Seq. 20
今日は定期考査が終わった翌日の休校日、炊き出し当日だ。
学園は明後日の闘技大会に向け、学園生の鍛錬場所として開放されている。そのため学園内のあちこちで特訓に励んでいる人の姿を見ることができた。
「ただいま。これ、どこに置けばいい?」
「ありがとう。そこのテーブルにお願い」
街まで行って買ってきた大量の材料をピアスに言われた通りの場所へ置く。
「よいしょっと……。わぁ、立派なものができたね」
僕が街に行っている間にレンガで作られたかまどが中庭に出来上がっていた。
すでに大きな寸胴鍋が上に乗せられてある。
「けっこうな人ですよ、まだ朝早いのに」
薪を抱えていたエリーが言ってくる。
「よかった。ちゃんと告知した効果が出ているんだ」
カラスマル先生も今年の試合希望者は例年より多かったって言っていた。きっと今日の炊き出しを目当てに頑張ろうと思ってくれた人がたくさんいたんだろう。
「でもですね、想定より人数が多いかもしれません。今ミロ先輩がおおよその数を把握しにいってますけど……」
「そっか、ちょっと困ったね」
材料は去年のデモンストレーションの参加人数や今年の試合希望者などを参考に用意してある。
もし足りなくなっても、まだ予算にはいくらか余裕があるから大丈夫だとは思うけれど。
「戻ったわ。あらエクシイ、おかえりなさい」
ミロが帰ってきた。少し落ち込み気味になっている。
「人数、どうだった?」
「すでに去年の人数は超えているわね……。これからやってくる人たちを考えると想定の1.5倍は必要になるかしら」
やっぱりかなり多いみたいだ。
材料は僕が追加で買いに行けばいいとして、問題は――。
「これ、かまど1つだけじゃ足りませんよね」
「そうね。もう1つ作ったほうがいいわ」
「あー……でも材料の下ごしらえもあるし……間に合うかなぁ」
ミロとエリーが揃って頭を抱えている。
これだけの規模になると4人ではさすがに対応しきれないか。
だれか、手伝える人を探してきたほうが……いや、今からだと手遅れだ。
「おはようございます、先輩」
「ん?」
どうにかできないか思索にふけっていると後ろから声をかけられた。
「キミたちは……」
振り返ると、そこにいたのはリンだった。
その後ろには土下座トリオの七三と長髪もいる。
「おはよう。3人で特訓かな」
「はい、大会に出るのは俺だけなんですが。2人にも付き合ってもらってるんです」
「そうなんだ」
ちょうどよかった、リンたちに手を貸してもらおうか。
でも特訓をしに来たみたいだし、迷惑をかけちゃいけないだろう。
「えっと……」
僕の中で2つの考えがせめぎ合い、言葉に詰まる。
するとリンが僕の後ろにいるミロとエリーを覗き込んだ。
「なんか、忙しい感じっすか」
「ごめん……ちょっとね」
3人に今の状況を説明する。
「大変じゃないっすか! 俺手伝いますよ!」
「え、いいの?」
説明が終わるとすぐにリンが助力を申し出てくれた。
「エクシイ先輩には返しても返しきれない恩がありますから! どうってことないっす!」
リンがそう言うとほかの2人も、俺も俺もと手を上げてくれる。
「……ありがとう、とても助かるよ」
僕は3人に向かって頭を下げた。
すると背後で様子をうかがっていたエリーが口を開いてきた。
「エクシイ先輩、その人たち手伝ってくれるんですか?」
「うん。すぐに作業の割り振りをお願いしてもいいかな」
話を聞いたミロとエリーが相談して素早く割り振りを決めてくれた。
リンは僕と一緒に追加の材料の買い出しに行くことに。
カイという七三分けの子はエリーと一緒にもう1つのかまどの製作。
長髪のクロスはピアス、ミロがする下ごしらえの手伝いとなった。
「これなら、なんとかなりそうだわ」
買い出しに出る前にミロがそう言ってくれて僕も安心した。
◆◆◆
「ごめんね、せっかくの特訓に来ていたのに」
「いえ、エクシイ先輩の教練のサポートのほうがよっぽどいい練習になっているんで。これくらい当然っす」
ひと通りの買い物を終えた僕らは街から学園までの上り坂を歩いていた。
教練をサポートをお願いしてからリンともずいぶん打ち解けてきた。
教練終了後には土下座トリオのほかの2人とも話す機会もたびたびあり、彼らともそれなりに仲良くなっている。
3人の第一印象が最悪だっただけで、話してみると意外と悪い子たちじゃないみたいだ。
「それについては本当に助かっているよ」
リンの湧能力はアンドリューさんのものと近い性質を持っている。
さすがに劣る部分が多いけれど、アンドリュー攻略には欠かせないピースだ。
「先輩、マジでアンドリュー・コーダーと戦うんすよね」
「まあね」
リンがそうであるように、僕もまだ実感を持っていない。
でも、昨日発表された試合のカードにはしっかりと書かれてあった。
僕とアンドリューさんの試合は最終日の5試合目のあとに武道場で行うらしい。
「試合は最終日だからもうちょっと特訓に付き合ってもらうけどいいかな?」
大会中に教練はないけれど、4日目までの放課後を使えばまだ特訓はできる。
「もちろんっす」
リンがうなづいてくれる。
そこまで話して気がつく。リンの試合の予定を全く考えていなかった。
「リンの試合はどれくらいあるの?」
「俺は2日目と3日目の2回です」
「負担になりそうだったら、僕のサポートのほうは断ってくれても大丈夫だからね」
僕のためにリンが無理して結果を残せなかったら心苦しい。
「平気っす。サポートする必要無くなっても自主練するだけなんで」
その言葉は本心なのか、あるいは気を使ってくれたのか。
どちらなのかわからないけれど、僕が言うべきことは決まっている。
「ありがとう」
決戦までおよそ1週間。僕の闘争心はこれまでにないくらい熱く高まっていた。
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