第34話  正親町天皇と信長

信長が上洛を果たした時、その折に正親町天皇と約束をしていたことがあった。


ひとつは、禁裏の修理であり、ひとつは朝廷の復興である。そしてもうひとつは、誠仁親王の元服と正親町天皇の譲位である。


譲位については、兼ねてより病身である天皇自らの願いであり、それを成しえるのはもはやこの時に至っては信長意外あり得ないと正親町天皇は考えていた。


しからば、早期に信長にこの約束を果たさせなければならぬ。


その思いを込め、足利義昭を京から追放したその時、長篠合戦が決着したその3年ほど前の天正元年12月8日に信長に宸翰を与え、儀式の取り仕切りと経費の負担を伝えさせた。


この時、正親町天皇は五十六歳、誠仁親王は二十二歳である。

この世としては成人する親王に位を譲りたいとした天皇の意図は十分に汲めるところであった。


しかし、信長は、いただいたお気持ちは忝いことではあるが、「当年既無余日之間、来春早々可致申沙汰之由御請」として、年が押し迫り今年は無理であるので来春に考えたいと返事を返していた。


信長からすれば、これまで、天下一円の定まらない情勢に、まず必要なことは国内の静謐であるとし、この話題を避け続けていた。


今ここに、武田氏を退けたことにより、それを好機と見た天皇があらためて動き出してきたのである。


天皇の譲位にはそれなりの官位が必要であろう。


しからばと、天正二年三月十八日に、参議・従三位の地位をやり、さらに、申し出による蘭奢待の切り取りも許したところであった。


にかわらず、信長の動きは鈍い。

何故、禁裏に従わぬのか。許し難しと思っても不思議ではない。


しかし、信長自身も、それなりの準備がいると、三月には徳政令を出し公家の本領を安堵し、四月からは譲位の準備として正親町天皇のために退いたのちの御所として仙洞御所の予定地を探しを始めてはいたのである。


その朝廷より、あらためて上洛をするようにという報を信長が受けたのは、六月十三日のことであった。


信長は、岐阜を二十六日に立ち、佐和山で休息を取ったのち、磯から早船で坂本へと向かった。京へ入ったのは二十七日の事である。


この日は、相国寺に泊まった。それを聞きつけた摂関家・精華家たちは、こぞって七月一日に信長の元へあいさつに出向いた。これからの政局を考えると、少しでも信長に名を覚えられ、覚え目だくなかば、首が飛ぶと。


そして三日、信長は御所へと参内した。


しかし、帝から参内するように言われたわけではない。

この日、信長は次期政権をにらみ誠仁親王との仲を深めようとしていたのである。


誠仁親王も信長の帰りを待ち受けていたうちの一人である。

宮中行事として蹴鞠を催すので出仕するようにというのが親王の言い分である。


信長はその誘いに乗り、清涼殿の庭で行われていた蹴鞠をみるためとして黒戸御所の縁台まで出向いた。そこで、親王からは内侍所の女官を伝い天盃がなされた。これは異例の事である。


庭には、立烏帽子に直衣、紅染めの指貫を召された親王をはじめとし、三条大納言、勸修寺大納言、飛鳥井大納言、庭田大納言、甘露寺中納言、藤宰相、以下中将等が早々たる人々が並び、信長わ歓迎するために八人一組となり蹴鞠を催していた。


信長も宮中行事となる蹴鞠を見たのは初めての事である。すべての公卿が信長に従うと言わんがばかリの宮中の破格のもてなしである。


その夜の膳において、信長は、勸修寺から任官とその位が伝えられた。

もちろんこれは正親町天皇からの差配である。しかし、信長はこれを固辞した。


「帝は信長殿を大納言にと仰せである。お受けいただけねのか」と、勸修寺がうかがう。


「先頼から、申しておりますとおり、まだ、まだこの信長、敵を背負うておりますれば、そのような身分は程遠く、また天下静謐にも程遠く法外なことと存じておりますれば、これを固くご辞退申し上げたい。天子様にもその旨をおつたい願いたい」と


「何を申す。信長。これは天意であるぞ。お受けいたさぬとは。いかなる所存か」

「では、いずれ時が参れば、その時に」と。


結局、公家たちは彼を説得することはできなかった。


自らの昇任を辞退した信長であったが、それならばと、臣たちの昇任を願いでてこれが許された。


その結果、明智が惟任日向守、羽柴が筑前守、丹羽が惟住、松井友閑が宮内卿法印、武井夕庵が二位法印、簗田左衛門太郎は別喜右近にと仰せつけられた。これまた異例の事であった。


これには信長は満悦であった。


「どうだ、明智、秀吉。ぬしたちもひとかどのものとなったの」

「それにしても、日向と筑前とは。ちと、遠すぎはしませぬか」と秀吉が上を向く。


「猿。長浜を返せ。そちの所領は、筑前とする」

「殿、お待ちを、お待ちくだされ」と狼狽する秀吉。知らぬはとそっぽを向く明智。


「筑前とは。そようで、この藤吉郎に取れという事ですか」

「さようじゃ、とってまいれ」


「筑前までにはまだ摂津や備前、備中、備後、安芸、周防もありますれば」

「そうじゃ、ぐると全て平らげて、とってまいれと」と、高笑いの大笑いをする信長と丹羽がいた。


じっとそれを見つめていた明智がぽつりと。

「日向か。確かに遠い」と。


これらの家臣の任官の返礼として、信長は六日の日に妙顕寺で勧進能を催した。

これに公家・精華を招き、自ら鼓を打ち彼らをもてなした。


信長が官位を辞退したことを聞いた正親町天皇は、またも快くおもってはいなかった。


「なかなか、やりよるよのう。のぶながという漢は、なかなかおもしろき者よの」と、まだまだこれからかという風に扇で口もとを抑えた。


七月十五日、信長はかねてから崩壊していた天下橋ともいわれている江州勢田の橋が見苦しいと、その普請を山岡美作守景隆と木村次郎左衛門両人に仰せつけて岐阜へと下っていった。


岐阜に戻ったのは、越前一揆の動きが再び活発になったことを受けての事であった。


そしてすぐ八月十二日に越前攻めのため岐阜を発ち、越前と加賀の一向一揆を平定したあと、岐阜へと帰ってきたのは、ひと月立った九月二六日の事であった。


そこから再び上洛してきたのは、十月十二日のことである。

この時は、陸路をとおり勢田橋の完成を見届け、逢坂山から京へと入った。粟田口では摂家・精華・隣国の面々をはじめ、人気者の信長の姿を一目見ようとする迎への衆が道に満ち満ちて洛中は人でごった返していた。彼は英雄となりつつあた。


その日、信長は二条妙覚寺に宿をした。


「やれやれ、のぶながという漢は、忙しい漢よの。ちかごろの京での人気ぶりは大したものであると聞くが。もうそろそろよいではないのか。朕の事を考えてもの。何とか信長にいいつけて、しかるべきことをしかるようにせよと申し付けよ」の勸修寺。


そして、十月二十八日、優雅に茶会を催す信長のもとに、禁裏かせ参内するようにという使者が伝えてきた。そこには、信長を権大納言に推挙するとかかれてあった。


権大納言とは、臨時に設けられる職務で、大臣とともに天下の政を議し、大臣なきときは太政官として政務に当たり、左右大臣に次ぐ職である。


そすがの信長も、これを固辞することはできぬと考えた。


「さすれば、お受けいたしたいが、宣ではなく陳儀としてお願いいたしたい。自ら陳座を設けまするによって、お任せいただけないか、ありがたく頂戴致すゆえ」と返した。


「そうか、そうか、ようよう、受けとるか。よいよい。このまま、よい位をもっと与えてしまえ、もう逃げられぬようにな」と正親町天皇は喜んだ。


そして、十一月四日、信長は権大納言を拝領した。

続けて七日には、従三位右近衛大将の任に着いた。同時に嫡男信忠は秋田城介となった。


近衛大将は禁中の警固を命じられる役である。しかし、まだ譲位を取り計らうまでにはたどり着いてはいない。


信長は御拝賀の御礼として名代を三条大納言殿に頼んだ。三条殿からは天皇からとして「かわらけ」を頂戴するという名誉ももたらされた。


「上古末代の面目、御威光これに過ぐべからず」であると、信長は「かわらけ」をありがたく頂戴した。禁裏では、信長より上申されてきた砂金が公家衆に配られた。


そのような日もつかの間、十四日、信長はまたあわただしく京を離れることになる。武田勝頼が再び軟化してきたという報を受けたからである。

しかし、これは難なく信忠が退けた。そのことにより信忠は名を上げた。


それを見ていてというわけではないが、信長はかねてから考えていたことを皆に伝えることとした。


「予は、この日より、織田家の家督を嫡男信忠に譲ることとする。これよりはみなの棟梁は信忠と思え。尾張、美濃の所領は全て信忠のものとなる。家臣もすべてである」


「そのうえで、予はこれより天子様にお仕えいたし天下人となる。日の本を統からく一つにした後は、明に渡り、皇帝となる所存である」ここて一区切りし、力を入れなおし、


「よいか、これよりしかと信忠に従い。織田家を護るべし」とした。

一同は、御意とばかりに平伏した。


「父上、お目出度きことにござります。この信忠、父の名に恥じぬよう勤めまする」と述べた。織田家が最も輝いた時となった。


それを聞いた禁裏は、信忠の官位もあげておかなければならないと感じ、十二月に日、勸修寺を岐阜にやり、信忠に左近衛少将の宣旨を行った。


そして新しい年を迎える。

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