第4話 第三王子エクセル

 北海のパリスでヴァイキングを平定した第三王子エクセルが、凱旋報告のため王都に戻ってきた知らせを受け、王太子アシュルムを筆頭に国の重鎮たちが王宮に集結していた。


 荘厳な広間の正面奥の数段高い玉座に、第一王子で王太子のアシュルムがやる気ない表情で時々あくびしながら座っている。この王太子を上座にして、王族の他、閣僚や騎士達が整列していた。


 王族の末席には、質素ながらも気品漂うドレスを身にまとったアリアが、すました顔で立ち、その背後にお付きとしてルーシーが控えていた。

 ルーシーは「そんな大それた場所に私はふさわしくありません」と言って辞退していたが、アリアは専属のお付き兼、ボディーガードと称して無理やり連れてきたのだった。


 ちなみに、現王には四人の子がいる。

 エクセルの兄である第一王子アシュルムと第二王子カシムは正妻の息子なのだが、第二王子のカシムは病気を患い車椅子の生活だった。

 妹のアリアも正妻の娘でアシュルムとカシム王子の実の妹となる。

 そして、第三王子のエクセルだけが母親の違う異母兄弟で、妾の子だった。それゆえに普段から控えめな態度をとっている。


 こうして王族が揃う場なのだが、ここに現王の姿がない。

 アシュルム達の父親である現王は数年前から重い病気で寝たきりとなり、今は第一王子のアシュルムが玉座に座り、王の代わりを務めている。ただし、実際の政務は、アシュルムの傍らに立つ、ガイア教の司教サグリンが担っていた。


 ガイア教はラスタリア王国の東で勢力を伸ばしてきた宗教国家で、ラスタリアに海軍を派遣して、西のアルカディアスの脅威を防ぐ安全保障関係を結んでいる。その駐留軍の指揮官ともいえるのが、司教サグリンだった。


 アシュルムが全員の出席を確認すると、短く告げた。

「司教のサグリンより言葉がある」


 その一言を発した後、会議はサグリンに話を任せた。サグリンは、恭しく頭を下げたあと、エクセルに向かい

「この度、第三王子のエクセル殿下が、北のパリスでヴァイキングを平定された。これにより、北の脅威がなくなったのは幸運なことです」どことなく、社交辞令的に淡々と話したあと、少し語気を曇らせ

「ところで、戦闘中に精霊の船が出現したそうですが、まことですか」

 薄ら禿の頭に、首筋のわからない脂ぎっただぶだぶのあご、その上にある大きなガマガエルのような口でエクセルに問いかけた。


 エクセルは隠す必要もないので毅然と答えた。

「はい、そのとおりです」


「エクセル殿下が呼んだのですか」

「めっそうもありません。突然現れ、消えました」

 サグリンは少し疑るようにうなずくと、肥え太り、法衣が釣り鐘のようになった大きな円筒形の体をダブつかせながら。

「さらに、王都の帰還中に、リヴァイアサンに遭遇したとか」


 その質問についてもエクセルは、シャキッと答える。

「はい、そのとおりです」


 サグリンは二回ほど頷いたあと、大きな唇を横に広げ薄気味悪い笑顔で、何故かその顛末を問わず。

「とにかく、無事でよかったです」

 それだけで話を済ませた。それは、すべて知っているといった落ち着いた表情だ。


 先ほどから、エクセルの後ろで控えているセナが「何が言いたい」といった怪訝な目で、サグリンを睨んでいる。

 こうして、アシュルムを抑えて国政の中枢の会議を仕切るサグリンに、違和感を持つ者も少なくない。しかし、第一王子のアシュルムは、サグリンの話を大きく頷いて聞いている………だけだ。


 続いて、話題は西のアルカディアスの備えになる。

 すると、車椅子に座っている第二王子のカシムが、玉座に座るアシュルムを見上げながら、質問をした。

「ラスタリア王国の軍事予算が、かなり減っているようですが。それで、備えは大丈夫なのですか」

 それにもガイア教のサグリンが口を挟む


「ここは、ガイア教国との安全保障で、我々はいつでもラスタリアを援護するつもりです。そのため、強力な軍隊を駐留させているのです」

 アシュルムがフムフムと大きく頷くと、珍しく口を開いた。


「そのとおりだ、私とガイア教は深い友好関係にある。これによって、ラスタリアは西のオーデルからの驚異に対抗できている。しかも、ガイア教国が駐留しているので軍事予算が削減され、税金も減り国民も喜んでおるぞ」

 アシュルムは、さも自分がラスタリアを守っているような口ぶりだ。


 サグリンは苦笑いを受かべながらも

「そのとおりでございます。これでラスタリアは多額の軍事予算が必要なくなり、福祉や公共事業他に税金を使って国民も豊かな生活が送ることができます。アシュルム様の卓政のたまものです」


 美辞麗句を並べるサグリンに、アシュルムは満足そうな顔をして。

「サグリンの言う通り、ラスタリアはガイア教国の強力な兵力で守られ。なにも恐れることはない」

 こう断言するアシュルムの意見に反対する者は少数派だ。第二王子のカシムは、何か言いたげだが、これ以上話をするのは無駄だと感じ、俯いて沈黙した。

 一方、エクセルは第三王子でもあり、このような場での発言はほとんどしなかった……いや、出来なかった。


 会議が終わり楼閣を帰るエクセルに、並んで歩くセナは眉間にしわをよせ

「今や王室はサグリンに支配されている! 」


 語気を強めるセナに、エクセルは周りを見て。 

「声が大きい」


 たしなめるエクセルにセナは、納得いかない様子で

「だが。このままではガイア教にこの国は乗っ取られるぞ。余った軍事予算は貴族たちの浪費に消え、さらに過度な福祉政策で民衆は働かず、勉強をせず、ほとんどの物資を海外から輸入し、実質の国力は落ちている。それが、奴らの狙いではないのか」


 エクセルも俯きながら

「今は打つ手がない。もはや、王宮に力はなく、民衆もガイア教の援助で税金も下がり、ガイア教を歓迎している」


「殿下はその実態を憂いて、はるばるオリンポスの神海にまで出向いたのだろ」

 エクセルは小さくうなずくが、拳を握りしめ、その手は小さく震えている。

 その様子を見たセナは


「殿下は、なぜそこまでしてラスタリアを守るのだ。ラスタリアは殿下を幼いころ辺境に追いやり、母君を見殺しにしたのだぞ。今だって、厄介者にして命の危険さえある」

 やるせないセナの言葉に、エクセルは苦笑いしながら


「……そう思ったこともある。だけど、やはり僕はラスタリアの王子だ、この国の人を救いたい。僕を助けてくれたカシム兄さんへの恩義もある。そして母との約束もある」

「母君との」

 セナが聞き返すが、エクセルは俯いて


「ガイア教から国を守れと……」 

 声に出さずつぶやいた。

 聞こえなかったセナだが、なにか察しがつくようで、一言だけ忠告した。


「一人で、背負いすぎるなよ」


 後ろにはアリアとルーシーが付いて、黙って二人の話を聞いていた。

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