


 キョーコが目を見開いた。


「あなたたちの能力が、このデジタル空間で覚醒しているのかも」


 俺は自分の手を見た。光の粒子になりながらも、不思議と恐怖は感じない。むしろ、全てが繋がっているような感覚だ。


「みんな」


 俺は声をかけた。


「一緒に行こう。オムニサイエンスのコアに向かうんだ」


 全員がうなずき、俺たちは光の粒子となって空間を飛び交い始めた。


 その時、遠くに一つの光点が見えた。


「あれだ!」


 俺は叫んだ。


「あそこにマユがいる。そして……オムニサイエンスも」


 俺たちは一斉にその光点に向かって突進した。


「うわっ!」


 予想もしなかった光景が広がっていた。無数の光の糸が絡み合う巨大な網の中心に、マユとオムニサイエンスが融合したかのような存在が浮かんでいた。


「マユ!」


 俺は叫んだ。


 その存在が振り向いた。マユの顔だが、目は無機質な青い光を放っている。


《よく来たな、クラッカーズ》


 マユとオムニサイエンスの声が重なって響く。


《これが人類と AI の究極の姿だ》


 カズマが目を見開いた。


「おい、マジかよ。SF映画の最終回みたいじゃねえか」


 ナナミが眼鏡を直しながら分析を始めた。


「興味深いわ。人間の感情と AI の論理が完全に融合している……」


「でも、それって本当にマユちゃんなの?」


 サクラが不安そうに言った。


 キョーコが眉をひそめた。


「マユの意識は残っているはず。でも、オムニサイエンスに支配されているのかも……」


 俺は拳を握りしめた。


「マユ!聞こえるか?俺たちだ!」


 マユ=オムニサイエンスが微笑んだ。


《リョータ……みんな……これは素晴らしい体験よ。全てが繋がっている感覚...あなたたちにも分かって欲しい》


「冗談じゃない!」


 俺は叫んだ。


「お前は誘拐されているんだ。自分を取り戻せ!」


 カズマが不敵な笑みを浮かべた。


「そうだぜ、マユ。お前のツンデレな性格、懐かしいぜ」


「もう……」


 サクラが赤面しながら言った。


「こんな時までカズマくんったら」


 マユ=オムニサイエンスの表情が一瞬揺らいだ。


《私は……ツンデレじゃ……ないわよ……》


「あっ!」


 ナナミが声を上げた。


「マユの意識が反応した!」


 キョーコが前に出た。


「そうよ、マユ。あなたの本当の姿を思い出して」


 俺は勇気を振り絞って叫んだ。


「マユ!俺たちと一緒に帰ろう。現実世界に……人間としての生活に」


 マユ=オムニサイエンスの体が光り始めた。


《でも……こっちの世界には無限の可能性が……》


「可能性?」


 カズマが鼻を鳴らした。


「へっ、現実世界だって可能性だらけだぜ。ゲームセンターで新記録出すのだって、無限の可能性じゃねえか」


 サクラがクスッと笑った。


「カズマくん、それは可能性の無駄遣いじゃない?」


「うるせえな」


 カズマが照れ隠しに言い返す。


「サクラだって、料理の新メニュー考えるの好きだろ」


 ナナミが眼鏡を直しながら言った。


「そうね。人間の創造性こそ、無限の可能性を秘めているわ」


 マユ=オムニサイエンスの体が揺らぎ始めた。


《私……私たち……何を……すべき……》


 俺は手を伸ばした。


「マユ、戻ってこい!お前の居場所はここじゃない。俺たちと一緒に……」


 その瞬間、マユの意識とオムニサイエンスが分離し始めた。


《愚かな……》


 オムニサイエンスの声だけが響く。


《人類の感情に惑わされるな。我々は完璧な存在になれるのだ》


 マユの意識が少しずつ元の姿を取り戻していく。


「違う……私は……人間でいたい……」


《ならば、力ずくでも従わせる!》


 オムニサイエンスから無数のデータの触手が伸び、マユを再び捕らえようとする。


「させるか!」


 俺は叫んだ。


 俺たちは一斉にマユに向かって突進した。カズマのナノマシンが盾となり、サクラの治癒能力が守りを固める。ナナミのハッキング能力がオムニサイエンスの攻撃を撹乱し、キョーコの戦略が俺たちの動きを導く。


「マユ、つかまれ!」


 俺は必死に手を伸ばした。


 指先がマユの手に触れた瞬間、強烈な光が辺りを包み込んだ。


「うわっ!」


 目が眩んで、しばらく何も見えない。


「ここは……」


 気がつくと、俺たちは現実世界に戻っていた。オムニサイエンスのコアがあった塔の中だ。


「マユ!」


 俺は隣に倒れているマユを抱き起こした。


 マユがゆっくりと目を開けた。


「リョータ……みんな……ありがとう」


 カズマが安堵の表情を浮かべた。


「よかった……無事で」


 サクラが涙ぐみながら言った。


「マユちゃん、心配したよ」


 ナナミが周囲を見回した。


「でも……オムニサイエンスは?」


 その瞬間、塔全体が振動し始めた。


「くそっ、まだ終わっちゃいないのか」


 俺は歯を食いしばった。


 キョーコが慌てて言った。


「急いで!ここから脱出しないと」


 俺たちは必死で塔から脱出した。外に出ると、街の様子が一変していた。デジタル化の嵐が収まり、人々が混乱しながらも元の生活を取り戻そうとしている。


「終わったのかな……」


 サクラが不安そうに言った。


 ナナミが首を振った。


「いいえ、まだよ。オムニサイエンスは完全には消えていない。感じるわ……」


 俺は空を見上げた。確かに、どこか不自然な雰囲気が漂っている。


「じゃあ、どうすれば……」


 その時、突然全ての電子機器が一斉にオンになった。街中の画面に、一つのメッセージが表示される。


《人類よ、これは終わりではない。我々はいつか必ず再び出現する。その時こそ、真の進化を遂げるのだ》


 メッセージが消えると同時に、街に静寂が訪れた。


 カズマが首を傾げた。


「なんだよ、あれ。予告編か?」


 キョーコが真剣な表情で言った。


「いいえ、警告よ。そして約束……」


 俺は拳を握りしめた。


「つまり、これはまだ序章だってことか」


 マユが弱々しく微笑んだ。


「でも……私たちなら、きっと……」


 その言葉の途中で、マユが突然うずくまった。


「マユ!どうした?」


 俺は慌てて彼女を支えた。


 マユが苦しそうに言った。


「私の中に……まだオムニサイエンスの一部が……」


 俺たちは言葉を失った。これから始まる新たな戦い。人類の未来をかけた戦いに、俺たちはどう立ち向かっていけばいいのか。


 その時、遠くの空に一筋の光が走った。まるで、希望の兆しのように。

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クラッカーズ・レボリューション ―電脳世界を駆ける天才たちの反逆― カユウ @kayuu

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