第11話 涙がこぼれたら

ちょっぴり惚気てもいいだろうか?

あたしの彼氏こと『岡峰おかみね飛鳥あすか』はすっごくかわいい。


「ね…なんか、手冷たくない?」

「ふぇ?そうかな?」

「か、かしてみ。」

そうやって回りくどく手を繋ぐ口実を作ったり。


「やっぱ車道側を男が歩くべきだよね。」

「あたしそう言うの気にしないよ。」

「大丈夫!!」


『ジャパァン!』


「わぁ!?」

わざわざ車道側を歩いてくれたのに…車が跳ねた水を被ったり。


「2つで1,290円です。」

「ここ、クレープ俺が奢るよ。」

「悪いからいいよ?」

「たまには奢らせて!」


『ポーポーポー』


「あぇえ!?残高不足だ…。」

かっこいいとこ見せようとしてことごとく躓いちゃう。でもそんなとこがたまらなく可愛い。ふへへ。


「あぁあぁ。ここはあたしが。」


『ピピッ』


――


「はぁ。」

「どしたん。話きこか?」

「いや、俺。全然カッコつけられないなと思ってさ。」

少し伸びた前髪で目を隠してしょぼくれる。

こうやって言い合えるのも、1学期のあたしらからしたら想像もつかない。


「いいんだよ別に。あたしの前でカッコつけなくて。」

「そう?菅波さんはそれでもいい?」

「だって、かっこいいから付き合ってるわけじゃないもん。」

少し言葉の選択を間違えた。どっちかというと彼はイケメンの部類だと思う。が、内気な性格からかマイナスな印象がつきがちではある。

あたしは『そんなオカミー』が好きなのだ。


「あ、ん…それ、喜んでもいいのかな。」

「ごめん。うん!大丈夫だよ。」

そう言って腕に手を伸ばす。ぺったりくっついて彼を見上げる。うふふ…絶景かな、絶景かな。


でも、そんな時間も長続きしなかった。


「あれぇ?菅波すがなみあす?」

背筋がゾッとする声が、聞こえた。できれば、聞きたくなかった声。あたしの全ての感覚が危機を伝達する。


「……あぁ。」

「やっぱそうじゃん!うわ、彼氏?」

「……。」

國枝くにえだ蓮子れんこ』。中学時代に、あたしを虐めていた主犯格。


「おひさー……れんこちゃん。」

「元気そうじゃん。高校デビュー?ヤることヤってんね?ちゃんとゴムつけなよ。キャハハハ。」

ほんと苦手だ。何でも自分が優位だと言わんばかりのこの口調。見下したような目。周囲の人間を同調圧力で屈服させる。


「ははは、ん。気をつけるね。」

「……。」

「彼氏なんか言いなしー。あれ、でもなんかちょいイケメンっぽくない?前髪切りなよ。あ、あたし通ってるの美容室紹介しよっか?」

マシンガントークで主導権を握られる。まずい。このままじゃオカミーも…。


「デート中なんで。失礼します。」

え…まじ…?

そう言って手を引いて足早に人混みへ分け入る。

え、え…オカミー。


「あ…りがと。」

「菅波さん、嫌そうだった。そんな顔見たくなし。俺も不愉快だった。」

「ん。…ごめんね。」

明らかな怒気を込めて、オカミーは言った。あまり見せない表情にドキドキすると同時に、申し訳なさでいっぱいになる。


「菅波さんは悪く無いよ。あの人は知り合い?」

「中学ん時ね。ちょっぴり、虐められてた。」

ちょっぴりどころではなかった。本当に、嫌だった。


――


「あすかぁ!明日提出の数学の宿題見せてよ。」

「え?あの宿題、今からじゃ間に合わないよ…?」

「じゃあアンタも手伝えばいいじゃん?」


「おい。これ、男子の下駄箱に入れとけよ。キャハハ!」

「え、勘違いしちゃったらやだよ。」

「そしたら付き合えば!?ソレおもしろ!!」


「アンタちょっと勉強出来るからってちょーし乗りすぎなんだよ。」

「そんな。あたしのパパもママも学校の先生だし。あたしなりに頑張って…。」

「んなこと知るかよ。今度のテスト全部白紙で出せ。じゃなきゃボッコボコにすっから。」


――


あたしが『友達』嫌いになったのは彼女のせいと言っても過言では無い。慰めてくれる子も遠ざけ、拒絶して、全く聞き入れなかった。

全ての人が、あたしの敵だと思っていた。


「菅波さん…?」

「ぁあぁ!ごめん。はは。なんかだめだ。今日はもう帰ろっか。」

「ん。分かった。」

彼には悪いことをした。でも、持ち直せなかった。色々と思い出して、久々に夜中まで泣いた。そんな時。


『ヴヴヴヴヴ』


着信。

電話なんか滅多にかかってこないケータイに、『岡峰飛鳥』の文字。あぁまったく。

彼は、もう。ほんと、好き。


「もしもーし。」

「もしもし?菅波…さん?」

「あぁ、ん。」

「はは。起きてた。」

「起きてるよ。」

変わらない声がした。いつもの、淡々としたオカミー。


「今日は…ごめんね。」

「ううん。大丈夫。菅波さんは、平気?」

「あたしは…まぁ…。」

「気にすることないよ!」

「え?」

「ぜんっぜん。気にすることない。今の菅波さんは、すっごくキラキラしてるから。」

全て、あたしを肯定してくれるオカミー。違うよ。オカミーがいるからキラキラできるんだよ。

そんな言われたらもう。


「ばか!女の子泣かせる男はサイテーだぞ。」

「えぇ!?泣かせるって…!ご、ごめん。そんなつもりじゃ。」

「サイテーで、最高だよ。ありがと…オカミー。」

声をつまらせ、柄にもなく泣きじゃくってしまった。そんな様子を終始無言で聞いていてくれる彼。もう、取り繕う余裕もない。


「ごめ…。はぁ…。」


『チーン!』


全ての流れを断ち切るべく、一旦鼻をかむ。

しゃーないよね?ね??


「落ち着いた?」

「ん。」

「菅なm…。」

「ね。」

「ん?」

「名前で、呼んで…ほし。」

互いに『あすか』なのは衆知の事実だが、苗字で呼ばれるのはなんかよそよそしいなとも思っていた。なんて、乙女ぽいことを言ってみる。


「あすか。」

「ふにゃあ!」

急に恥ずかしさに襲われる。変な声はマジ許して。言った割には耐性ないの!!


「はは。呼んでって言ったじゃんか。」

「う、うぅ。言った。めちゃ嬉しい、けど恥ずかしい。」

「わかる。」

じわじわくるカップルの余韻。これが『イチャつく』ってことなのか。世の中の男女は、こんな破廉恥なことをやってんのか。心がもたんぞ!


「好きだよ。あすか。」

「ふぁあぁ!?」

さすがにもう沸点を超えていた。

こんなことが有っていいのだろうか。全身の毛がそば立つ。でも、このぬるま湯に浸かってるような感覚が、もっと欲しい。


「もっかい…言って。」

「俺は、あすかのことが。好きだ。」

「あたしも…好き。アスカのこと。大好き!!」

思わず言い返す。やられたらやり返す。倍返しだ!!!


そのまま朝まで話し合った。

当然、授業中は2人とも爆睡。

でもいいんだ。

足りないところは、2人で補えばいいからさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る