彼ラス 第1話 赤い屋根の家
「あった!」
ここ、だ。
写真と記憶を頼りに来てみたけど。案外覚えてるもんなんだな。
『ガラガラ』
「ごめんください!」
「……。」
あ、あれ?間違えたかな?
写真でも、この赤い屋根写ってるし。
「ごめっ……ん?」
「……。」
小さな男の子。
3、4歳くらいかな?
「あ、あぁーぼく?えっと、パパとかママはいるかな?」
「……う、あ……。」
「あはは。」
「うぇーーーーん!!」
「あぁ!ちょ!えっと!!よしよし!!どしたどしたー!?」
なになに!?なんで泣いてるのぉ!泣きたいのは私もだよー!
「
「あぁーはいー。」
よかった……助かった。
――
「これお詫びのコーヒーです。」
「わぁあ!お気遣いなく!」
「いえ。お客さんなのに、失礼しました。」
『写真ナンバー1。』
赤い屋根の古民家カフェ。
ここは彼と付き合い始めたばっかの時に来た、思い出の場所。
旅行する予定だったんだけど、すっごい喧嘩しておじゃんになって。でも2人ともなんか特別なことをしたくて。
口喧嘩しながらたどり着いたのがこのカフェ。
内装はレトロだけどちゃんと補修もされていた。
どこか懐かしい空気が漂っている。
実家もお婆ちゃん家もこんな雰囲気じゃないのに『ただいま』って言いたくなるような。
「ここ、5年くらい前にも来たんですけど。その時から雰囲気変わってなくてすごいです。」
「そうなんですか!5年前って、まだ私が中学生くらいです。」
「へぇ!?ほんとですか?」
「えぇ。」
「時間が経つわけだなぁ。」
無情にも時間は過ぎ去り、戻らない。
それはよく理解している。
だからこそ、残酷なんだ。
「でもこうして来ていただけるのもお店を続けているからですね。ご縁に感謝です。」
カフェを切り盛りする彼は爽やかに笑う。
「感謝するのは私ですよ!思い出の場所、なので。」
―
――
「そうだったんですか。それは、お悔やみを申し上げます。」
「あぁいや、しんみりしたいわけじゃなかったんです。ごめんなさい。」
「いえ。」
彼は優しい顔で話を静かに聞いてくれた。
すると、ちょうど雨が降ってきた。
久しぶりの、まとまった雨。
すぐ止まなそうだな。
雨粒が屋根に反射して小気味良い音を奏でる。
「あ、この音。」
あの時も聞いた。
ポツ、ポツ、ポツ。
チン、トン、シャン。
「この家の特徴とも言えるオルゴール屋根です。」
「オルゴール?」
「雨が屋根のガラスや金属に反射すると綺麗な音を奏でるんですよ。昔の職人さんたちの遊び心です。」
「そうなんですね。」
なんだろ。
私の柔らかいところに触れる音。
泣きたかったわけじゃないのに。自然と涙が溢れる。
「え、あ。大丈夫ですか?」
「なんだろ。泣きたいわけじゃないんですけど。我慢できませんでした。」
「はい。」
「すいません。」
「いえ。この雨と同じように、涙が流れるのも自然なことです。」
「え?」
「止まない雨はありません。」
「……はい!」
――
「いいんですか……?」
「えぇ!ぜひ!」
「ケイタさんカレーうまいんだぞ!」
「だぞー!」
「
「え!?てっきりケイタさんの彼女さんかと……。」
「あぁ、わわ、わたしはただの通りすがり客、です!」
「すいません!!」
「ません!!!」
「後で2人にもつくってあげるから、奥にいてね。」
「ほぉーい。」
「はぁい!」
そう言って2人は奥へ引っ込んだ。
かわいいなぁ。へへ。
「あの子達は、僕が引き取ったんです。」
「へ?」
「身寄りがなくなってしまった子を、別々に。」
「そんな。まだ小さいのに。」
「理由はさまざまです。不慮の事故、経済的事情、ネグレクトと虐待。」
「……。あの子達以外にも、いるんですか?」
「女の子が2人。僕を含めて5人で暮らしてます。」
そう言う彼は、先代の父親から継いだこの店を切り盛りしながら子供達の面倒を見ている。
あの子達の純粋無垢な笑顔の裏には、壮絶な過去があった。
「可哀想って、思ってほしくないんです。こういう話をすると、みなさん口を揃えて『可哀想だ』と言ってくださるんです。」
「はい。」
「でも、あの子達には同情は必要無いんです。本当に必要なのは、踏み出す勇気とそれを支える親。僕は、そんな親になれたらって思うんです。」
もはや、カレーの味なんて分からない。
感情の渦の中で、しょっぱさが際立ったカレーを頬張る。
うめぇ。
おいしすぎる。
「美味しいです!」
「よかった……!」
水とコーヒーも飲み干し、失った水分を補う。
そして、今思うとツッコミどころしかない提案をブチかます。
「あの。よろしければ……なんですけど。私、ここで働かせてもらえないでしょうか。」
「え?」
「無理にとは言いません!!でも、あの子達のこととか、私の思い出とか。全部ちゃんと受け止めたいんです。ここで通り過ぎたら、後悔しそうな気がするんです。」
後悔。
その言葉で一括りにしていい感情なのかは分からないけど。今の私にできることをしたい。
そう思った。
「お気持ちはありがたく頂戴しておきます。ですが、生憎金銭的余裕も無くて。従業員も雇えない状態なんです。」
「そう、ですか……。」
「お姉ちゃん!」
「小太郎。」
「小太郎、くん。」
彼のまっすぐな視線が私に突き刺さる。
「大丈夫。お姉ちゃん、案外強いから。」
「え?」
「タダでも構いません。なんでもやります。やらせてください!!……この子達のために。」
気づいたら、小太郎くんをそっと抱きしめていた。小さな暖かい命が、腕の中で鼓動する。
それから、私はこの赤い屋根の下で働くことになった。
1枚の写真が結んだ不思議な
これからどんな未来が待ってるんだろう。
いつか彼に会ったら、いっぱい話すんだ。
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