第7話 密会
第二王子カシムの病状が悪化し、エクセルとアリアは時折見舞いに訪れていた。ある日、西の霧諸島での出来事を報告すると、病床のカシムが顔色を変える。
「魔船が建造されているだと! 一体どこの誰が?」
咳き込みながらも身を起こしたカシムに、エクセルが背を支える。
「兄さん、無理しないで」エクセルがカシムの背中をさすりながら
「旗に描かれた紋章はアルカディアス国のものでした」
「アルカディアスと言えば……オーデルか」カシムは深刻な面持ちでうつむいた。カシムは続けて
「我々は、ガイア教との軍事同盟の庇護のもと平和を維持している。しかし、今の我がラスタリアの軍や幹部たちは、私利私欲で動き、ガイア教からの援助を自分の懐に収めている始末だ。そこへ魔船を擁したオーデル王率いるアルカディアス軍が現れれば、ひとたまりもない。そんな腐敗したラスタリア王国を、ガイア教国が助けてくれるだろうか」
「アシュルム兄さんは、ガイア教のサグリン司教と親しいはず。堅い絆で結ばれているのでは?」
どこか皮肉を含んだエクセルの言葉に、カシムは重いため息を漏らす。
「堅い絆……私には籠絡されているようにしか見えません」
エクセルもその言葉を否定しなかった。カシムはさらに。
「最近では、麻薬にも手を染めているという噂です。それに父上も……」
「父上の、ご病気もやつらの仕業だと! 」
「声が大きい」
カシムは口元に指を当てたが、横で聞いていたセナが口を挟む。
「しかし、ここでエクセル殿下がルシファーを味方につければ、ガイア教と組んで、アルカディアスとの戦いは有利になるのでは」
「確かにそのとおりだ。しかし、それはガイア教国としては、望んだシナリオでない気もする」
「どういうことですか」
「ルシファーの出現で、軍事バランスは大きく崩れた。無論、ルシファーの精霊艦隊がラスタリアとガイア教に味方すれば、我々の勝利は確実だ。だが、ガイア教にとってルシファーは異教徒であり、脅威だ。むしろ、今こそルシファーを討つ機会だと考えているかもしれない」
「まさか、ガイア教がオリンポスに敵対するのですか。それは、さすがに無謀では」
カシムはしばらく考え
「わからない。しかし、近く必ずガイア教は何か仕掛けてくるだろう」さらに、カシムはエクセルを直視して。
「なんとしても、ラスタリアの軍船を取り戻さなくてはならない。第一王子を排斥してでも、エクセル、お前がラスタリアの指揮をとるのだ。万が一、ガイア教国が我らを見捨てたとき、ルシファーだけでは、オーデルと魔船に対抗するのは困難だ。和平交渉の道も探れ。お前の母はアルカディアスの出身だ。話し合いの余地はある」
つまり、エクセルが王になれということだ。突きつけられた現実に、エクセルは戸惑いを隠せなかった。
「でも、アシュルム兄さんも、カシム兄さんも、私の実の兄です。兄から王の座を簒奪するなど……」
「何を言う、エクセルも私と実の兄弟だ。私はこのとおり病弱だ、誰も私にはついてこない。エクセル、お前だけだ」
その言葉に、エクセルは感じるものがある。
十歳で王宮に迎えられたとき、獣人の国と揶揄されるアルカディアスの女性と王の間に生まれた子供を、周囲の人々──義母、第一王子、重鎮たちは冷たく接した。王子として扱われることもなく、不遇な日々が続いた。
そんな中、唯一親しくしてくれたのがカシムだった。
そもそも、エクセルが今あるのはカシムのおかげだ。
エクセルが幼きころ、なかば流刑同然に地方で母と暮らしていたとき、その村が魔物に襲われた。その時、救ってくれたのがカシムだった。不幸にも母は命を落としたが、カシムは幼い彼を連れて逃げかえり、その時、強い呪詛にかかり重い病を患った。
エクセルは何も言えず、わずかに頷いた。
(カシム兄さんが王になればよいのに。僕よりもずっと、王にふさわしい)
エクセルは、鬱々とした表情で部屋をでた。
◇ガイア教の聖堂地下
サグリンは魔鏡の前で、法皇と密談を交わしていた。
「法皇様、いよいよ頃合いかと。これ以上長引けば、エクセルがアルカディアスの王オーデルと手を組む可能性があります……」
「ふむ。ラスタリアの海軍は、すでに我らの手中。近海の広域結界で精霊艦隊は直ぐに来られない。唯一出てくるとすれば、ルシファーのスカーレットジャスティスのみ。それだけならアルカディアスの海軍と相打ちになるはずだ」
サグリンは余裕たっぷりに微笑し。
「さらに、巨神ラムーアが到着すれば疲弊したルシファーやオーデルを撃破するのは容易。その後、精霊艦隊が現れても、ルシファーなき艦隊は統率を欠き烏合の衆、奴らに争う意味もないので戦わずして撤退するでしょう。完全勝利です。……いや、これはもはや“オーバーキル”ですな。ハハハ」
高笑いするサグリンに、法皇は表情を崩さぬまま。
「確かに、ゼウスの助力があったものの、あの個性あるオリンポスの神々をまとめ、精霊艦隊を組織したルシファーを倒せば、精霊艦隊も崩壊する。これは、またとない好機だ。とにかく、早く戦争を初めなくてはならない。オーデルは動くか?」
「すでに、ガイア教国は腐敗したラスタリアを見捨てる旨の密書を送りました。ルシファーが今、孤立していることも伝えています」
「千載一遇の好機、というわけだな」
「はい」
「……頼んだぞ、サグリン」
「お任せを」
話を終えたサグリンは魔鏡をしまい込むと、勝利へのシナリオを思い返し、分厚い唇を緩ませ、勝ち誇った表情で聖堂の地下をあとにした。
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