Seq. 22
闘技大会の前日は大会の設営を行う日となっている。
設営に参加するのは学園湧者会が強制で、あとは有志の学園生だ。
僕らは昨日に引き続き朝早くから正門前に集合した。
「いっぱいいますね……」
エリーが感嘆の声を漏らした。
「『有志には期待するな、ほとんどの作業は湧者会がやることになる』ってカラスマル先生は言ってましたけど」
その言葉は本当だ。去年の有志なんかゼロだったと記憶している。
なのに今年は20人程度が集まっていた。そのうちの大半を男子学生が占めている。
これは間違いない、昨日の炊き出し効果だ。
「あ、ミロさんだ」
その言葉で視線をピアスと同じ方向へ向ける。
すぐにミロの姿が見つかった。1人の男子学生と何か会話をしている。
男子学生がお辞儀をすると彼に向けてミロが軽く手を振って、それからこっちへ歩いてきた。
「ごきげんよう、エクシイ。それとピアスさん、エレアノールさんも」
「おはようミロ。今のは知り合いかな?」
「ただのクラスメイトよ。話したのはこれで3回目かしら」
そこでいたずらっぽくミロが笑った。
「でもとても面白い話をしたわ」
聞き返してほしい。
視線からそんな感情が読み取れた。
「へぇ、どんな?」
「ふふふっ……。ピアスさんにお付き合いをしている殿方はいるのか、ですって」
今度はピアスを見つめるミロ。
その視線は今さっき僕に向けてきたそれと同じだ。
「なんて、答えたんですか?」
「そんな方はいない、と答えたわ。『竜殺し』というただの幼なじみはいるけれど、ともね」
それがどう面白いのか理解できない僕は、ただ「はあ」と返すことしかできなかった。
「ミロ先輩ってけっこう意地悪な方なんですね……」
本人に聞こえないようエリーがつぶやいた。
……つもりだったのだろうが、ミロに「聞こえているわよ」と言われ肩を跳ねさせていた。
◆◆◆
想像の範疇になかった二十数名におよぶ設営参加者の作業は、カラスマル先生によって大急ぎで割り当てられた。
「よいしょ……。うん、こんなものかな」
僕とミロが割り当てられたのは第三グラウンドの外周への柵設置だ。
観戦客が試合をしている中に入らないようにするためのものになる。
「エクシイ、そっちの区切りがついたら休憩にしましょう!」
グラウンドの対岸からミロが言ってきた。
「オッケーだよ! ちょうど終わったところだから」
そう答えて僕は向こう側へと歩いていく。
「ふぅ……。やっぱり大変だけれど、人がいる分去年よりもよっぽどマシね」
「今年はみんなやる気があるみたいでいいよね。炊き出し効果さまさまだ」
僕の言葉に同意する声はない。
急に黙ってしまったミロが気になって顔を覗き込んだ。
「エクシイ、あなた本当に気づいていないの?」
大きく目を見開いて言われ、「えっ」という困惑が漏れる。
「本当にそうなのね……」
「どういうこと? 教えてよ」
額に手を当てながらため息をつくミロに問いかけた。
ミロは僕の顔を見たり目をそらしたりを繰り返す。
やがて意を決したように口を開いた。
「9人。今日、ピアスさんの恋人の有無を聞いてきた男性の人数よ」
「えっと……?」
いまいち意図を理解できない僕を見てミロが目を閉じて首を横に振った。
「今日の設営に集まった人、男性が多かったでしょう。おそらくほとんどはピアスさんが目当てだと思うわ」
ピアスが目当て。その言葉を心の中で反芻する。
「昨日ので胃袋を掴まれちゃったのかしら。交際する機会をうかがっているのでしょうね」
「…………」
僕は何も言えなかった。
そこで1つ深呼吸をしたミロは僕の目をまっすぐ見てくる。
「1つ忠告をして差し上げるわ。女の子はね、待つのは好きじゃないの。ピアスさんのためにも、あなた自身がどうすべきかよく考えてちょうだい」
かすれるような声で、そんな声を出すつもりはなかったのだけど、「うん」と言ってうなずいた。
ミロとはそれ以上言葉を交わすことができなかった。
◆◆◆
学園トップの僕でさえまだ認められていないピアスがほかの人を認めるはずがない。
いや、もしかしたらピアスは最初から僕のことなんて何とも思っていなかったのかもしれない。
でもだとしたらピアスがベクマス学園に来たこと自体がおかしくなるんじゃないか。
僕の頭の中を様々な考えと感情が巡っていった。
こんなに悩むくらいなら、誰よりも早く気持ちを伝えてしまえばいいことくらい知っている。
でも、伝えるならピアスに認めてもらってからにしたいんだ。
意固地になっているだけ。それはわかっている。
「エクシイお待たせ」
日が傾いたころ、待ち合わせていた昇降口にピアスがやってきた。
集まってくれた有志のおかげで設営自体は午前中には終わったけれど、各設備の点検は湧者会にしかできないので、こんな時間になってしまった。
湧者会メンバーではないピアスだけど特別にカラスマル先生の補佐をさせてもらっていた。
「いや、僕もさっき終わったところだから」
さっきまでの思考がウソなくらい不思議と自然体で返事ができた。
そこで気がつく。ピアスと僕がどれだけ時間を一緒に過ごしてきたのか。
だったら、まだやらなきゃいけないことがあるよね。
人知れず決意を固めた。
そんなことは露程も知らないピアスは今日のことの話を振ってくる。
「有志の人、いっぱい来てくれてよかったね」
「みんな気合十分って感じだったよ。今年はきっといい試合がたくさん見られると思う」
「うん。楽しみだね、闘技大会」
ピアスが3歩前に進み出て僕を振り返った。
夕日に照らされたその表情は、僕の立っている影から見つめるには眩しすぎた。
視線をごまかしながら口を開く。
「少し寄りたいところがあるんだ」
そう言ってピアスを連れ出した。
◆◆◆
裏門を抜けて外へやってきた。
右手にはいつかのドラゴン騒ぎがあった森がある。つい最近の出来事のはずなのに、とても懐かしい感じがする。
けれど今日の僕の目的はその反対側にある湖だ。
ゆっくりと長い時間をかけ、畔まで歩いていく。
そしてピアスと正面から向き合った。
「闘技大会の5日目のアンドリューさんとの試合、僕が勝利してみせるよ」
その宣言で鼓動が急激に早くなる。
まっすぐピアスを見ているはずなのに、その表情がとらえられない。
「だから、その時はもう一度ここへ来てほしい」
ここへ来るまでの時間を全て使って考えた言葉を必死に紡いでいく。
最後に力をふり絞ってこう言った。
「キミに伝えたいことがあるから」
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