第16話 ハッピーエンドに憧れて

「クソ野郎だな。」

汚く罵るくじら

無理もない。


「ホントに盗撮かどうかは分からないけど。多分アレは。」

「それ、相当やばいよ。警察行こうよ!!」

「警察!?」

「いや。でも証拠が少なすぎるし警察は動いてくれないかもな。」

「……。」

「でも。これって……犯罪だよ!!津久田つくだちゃんの気持ちは!?マジで許せねぇ!」

「落ち着け菅波すがなみ。」

柄にも無く熱くなってしまった。言動に歯止めが掛からなくなりそうなところで、鯨が止めてくれた。


「直接聞いてみるしかねぇか。」

「直接?」

「松田に、直接。」

「……津久田ちゃんは、どう?」

「私は。」

俯いて言葉を詰まらせる。

初めての彼氏に、裏切られた。

まだ決まったわけでは無いけど、彼女を甘やかしているのは演技でホントはその姿を撮影していた。

何のため?自分のため?

生粋の変態かよ。

それとも『誰か』のため?


「松田君は……悪く、無いと思う。」

「お?」

「え?」

「いや、だって隠し撮りされてたんだよ!もしかしたら、」

「まだ決まったわけじゃないし。」

「それは、そうだけど…。」

「彼は、私を唯一甘やかしてくれる存在。寝ても覚めてもね、彼のことしか考えられない。」

奥に燻んだ輝きをたたえる津久田ちゃんの目。

涙で赤く腫れた目元がその燻みを不気味に強調する。


『松田君のことを悪く言わないで。』

そう訴えていた。


「私もね、もっともっと松田君を甘やかして。彼のしたいことをしてあげたい。」

絶望は甘い罠。

さっきまでの余裕の無さは消え去り、どこか遠くを見つめて頬が緩んでいる。


「じゃあ、いいのか?」

「いい。」

「本当に、いいんだな?!」

「私は大丈夫。すがチーも、こんな時間にごめんね。」

「お、うん。」

話が終わってしまった。

煮え切らないまま、解散となった。


彼女の中に、どんな心境の変化があったかは分からない。

でも悪く言いたく無い気持ちは分かる。

寄ってたかって批判されたくなんか無い。

だって、津久田ちゃんにとっての初めての彼氏なんだから。


――数日後

「アスカ、ちょっといい?」

「およ、ひろみ。どったん?」

「んん、ちょっと。」

むむ、怪しい。これは告白でもされんのか……なんてね。

ひろみは本当にいい匂いがする。あたしが男子だったらデレデレだよ。うへへ。


そんなことを考えてあたしは、能天気で無警戒だった。本当に何の警戒もしていなかった。


國枝くにえだ蓮子れんこ。」

「ん?」

まさか、ひろみの口からその名前を聞くとは思ってなかった。


「知ってる……?」

「え、まぁ。中学校の時一緒だったから。」

「そっか。」

「蓮子がどうかした?」

「その子、相当やばいよ。」

確かに私の知ってる蓮子は、イジメの主犯格で、威圧的で、ヤな奴。

でもどんな関係があるんだろう。


「友達から聞いたんだけど、色んな学校の女子の写真集めて、取引してるんだって。」

「え……?」

衝撃的な事実が語られる。女子の写真を?集める……?


「取引って、どんな風に?」

「わかんない。でも、高く買ってくれるみたいなことは聞いた。だから『そういう趣味の人』の元に行くんだと思う。」

寒気がする。

私たちを食い物にする連中の存在。

そして、その中心に蓮子がいること。


あぁ、また黒い感情が芽生える。

中学生のとき、あいつに立ち向かうために決心した。あの時の感情。


「あとさ、色んな学校に写真の『提供者』がいるんだって。もしかしたらアスカも被害に遭ってないかな……と思ってさ。」

「オカミーは大丈夫だよ。」

「違うよ!例えばね、岡峰おかみね君が脅されて、とか。そういうこと。」

え?オカミーが脅されて?

まさか。そんなこと。


「わかった。気をつけるね。」

数日前の津久田ちゃんの件が脳裏によぎる。

葉の影、ハリボテの辞書の中。

何かを映す小型カメラ。


「あ、松田君。」

思わず口に出してしまった。


「松田君?」

「いや、なんでもない。とにかく、気をつけるね!!」

まるで黒くて大きな渦があたし達を飲み込むようだった。

去り際、ひろみに言われた一言で、この黒い感情に色彩を取り戻すことができた。


「あ、ねぇねぇアスカ。」

「ほん?」

「最近、すっごく可愛いよ。」

「えぇ……えぇー?そんなぁ。」

「私も、恋したいなぁ。」


――


「ねぇオカミー。」

「なにー。」

「今日ひろみにさ。……かわいくなったねって言われた。」

「ほんと!?俺もそう思うよ。」

「えー?そう?へへ。」

電話越しの何気ない会話。甘いひととき。


「オカミーはさ、私のどこが好き?」

「どこ、か。んー難しいね。」

「探すのが難しいのかなー?」

「いっぱい有りすぎて、だよ。」

「おっふ。」

ちょっと咽せる。いかんいかん。

もーさり気ないデレを会話に混ぜるのが上手くなったなぁ、オカミー。


「優しいとこ。かな。」

「む。」

そういえば、初めて彼に告白された時も『優しいとこが好き』と言われた。あの時の感情も本当だったんだな、と妙に納得してしまった。


「ご、ごめん。もっと気の利いたこと言えばよかったよね……!?」

「あぁいや。大丈夫!!嬉しいよ。」

「ありがと。」

「いやさ、初めての告白の時も『優しいとこ』って言ってたからさ。ブレないなぁと思って。」

「そだっけ!?」

「覚えてないんかい!!」

「ごめんごめん。あの時のこと……殆ど覚えてないんだ。」

「そっか。」

ちょっぴりショック。

でも確かに、冷静でいられるような状況でもなかったもんね。

あたしは鮮明に覚えてる。

102教室のドアを開けて入って来た1人の青年。不安と覚悟を湛えた目であたしを見た。そして、友達になった。


「俺、変なこと言わなかった?」

「変?んー変と言えば、あの状況は全部変だったような。」

「マジか!?」

「だってさ。隣とはいえ『ほぼ喋ったことない男子』からの告白だよ?ビビるでしょ。」

「あはは……。」

「でもだよ。でも。」

「でも。」

「あたしはね。オカミーの純粋さに惹かれた。告白された日から、気になって気になってしょうがなかった。」

「ありがと。」

友達はやがて恋人になった。そのグラデーションは決して鮮やかではなかったけど、今はカラフルで溢れている。


「……ねぇ。」

「ん?」

「……あの。さ。」

「どした?」

急に鼻をすするような音が混じる。

トーンも暗くなり、不安を煽るような空気が流れる。


「俺と、別れて。」

急転直下。

慮外千万りょがいせんばん

晴天霹靂せいてんのへきれき


唖然として、言葉が出てこなかった。

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