感謝と決別
「ここから後は僕がやるから二人は先に外に出て待っててくれないかな」
これから僕たちがいる場所は火災現場となるわけであり、あまり長居するべきではない。最後の役目を果たすため二人には外に出てもらい火を付ける用意に取り掛かるべく動き出す。
「やっぱり私も最後まで一緒にやります。やらせてください」
ありがたい申し出ではあったが火を付けることだけは僕一人に任せて欲しい理由があった。これもまた
「東山、俺からも頼む。智也に任せてやってくれねえか。麻衣子とは今生の別れになるんだ。二人だけの最後の時間があいつには必要なんだ」
「分かりました。すみません気がきかずに私……」
「気にしないで、これは僕のわがままなんだから。ありがとう二人とも」
全てお見通しの哲希に視線で感謝を伝え二人の退出を見送ると別の部屋に昨日あらかじめ運び込んでおいた灯油缶とライターを取りに僕も一度部屋を出た。季節外れのため灯油の入手が困難かに思われたが自宅の倉庫に昨年の残りが置いてあり助かった。灯油缶を手に再び最奥の部屋に戻ると麻衣子がいなくなっていたなんてことはなく、横たわる彼女の元まで足を運ぶとそっと石の床に灯油缶を下ろし座り込む。これっきりのお別れであり言いたいことは山ほどあるともう二度と訪れない二人だけの時間を使わせてもらうことにした。
僕たちが初めて出会ったのは幼稚園児の頃だった。僕は内気で人見知りだったため一人で遊んでいる事が多かったが、ある日内気な少年に声が掛かる。話しかけてくれた人物こそが麻衣子であり一緒に遊ぼうと輪の中へと手を引いてくれた。第一印象として性格は正反対で明るく溌剌、物怖じしない姿勢に最初は躊躇い若干の距離を感じた。それでも気にせず毎日話しかけてくれた麻衣子がいたからこそ徐々に打ち解け今日まで関係を続けられた。
小学校、中学校を共に過ごすなかで麻衣子はどんどん変わっていった。容姿は徐々に大人びていき、交友関係は広まり麻衣子の周りには沢山の人が集まるように。僕の存在はどんどん外に押し出され気がつけば取り残されていた。それでも性格までは変わらずこれまでそうしていたように普段通りで当たり前のように麻衣子は学年が変わろうともずっと声をかけてくれたのだ。当時の僕が話しかけられるだけでどれだけ嬉しかったか平然と話しかける麻衣子にはわからなかっただろう。こんなことを言ったら麻衣子は怒るだろうが僕と君とでは住む世界が変わってしまったのだと何度思い、周りの目を気にして話しをしていたか分からない。
そして中学三年生になると転機が訪れ東山葵という初めての彼女ができた。全てはこの時から歯車が狂い始めてしまったのだ。どうして麻衣子はいつものように僕に直接思いの丈をぶつけてくれなかったのだと嘆きたい。裏でこそこそするなんて麻衣子らしくないのだ。それで僕と東山葵の関係があるいは僕と麻衣子の関係がどう変化したかは分からないが、もしも辿る結末が同じ別れだったとしても麻衣子の全てを直接ぶつけてもらっての決別なら僕もすんなりと受け止め切れたというのに。
麻衣子は取り返しのつかないことをした。それは今後一生変わることのない事実なのだ。それでも幼き日に一人で寂しそうに遊んでいた僕の手を取り明るい世界に連れ出してくれたのもまた事実である。これまでの全てがなかったことにはならないし麻衣子が今までにくれたものは沢山ありすぎて感謝はしてもしきれない。だから僕は別れの言葉とともにこれまでの感謝を残そうと思う。
「さようなら麻衣子、君の業は僕が背負っていく。そしてありがとう、僕に初恋をくれて」
僕は東山葵よりも先、遥か昔に麻衣子に恋をした。しかしいつからだろうか恋心は薄れ当たり前の存在へと変わってしまったのは。今に思えば幼馴染という言葉に僕は甘え麻衣子を一人の異性として見なくなっていた。ずっとそばにいてくれる麻衣子。そんなのは僕が作り出した幻想だった。ずっと一緒と麻衣子は言っていたけれどもしかした僕も同じように、何があってもどれだけ時が経っても隣にいてくれる存在に酔っていたのかもしれない。もし麻衣子に彼氏がいると発覚したとき、僕は同じ道をたどらなかったと胸を張って言えるだろうか。もしかしたら僕たちが添い遂げる未来もあったのだろうか。
静まりかえった空間に独り言を溢し締め括ったつもりだが思い出が次から次へと掘り起こされる。これではいくら時間があっても足りないとけじめをつけ立ち上がると灯油缶の蓋を外した。辺りには鼻を突く匂いが充満しどんどん軽くなっていく灯油缶は別れの時が迫っていることを実感させる。空になった灯油缶を手からそっと離すと最後にもう一度だけ麻衣子へと視線を向けた。
うつ伏せで倒れているため素顔は見れないが後頭部が晒されており最後の最後に懐かしい髪留めが目に飛び込んできた。それは僕が小学生のとき麻衣子が企画してくれた二人きりのクリスマスパーティーで僕が初めて誰かのためにあげたプレゼントであり忘れるはずもない。
「もらったものはなかなか捨てられないよな。思い出が詰まってると尚更」
フッと笑みが漏れ、共感するように語りかけた。最後に遠い昔のことを思い出したと感慨に耽りながらライターを取り出し迷うことも躊躇うこともなく灯油が撒かれ変色した床に火をつける。もう後戻りはできないと見せつけるように火は瞬く間に広がり空気中の温度が上昇していく。火に飲み込まれては洒落にならないと慌てて外へと非難するため麻衣子に背を向け走り出した。
「と……も……や……」
部屋を後にしようとしたときふと背後から掻き消えそうなはっきりしない声で名前を呼ばれた気がした。どんなに弱々しくてもそれが空耳なんかではなく麻衣子の最後の言葉であると瞬時に確信し、頭の中にはこれまでの記憶を辿るように在りし日の思い出が流れる。背後から火が迫っている事など知ったことかと引き返したい衝動に駆られるも、僕が選んだ人はただ一人と足を止めることも振り返ることもせず東山葵が待つ出口まで走り抜けた。
翌日、廃墟の火災は大々的に報道された。幸いなことに火災現場は住宅街からは離れており石造りであった事も相まって周辺被害は少なく消化が完了し現在は情報提供を求めているとキャスターは語る。そして消化された廃墟から一人の遺体が見つかったが体は激しく損傷し特定には至っていないとのことだ。地形を利用し被害を抑えつつ焼き尽くすことで特定を困難にし、廃墟までの道中はできるだけ目撃されない細い路地を使ったことで僕たちの作戦は迷宮入りに一歩近づいたのだった。
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