第2話 『馬小屋のライ麦パン』

-前回のあらすじ-

 魔王を討伐し、国を救った英雄ハルバード一行。彼らは賞賛と共に凱旋した。しかし、権力者たちは自分たちの地位を脅かすと、良くは思っていない。ついには国を追われることになった。


 ハルバードは戦友ランデイズ、ジャンクヤードと別れ、一人逃避行に出る。しかし、その二人は国に買収され、傘下に下っていた。そして、そのことをハルバードは察することになる。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「はあ…はあ…はあ…」


 英雄ハルバードは、先の賞金稼ぎから受けた隠し拳銃による傷により、疲弊していた。これは逃走劇の疲れもある。そして何より、信頼していた二人に裏切られたことが駄目押しになった。


「あれは…村…農村か…」


 ハルバードの出身、バンカスター王国より北に位置する名も知られていない農村。霞む意識。ついにハルバードは意識を失い、その時、自分の命運が尽きたことを悟った。


「おにいさん…だれ?」

(…何…だ?誰…だ…?)

「けがしてるの?ちょっとまっててね」


 死の境地は何度も経験していたが、今回は死の色が濃い。暗い視界が深く深く、墜ちていく。このまま、奈落に落ちるのか…。しかしその思惑とは裏腹に、闇の中に一筋の光明が見えた。


「ここ…は…?」


 ついにハルバードは光を手繰り、意識を取り戻す。そこは先ほどの農村の馬小屋だった。それに気づくのには、少々時間がかかったが。気付けば腹部の銃創も手当てがされていた。


「あ、めがさめた。よかったー」

「ここは…いや、君は一体…」

「わたしはゆか。おにいさんは?」


 ユカと名乗った幼女。とても小柄で、身なりは平民そのものの布の服。髪は肩まで。瞳はブラウン。庶民と何ら変わりはない。どうやら彼女が、ハルバードを馬小屋にかくまった様だ。


「私は…。!!いやいや、すぐにここを離れるんだ」

「え?どうして?」

「いや…それは…その…」


 彼女の手当てには素直に感謝しているが、今、素性を明かせば彼女も標的になる可能性がある。ハルバードはすぐに立ち上がろうとするが、銃創は思いのほか深い。すぐによろけてしまった。


「…つつ…」

「だめだよ、おにいさん。もうちょっとまってて」

「…え…ええ?」


 ユカはくるくるっと指を回すと、そこに光の軌跡が現れる。それはやおら形を成し、絵本に出て来る妖精の様な姿に。そして、その妖精はハルバードの銃創に触れる。すると…。


「こ…これは…精霊魔術か…?」

「へ?らるくぅさんたちは、おともだちだよ?」

「ラルクゥ…さん…傷が…徐々に癒されて…?」


 精霊魔術。世界でも100名ほどしかいない魔術師。その魔術の中でも希少な術で、ハルバードも初めて見た。しかも元来、治癒魔術は存在が疑問視されるほど、知られていない。


「驚いたな…こんな村に、こんな才能が…」

「もうすこしまっててね。そうすればげんきになるから」

「あ…ああ、申し訳ない。本当にありがとう」


 ハルバードは驚きの色を隠せない。彼女がちゃんとした施設で魔術を学べば、間違いなく歴史に名を残す魔術師になれるだろう。こんな出会いでなければ、協会に推薦するのだが。


「はい、これ。うちのこむぎのぱん。おいしいよ」

「あ…ああ…。あのさ、僕が怖くないのかい?」

「なんで?」


 凶状持ちの剣士。そして傷を負っている。普通なら無視するか、国に通報するだろう。彼女は事態が分かっていないだけ。このままでは彼女を巻き込んでしまう。それだけは避けたい。


「僕は、世間じゃ悪人とされる立ち位置なんだ。申し訳ないが、僕に会ったこと、関わったことは忘れるんだ。いいね?」

「それはわたしがきめるよ。とりあえずたべて、ね?」


 ユカが持ってきた温かいライ麦パン。その香ばしい香りはハルバードの胃袋を素直に刺激した。よくよく考えてみればここ数日、まともな食事はしていなかった。彼はパンを受け取る。


 ハルバードは一口頬張る。その素直な味と温かさで、今までの強がりが溶かされるようだった。思わず瞳から涙がこぼれる。この子の無垢な優しさが何より嬉しかった。


「ねえねえ?おにいさんはくにのそとにでたことあるの?」

「あ…ああ、世界中旅して来たよ。…気になるのかい?」

「うん!!わたし、このむらからでたことないし」


 ユカの目は可愛い子犬のようにキラキラしていた。村の外の様子が異様に気になっているようだ。それには理由があった。


「わたしはおともだちとよくあそぶんだけど、むらのみんなはわたしをこわがってるの。なんでなのかな?」

「そうか…。(村人も彼女の希少性を認識しているのか)」


 ユカの言うお友達は数多の精霊たち。自覚は無くても、その力を磨けば一国の軍隊に相応する。この純粋で優しい子を、何としても護りたい。ハルバードの意思はその方向に傾いた。


「とは、いっても…まだ安静が必要か」

「ねえねえ!!おはなしきかせて!!うみとか、ふねとか、ほかのくにとか!!わたし、せかいがしりたくてたまらないんだ!!」


 ユカの申し出にハルバードは根負けし、彼が旅して来た世界を素直に話した。空を翔ける船。深海に沈んだ神殿。神の使いの吟遊詩人。頑固者の賢者。谷の底に巣食う竜…。


 口下手なハルバードだが、世界中の冒険譚は幼い少女を解き放つには十分。ユカは脳内の世界が無限に広がるような興奮を覚えた。二人は時も忘れ語り明かし、その頃には銃創も癒えていた。


「おにいさん、もしかしてとてもつよいひと?」

「うーん、どうだろうね?強い人はこんな怪我しないんじゃないかな?僕もまだまだ修行が足りないなぁ」


 すっかり打ち解けたハルバードとユカ。気付けば明け方だった太陽が沈んでいこうとしていた。時を忘れていた二人。その時。


「ユカや。そこにいるのかい?」


 ハルバードは外から、松明(たいまつ)の松やにの焦げる匂いを嗅いだ。彼はすっかり油断していた。そこには村人たちが焼き討ちを行うために、馬小屋をぐるりと取り囲んでいた。

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